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Episode➃ 最後の一滴

第23章|人生ゲーム <13>次々と来る客(折口勉の視点)

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<13>


「あれぇ~っ。産業医の鈴木先生! 奇遇ですね」
入口に立ち、明るい声でそう言ったのは、人事の中泉だった。中泉はスーツ姿だった。

会社にいると見慣れてしまうが、あらためて外で会うと、彼が爽やかな美青年であることを感じる。
その屈託のない雰囲気に、部屋の空気がガラッと華やかになった。

「中泉さん………なんで、ここに? 」
選ばれし貴族社員の中泉が、しみったれた俺の哲学カフェに、何の用だ。

「ハーッハッハ。仕・事・で・す・よ。人事として、折口さんにお伝えしたいことがあったんですが、直接お話したほうが早そうだったので、来てしまいました。哲学カフェってどんなものか、いちど僕も、見てみたかったですしね~」

「………、人が少なくて寂しい感じになっちゃってますけど、どうぞ……」
軽く見栄を張って中泉にも席を勧めた。

「何かあったのですか。僕は席を外したほうがよいでしょうか」産業医が言う。

「ええ、まぁ……。鈴木先生は、全部事情をご存知だから、ここで話してしまってもいいですかね。
えー、コホン……。
折口さん。あなたのセクハラ疑惑に関する会社の最終判断は“処分非該当”で決定となりました」

「えっ………。非該当……。」

「はい。つまり、嫌疑不十分なのでお・咎・め・な・し、という結論です」

「どうして、そんなことになったんですか? セクハラを訴えている唐田さんの意向はっ………」

「実はですね………。唐田さんと鈴木先生、足立さんで面談をしてもらったあと、会社のお客様お問い合わせ窓口や、支店のFAXに、が送られてきましてね……」中泉が意味ありげに声をひそめた。

「怪文書!? 」

「“唐田アンナは、うちの夫から金銭をだまし取った”という告発文のようなものです……。どうやら、唐田さん、“パパ活”のようなことに手を染めていたみたいです。結構人気の『イースタグラム』のアカウントを持っていて、そこで知り合った男性と、金銭を介して関係を持っていたようで……」

「そ、そうだったんですか………」
俺は、池袋の居酒屋で見た、唐田さんのお色気を思い出した。確かにあれは、ちょっと手馴れているふうだった。

「自分の夫が、唐田さんと遊んで大金を貢がされたと知った既婚女性が、ずっと唐田さんのアカウントを監視していたようです。唐田さんの身元が発覚したきっかけは、彼女が『シューシンハウス』のモデルハウスのインテリアを映した写真を“自宅の写真”と偽って投稿したこと。画像検索などでうちのモデルハウスだということがばれ、芋づる式に唐田さんの身元が特定された。そのうえ………唐田さん、実は原須支店長とも付き合っていたらしくて………」

「な、なな、なんだってぇぇっ!? 」あまりの驚きで声が出た。
横目で見た産業医は、顔色ひとつ変えずに話を聞いている。とんでもないポーカーフェイスなのか、既に知っていたのか……。

「会社中にバラまかれた怪文書に、唐田さんと原須支店長のことも書いてありました。原須支店長は、折口さんのセクハラ疑惑を先頭に立って追及していましたが、自分自身が唐田さんと不倫されていたとなれば大問題……。上層部の怒りを買い、今週から急遽、青森支店へ異動となることが決まりました……。奥様が4人目のお子さんを妊娠中だったようで、本人は嫌がっていましたが、事情が事情ですから最終的には受け入れて……青森では支店長待遇ではなく、いち平社員に戻ってのスタートです。
それに唐田さんも、今日付けで会社を辞めました」

「原須支店長も、唐田さんもいなくなったってことか………」

「そういうことです。……あの件は、僕も実はちょっと引っかかっていまして……。実は以前、唐田さんから僕に、水着姿の自撮り写真が複数回、メールで送られてきたことがありました。他にも、何度も食事に誘われたりとか……」

「まぁ、中泉はイケメンだから……」

「いやいや。僕は結婚してますのでね、唐田さんと会社の外で個人的に会う事はしませんでしたが、正直、思わせぶりだなぁと思いまして……。だから折口さんも、引っかかってしまったのかなぁと………」

「すごいな唐田さん……支店長、中泉、俺………手当たり次第に………」

「もう唐田さんのアカウントは鍵付きになっちゃってますけど、人事部長がそうなる前に全部スクショしたんですよね。それで、多分怪文書を送り付けてきたのは『yoko_chin9696クロークロー』っていうアカウントの人じゃないか~、とか、業務そっちのけで探偵みたいに推理してまして……もうその件はどうでもいいから、通常業務を回してくれ~って感じで………」


中泉が心底うんざりした顔で話している時。また入口に人の気配がした。

なんだなんだ、今日は閑古鳥が鳴いていると思ったら、ずいぶんと参加者が多くなってきた……。


「伏野さん!!! 」次の来客は、設計の伏野さんだった。


「あんらまぁ~。せっかく日曜日に有給休暇取って、たまには哲学の秋を楽しもうと思ったら、ここにきても会社の人ばっかりじゃな~い」伏野さんは芝居がかった様子で部屋を見渡した。

「俺の『哲学カフェ』に、わざわざ遊びに来てくれたんですか……」

「そうそう。だって哲学ってなんか面白そうじゃん。あら、私、紅一点だね~。セクハラしないでよ♥」

「ちょっとちょっと、伏野さんそういうブラックジョークやめてもらえますか」

「ハハハ。冗談よ~。なんか唐田さんへのセクハラ疑惑、解消されたんだって? 折口さん良かったねぇ。私も怪文書見たけど、あの子、小動物みたいな顔してなかなかやるわね~。でもさぁ、私は最初から、折口さんを信じてたよ? だって私と折口さんで打ち合わせしてたとき、あの子の方から“相談があるんですけど~”って話しかけてたもんね」

「それ、俺がセクハラ疑惑の真っ只中にいるときに証言してくださいよ…………」

「え~。でも、私の知らないところで折口さんが、すんごいエロジジイに豹変してる可能性もあると思って」

「ひどいなぁ…………もう…………」

「あ、そうそう。そういえば昨日、支店に織田さんから連絡が入ってたよ。“『シューシンハウス』で家を建てたい”って! 」

「えっ…………本当に……? 」

「うん。なんでも私の描いた設計図が凄く良かったのと~、折口さんに頼みたいと思ったから、って言ってたよ」

「だけど俺……もう、この会社にはいられないから………」

伏野さんが言っていたように、俺は個人じゃ、織田さんに家を建ててあげることはできない。
これまでは会社に所属していたから、それができたのだ。
俺がお客さんに会いに行き、伏野さんが図面を描き、大工が家を建てる……。
不動産業者、柱や窓の材料を納品してくれる業者………。
それらの人々に協力してもらうのには、当然、『シューシンハウス』という会社がなければできない。

「何を言っているんですか、折口さん。セクハラの件も嫌疑不十分になったんですし、また僕らと一緒に働いてくださいよ」中泉が言う。

「でも、俺、……酒、飲んじゃったし」

「そんな。ねぇ。この世に完璧な人間なんかいるわけないんだよ。私は今回の件、折口さんのことも、唐田さんのことも、支店長のことも、フーン、とは思うけど、悪しざまに言える自信はないよ。
だって人間が作ったものも、人間自身も、完全無欠で隅々まで清廉潔白なんてことはないんだから。
みんな間違えるの。だから、間違えたら謝って、何度でも前向いて、やり直すしかないってこと」伏野さんが言う。

「うん、それはいい考えですね」ずっと黙って話を聞いていた産業医が笑った。

「よし! 決まりだ! 折口さんの復帰仕事第一号は、織田様邸の案件ですね!! 」中泉も笑った。

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