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Episode➃ 最後の一滴

第18章|ビラ配り <2>1日目朝 人が少ない

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<2>

 『夢の島』といえば、昭和生まれ世代にとっては『ゴミの島』というイメージが強いエリアである。
現在はすっかり整備されてきれいなコンクリートの地面と豊富な緑地でカバーされているが、この場所はかつては、ゴミ集積所だった。


 もっと古く昔に遡ると、江戸時代よりも前の東京湾は、荒川や利根川などの多くの河川から少しずつ土砂が流れ込み、溜まった土砂により遠浅の海を形成していたという。江東区はもともと大半が海だったが、江戸時代に盛んに埋め立てが行われ、土地となっていったエリアだ。

そして時が過ぎ、高度経済成長期になると、東京の人口が爆発的に増加し、伴って排出されるゴミも爆発的に増加して行き場を必要とした。その時にゴミの集積所として選ばれたのが、もとは海だった新しい場所で、江東区の南端にあった『夢の島』一帯である。

ところが当時のゴミは埋め立て前に焼却されてはおらず、生ゴミさえもそのままの状態で積み上げていくだけという処理方式であったため、東京で出たゴミの総量の約7割を受け入れることになった夢の島は、大きな負担を抱えることになる。

都民のゴミ捨て場となった夢の島一帯はみるみるうちに害獣・害虫が跳梁跋扈するエリアとなり、風に乗ってゴミ集積所から流れて来る悪臭、大量飛来したハエ、発生したガスによる自然発火などが住民生活を脅かした。都内じゅうのゴミを載せた一日数千台のごみ収集車による大渋滞なども、社会問題となった。


 その後、ゴミ処理方法を埋め立て式から焼却処理に切り替えたことや、都の総力を挙げた害獣駆除作戦の実施、都内各地にごみ処理場を整備することなどで江東区民のゴミ関連生活被害はおさまっていったが、俺が小学生の頃はまだ「夢の島問題」「ゴミ戦争」の熱気が冷めやらぬ時期だったので、社会科の教科書には『夢の島』が載っていた。

俺は和歌山県の片田舎の公立小学校に通っていたが、当時の担任がその話をしていたことをはっきり覚えている。



 それから30数年が経ち、今の「夢の島」は平和でのどかな場所である。


栃内が言っていたように、ここに住人はなく、家は建っていないが、ゴミでできた地層の上にはコンクリートや土が盛られて、ゆったりとした緑豊かな公園や競技場が多数整備されているのだ。



………だが、思ったよりも人がいなかった。
 

 夢の島の西側、夢の島一丁目エリアには、野球場や陸上などに使える競技場が並んでいる。その間の道はしっかり舗装されており、区画は明瞭で、いざとなれば携帯電話の地図もあるので道に迷うことはない。しかし立派なスポーツ施設も、長期休み中でもない普通の平日だからか、ほとんど使っている人間がいなかった。

道すがら、ウォーキング中と思われる中高年数名にすれ違ったが、彼らは耳にイヤフォンをしてサングラスをかけており、自分の世界に集中している様子で話しかけることができなかった。

試しに原っぱでキャッチボールをしていた青年二人組に話しかけてみたが、目的がビラ配りとわかると途端に冷たい視線で断られてしまった。あ、すみません。と言ってその場をそそくさと離れた。


――――ちょっと苦戦しそうだな……。


区の端のほうでわざわざやってくるのには時間がかかる場所のためか、こういう大型公園でよく見かける、いかにも暇そうで、話せる相手を探しているような、押しに弱そうな高齢者の姿は、周囲にまったく見当たらなかった。
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