『ハタオト！～働くオトナの保健室～（産業医と保健師のカルテ）』→“走るオトナの保健室、あなたの会社にもお伺いします。”

Episode⑤ 女の勝ち組/女の負け組

第34章｜普通じゃない関係 ＜2＞BARでの待ち合わせ その2

＜2＞

　特別な努力をしなくても、媚びた愛嬌を振りまかなくても、私はただそこにいるだけで、褒められて、求められて、崇められた。

言い寄ってくる男の人たちが無数にいる中で、私はどちらかと言えばワイルドで少し不良っぽい男性が好きだった。自信満々で、肩で風を切って歩いているようなタイプ。ただ今思えばあれは、サル山を観察している人間がとりあえずボスザルに目を引かれ、価値を見いだすようなものだったのかもしれない。


　高校を卒業して日本に帰り、帰国子女枠で入った私立大学でひとつ上の先輩だった井場本啓太に出会った時、私は彼のアウトローな雰囲気に興味を引かれた。

井場本はどこかの会社の御曹司という噂だった。日焼けした真っ黒な肌に、くっきりとした彫の深い顔。金髪のロン毛にピアス。がっちりした筋肉質の体型で、ツンとする香水とタバコの匂いがする。ひと目でブランド物と分かるバッグと靴と時計をいくつも持っていた。いつもお調子が良くて、男にも女にも囲まれていた。

そんな、万年お祭り騒ぎをしているような井場本が、真っ赤なフェラーリで迎えに来て真剣な顔で震えながら薔薇の花束を差し出した時に、この人と付き合ってみてもいいかなぁと思った。


　それまで、男の人と身体の関係を持ったことがなかった。我が家は全員、敬虔なクリスチャンで、結婚するまで純潔を守れと教えられていたから。私のほうも、別にしたいと思わなかったし。

でも、井場本啓太と付き合い始めて約一年、彼に土下座されて、お願いだからヤラせてください、と泣かれたのをきっかけに、ついに折れた。その時、交換条件として彼はすぐに親に私を紹介して、結婚を約束してくれた。

彼は関西にある大きな医療法人グループの跡取り息子だった。井場本の家が桁違いのお金持ちなのは両家顔合わせの時にすぐに分かった。招待された彼の実家は文字通りの白亜の豪邸で、井場本ファミリーは、病院だけでなくて老人ホームや介護施設、それに介護用食品の会社や看護学校などをあわせて二十個以上経営していた。これらを一代で築き上げた、医師でありグループ創業者でもある井場本啓太の父親は、私と私の家族をすごく気に入ってくれた。

両親も浮かれ調子で大喜びだった。自慢の娘が連れてきた婚約者の、立派な実家と社会貢献事業。

まるでおとぎ話の王子様にプロポーズされるように、何もかもがトントン拍子に進んだ縁談。

・・・・・・のはずだった。はずだった。

それなのに。


――――――普・通・は・、まずはよくご夫婦で話し合って頂くことかと・・・・・・・・・


北新地でのホステスいじめの噂の真偽を確かめようと夫に電話をかけても、完全否定ばかりですぐ電話を切られるし、息子の晴久のことを話しても任せるの一点張り。最近ますます夫は自宅に帰ってこず、全く話し合いにならない状態で、しょうがなく先日、彼がよくつるんでいる遊び仲間と顧問弁護士を兼ねた知人に連絡してみたら、言われたことだ。


（普・通・は・、って何よ・・・・・・普・通・って・・・・・・・・・・・・！！　）


むしょうに不安で、行き場のない怒り。
その陰には、確かに私のほうもこれまで井場本を利・用・してきたというささやかな後ろめたさがある。
全部シャットアウトするように固く目を閉じて手元のグラスをあおった。


喉に熱い液体が通る感覚がした。
お酒はあんまり好きじゃない。飲むと隙ができるから。
でも、今日会うのは風寿くんだからきっと問題ない。


そのとき、バーのドアが開く音がした。