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第32話「ここも煉獄」

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「あぁ!? 誰だテメェ! おい、近衛兵ロイヤルガードじゃねぇな! 誰だってんだよ!」

 うるさい……。

「ネリス……帰ろう」

 ワナワナと震えるネリス……。
 上気し、赤くなった身体は昔と変わらず可憐で美しい。
 空気にはえた……「行為」の最中の匂いが漂っているが、ネリスの良い香りもする。

「ネリス……帰ろう」

「く、クラ…………クラ……ム」
 
 ガクガクと顔面蒼白のネリスは、まるで幽霊でも見たかのよう……。
 テンガに抱き着き、クラムの視線を避けようとする。

「? あぁ? ……ネリスの知り合いか? ……兵じゃねぇな……その、足枷───」
 ジッと繋がったまま、微動だにせずテンガはクラムを観察する。
 近くには剣があるが手に取る様子もない。


「……んん? あー、今日───戦場で見た顔だな?……それに……んん?」


 テンガは、クラムとネリスを交互に見る。

「───……あッ! あぁぁぁ!! 思い出した。思い出したぜ!……お前ぇ……お前ぇぇえ、ネリスの昔の男じゃねぇか!!」

 ニヤぁと笑うテンガは合点がてんが言ったぜと言わんばかりに、顔を歪める。

「おいおいおい、なんだ? なんだ? なんだよ??───まさか、わざわざネリスに会いに来たのか?」

 あぁ、そうだ。
 そうだ。
 そうだよ───!!



「%R&%$%$!!!」



 舌が回らず何を叫んだのかクラムにも分からない。

「ははは? 残念だったな、見ろよ。もう、ネリスは俺のもんだ……だろ?」
 再び試合再開とシャレこむテンガに、ネリスは嬌声きょうせいを持って答える。
 少し控えめになった気もするが、それは女の喜びに満ちたもので、何処かびている。

「と、いうわけだ。わ、ざ、わざッ、ここッ、までッ、来てッ、ごくろッ、うだなッ、だけッ───うぉぉネリス!」
 ……なんだぁ、いつもより激しいな!

 と、テンガが驚くほど……二人はクラムの前で激しく試合を演じる。

「おいおいおいおい。なんだなんだ? どうした!?……まさか? おいおいまさか、昔の男の前で興奮しているのか?」
 そう言うテンガは、興奮にさらにも興奮しているのか、あっという間に天辺へ登頂絶頂を迎える───。


「ふぅぅ……♪──はは! 久しぶりに満足したぜ! おい、テメェ! 気にいった───ッぜ!!」


 満足した顔で……ついでだとばかりに、ブンと何かを投げつける。

 それは湿ったネリスの肌着だったらしいが───その威力たるや!


「ガハッ!」


 今にも飛び掛かろうとしていたクラムの腹部に直撃し、思いっきり仰け反り──吹っ飛ぶ!
 

 下着をぶつけられただけで、ドカン!! と、一度地面にぶつかりバウンド。
 そして、そのまま天幕の外へとゴロゴロと───!!


 ───ズザザザと、地面で体をすり激痛が襲う。


「ゲホ……げぇぇ……」

 く、クソッ!!!

 すばやく起き上がろうとするが、思った以上にダメージが激しく、脚に力が入らない……!

「───く、逃げなければ!」

 ここまでして逃げるもの何もないのだが、クラムは痛みでようやく我に返った。



 ここで、

 ここで死ねば───!!



「リズが───!!」
 ───叔父さん!!



 ようやく、リズの幻聴に耳を傾けることができた。
 彼女が、あの小汚い天幕で待っている。


 待っている……!
 待っている───……。


 家族が待っている……!


 帰らなければ……。
 帰らなければ───!
 帰らなければッッ!!!


 ちくしょう! はやく、はやく!


 帰らなければ、
 逃げなければ、
 生きなければ、


 ───ああああああああああああああ!!!


 愚かな自分を呪う。
 なんとか体を起こすが、こんな異変に近衛兵が気付かぬはずもない。

 『勇者』は兵を遠ざけてはいるものの、薄っぺらい布で女の嬌声が防げるはずもなく、かなり広範にわたっての近衛兵は聞き耳を立てていた。

 その声に変化があれば、異変に気付くというもの。

 酒に酔った者はともかく、そうでない者はすぐさま抜刀し、駆けつけてくる。
 にわかに騒がしくなった『勇者』のキャンプ地では、あちこちで篝火かがりびが分配され、昼間のように明るくなりはじめた。

 眠っていた非番の者も起き、「ハレム」の中からも女の悲鳴が響く。

 どこもかしこも目覚めてしまったようだ。


「ぐぅ……」


 ヨロヨロと起き上がったクラムの前に松明が近づく。
 そして、それ以上に背後の天幕から───ドンドン人の気配が沸きだしてくる。

「侵入者だ!」「ここだ、い! い!!」

 ザザザザとあっという間に取り囲まれる。
 既に全員が抜刀済み、松明によって明々と照らされたクラムに逃げ場などない。

 兵以外にも、飯炊きやら非戦闘員もゾロゾロと集まる。
 中には見目麗しい女たちが数人……「ハレム」の女たちだろう。


 そして、
「おーおーおー、近衛兵ロイヤルガードぉぉぉ……職務怠慢だな。コイツ中まで入ってきたぜ?」

 素っ裸を隠しもせずに、ネリスを抱いたまま素手すでで近づくテンガ。
 その様子に、何人かの近衛兵は顔面蒼白。
 ネリスの眩しい肌に目を向ける余裕もないようだ。

「こいつ、囚人兵だろ? よくもまぁ、そんなのに侵入されたもんだぜ……。おい、今日の当直は……わかってるな?」
 ギロっと睨まれた近衛兵は腰を抜かしている者もいる。

 そして、
「し、しかし……元々の警戒線ピケットラインを動かせといったのはテンガ殿では!」

 と、言い訳と弁明をする。
 
「あ? 俺が悪いのか? おーおー、言うねぇ。ほーほーほー……まぁいいや、で、───よぉ」

 ズイっとかがみ込み、クラムを見下ろすテンガ。
 抱かれたネリスが間近に迫り、その瑞々みずみずしい肌が目の前に──。

「ネリ……ス」

 震える声で話しかけるネリスは、テンガの首に回した手に力を籠めしがみ付き、少しでもクラムから離れようとし、顔は一切見せなかった。

「へぇ……ネリス。お前、ちゃんと覚えてるじゃん? 忘れたんじゃなかったのか?」
 意地悪そうに話すテンガの声に、イヤイヤをするように首を振るネリス。

「ぎゃはははははは! こりゃいい! こういう楽しみ方もあったとはなー!」

 うひゃはははっは、と機嫌よさげに笑うテンガと、肌をあらわにしつつ上気したそれを隠す様にしがみ付くネリス……。


 その姿は───実に醜悪だ。


「ネリス……どうし、て」

 もう、ここに至ってクラムの命運は尽きただろう。
 早晩、首をねられて終わりだ。
 友軍だからなんて言い訳は聞かない。そのための内部の警備だ。

 近づけば即──死と。

 貴人への接近はそう言ったものだ。
 許可なき接触が許されるはずもない。

「どうしても、こうしてもあるかよ……見ての通りだ、ひゃははは」

 これ見よがしにネリスを抱いたままその場でクルクルと回り出すテンガ。

 それに釣られてネリスの甘い匂いと……行為の後の匂いが撒き散らされる。
 混じったその匂いに胸がムカつく思い───。

 ね、
「ネリぃぃぃス!!!」

 叫ぶクラム──……!!

「おいおいおい、ネリスぅぅ……返事してやれよ」

 それでも、彼女は首を振って答えない。
 まるで、目を塞ぐように、テンガの胸に顔を埋めかたくなにクラムの視線から逃れようとする。

「あーあーあー……可哀想になーお前さん。ネリスは話したくないとさ」

 ゲラゲラと何がおかしいのか終始笑い続けているテンガ。その機嫌は最高潮だ。
 近衛兵も、取り囲んだはいいが……どうしていいか分からず抜刀した状態で固まっている。

 テンガの許可なく動くことはできない様だ。

 その時……、
「……うそ、クラム……──?」

 また……懐かしい声が……。




 そう。懐かしい声がした。



 し、た……?



 した? ここで?

 え?
 なんで?
 今の声……。



「あ……か───」



 スッと近衛兵を割って少しだけ近づいた人影……。

 煽情的な服を纏い、色香が最高潮まで漂う───美と魅と神秘が顕現けげんしたかのような……人。

 え?
 こんな、


 こんな人……。


 知らな──。

「アナタ……生きて……?」 

 スっと体を屈めるその人は、とても美しく───。
 シャラララと流れる金糸の如き髪と……懐かしい、匂い。


 ふと───……。
 あの家の食卓が脳裏に、


「義母さん…………………………?」


 声の先にいたのは、












 紛れもなく、クラム・エンバニアの義母───…………シャラだった。
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