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Episode➃ 最後の一滴
第23章|人生ゲーム <10>唐田アンナの産業医面談 その3(鈴木風寿の視点)
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<10>
「なんですかっ!? 」
唐田さんが苛立ったようにこちらを睨んで声を上げる。部屋に入ってきたときの可愛らしい表情はどこかに消えていた。
「今年の健康診断の結果票は既に、ごらんになりましたか」
先ほど中泉さんに渡された紙の束の中から、唐田さんの健診結果を取り出して見せた。
「なんか郵送で来てましたけど……私は検査結果なんてよくわからないので、詳しく見てません。それがどうかしたんですか」
「唐田さん、『感染症』の項目で引っかかっています! 忘れずに、必ず、必ず二次検査を受けてください! 」
彼女が部屋を出て行ってしまう前に伝えておきたい。思わず声が大きくなった。
「『感染症』……? 私、特に風邪とかひいていませんけど……」
「いえ………、オプションで受けていた血液検査項目で、“梅毒感染の疑い”が出ています」
「……ば、…梅毒………!? なんですかそれ。どこかで聞いたことがあるけど………」
「『梅毒』は、STDの一種です。“Sexually Transmitted Diseases”………つまり、性的接触で人から人にうつる感染症です」
「………………………………!!! 」
ドアノブに手をかけて、今にも部屋から出ようとしていた唐田さんがおびえた表情でこちらに向きなおった。彼女のロングスカートがヒラリと綺麗に揺れた。
「それ………怖い病気ですか」
「怖い病気です。梅毒の典型的な初期症状は『感染が生じた皮膚や粘膜に、痛みのないしこりや硬いイボのようなできものができる』というもの。その段階で早めに病院を受診して診断がつけば、4週間の抗生物質の内服で比較的簡単に治療できます。しかし治療をしないで放っておくと……いずれ神経や大血管に梅毒が回り、長期経過ののちに、患者は極めて悲惨な経過をたどります」
俺の言葉を聞き、彼女が何かを思い出したように言った。
「………先生。そういえば私、左の口角のあたりに突然、少し大きめのしこりができました。ほうっておいたら、潰れたみたいに白くなって、治りかけてはいるけど、気になっているんです。それって、もしかして梅毒って病気と関係がありますか」
「……わかりません。しかし否定はできません。梅毒の初期症状は、もともとは陰部から症状が出ることが多いとされていましたが、近年は『口』に初期症状が出るケースがめずらしくありません。
口内炎・口角炎のように見えて、実は梅毒だった……という症例も多数報告されています。ここ数年、東京などの都市部で、特に20代女性の梅毒感染が急速に増えています。必ず健診結果を持参して、医師に先ほどの症状を説明して診断を受けてください」
「………思い当たる症状………。ほかにも、あるかもしれない……。そういえば少し前、他のところにも、しこりができてた…………」
「梅毒のあだ名は“偽装の達人”と言われます。
症状のバリエーションが多く、しかも様子を見ているうちに一時的に症状が消え、症状の出る箇所が移り変わったりもします。見つかりにくいという意味では非常にやっかいな病気です。健診をきっかけに見つかれば、早期発見できてよかった、ということになりますから」
「わかりました。病院、行ってみます」
「是非、受診をお願いします。それと……大事な注意事項があります」足立が付け足した。
「仮定の話ではあるんですが……、もし唐田さんが梅毒に感染していると診断されたら、必ず、パートナーにもそのことを伝えてください。カップルの一方が性感染症にかかった場合、性交渉によってパートナーに病気をうつしてしまいます。だから同時に治療しないと、片方だけが薬で治っても、また相手からうつされて、それをまたうつして……ということが繰り返し起きるんです。
『ピンポン感染』って呼んだりもするんですが……こうなるとなかなか完治しないので……。
もしSTDだと診断されたら、パートナーにも正直に伝えることを、絶対に忘れないでください」
「…………それって、パートナーが複数いる場合は、接触を持つ可能性がある全員に知らせないと、意味がない、ってことですよね」
「はい、そういうことです」
「………………。鈴木先生、足立さん………。アドバイスありがとうございました」
唐田さんはうつむいて頭を下げ、そのまま会議室を出て行ってしまった。
「なんですかっ!? 」
唐田さんが苛立ったようにこちらを睨んで声を上げる。部屋に入ってきたときの可愛らしい表情はどこかに消えていた。
「今年の健康診断の結果票は既に、ごらんになりましたか」
先ほど中泉さんに渡された紙の束の中から、唐田さんの健診結果を取り出して見せた。
「なんか郵送で来てましたけど……私は検査結果なんてよくわからないので、詳しく見てません。それがどうかしたんですか」
「唐田さん、『感染症』の項目で引っかかっています! 忘れずに、必ず、必ず二次検査を受けてください! 」
彼女が部屋を出て行ってしまう前に伝えておきたい。思わず声が大きくなった。
「『感染症』……? 私、特に風邪とかひいていませんけど……」
「いえ………、オプションで受けていた血液検査項目で、“梅毒感染の疑い”が出ています」
「……ば、…梅毒………!? なんですかそれ。どこかで聞いたことがあるけど………」
「『梅毒』は、STDの一種です。“Sexually Transmitted Diseases”………つまり、性的接触で人から人にうつる感染症です」
「………………………………!!! 」
ドアノブに手をかけて、今にも部屋から出ようとしていた唐田さんがおびえた表情でこちらに向きなおった。彼女のロングスカートがヒラリと綺麗に揺れた。
「それ………怖い病気ですか」
「怖い病気です。梅毒の典型的な初期症状は『感染が生じた皮膚や粘膜に、痛みのないしこりや硬いイボのようなできものができる』というもの。その段階で早めに病院を受診して診断がつけば、4週間の抗生物質の内服で比較的簡単に治療できます。しかし治療をしないで放っておくと……いずれ神経や大血管に梅毒が回り、長期経過ののちに、患者は極めて悲惨な経過をたどります」
俺の言葉を聞き、彼女が何かを思い出したように言った。
「………先生。そういえば私、左の口角のあたりに突然、少し大きめのしこりができました。ほうっておいたら、潰れたみたいに白くなって、治りかけてはいるけど、気になっているんです。それって、もしかして梅毒って病気と関係がありますか」
「……わかりません。しかし否定はできません。梅毒の初期症状は、もともとは陰部から症状が出ることが多いとされていましたが、近年は『口』に初期症状が出るケースがめずらしくありません。
口内炎・口角炎のように見えて、実は梅毒だった……という症例も多数報告されています。ここ数年、東京などの都市部で、特に20代女性の梅毒感染が急速に増えています。必ず健診結果を持参して、医師に先ほどの症状を説明して診断を受けてください」
「………思い当たる症状………。ほかにも、あるかもしれない……。そういえば少し前、他のところにも、しこりができてた…………」
「梅毒のあだ名は“偽装の達人”と言われます。
症状のバリエーションが多く、しかも様子を見ているうちに一時的に症状が消え、症状の出る箇所が移り変わったりもします。見つかりにくいという意味では非常にやっかいな病気です。健診をきっかけに見つかれば、早期発見できてよかった、ということになりますから」
「わかりました。病院、行ってみます」
「是非、受診をお願いします。それと……大事な注意事項があります」足立が付け足した。
「仮定の話ではあるんですが……、もし唐田さんが梅毒に感染していると診断されたら、必ず、パートナーにもそのことを伝えてください。カップルの一方が性感染症にかかった場合、性交渉によってパートナーに病気をうつしてしまいます。だから同時に治療しないと、片方だけが薬で治っても、また相手からうつされて、それをまたうつして……ということが繰り返し起きるんです。
『ピンポン感染』って呼んだりもするんですが……こうなるとなかなか完治しないので……。
もしSTDだと診断されたら、パートナーにも正直に伝えることを、絶対に忘れないでください」
「…………それって、パートナーが複数いる場合は、接触を持つ可能性がある全員に知らせないと、意味がない、ってことですよね」
「はい、そういうことです」
「………………。鈴木先生、足立さん………。アドバイスありがとうございました」
唐田さんはうつむいて頭を下げ、そのまま会議室を出て行ってしまった。
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