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Episode③ 魂の居場所
第13章|あなたはここにいる <2>大山さんからのメール(鈴木風寿の視点)
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<2>
その日、メールボックスを開くと、『エイチアイ石鹸株式会社』の大山さんからメールが入っていた。クリックして内容を読む。
---------------------------------------------------------------------
鈴木先生
お疲れ様です。
弊社に着任したとき、本格的に産業医の仕事を始めたのは最近の事だ、とおっしゃっていた鈴木先生が、部下を連れて来てくださるとは。私も嬉しく思いました。
初めて部下を持ったとき、当時の上司が言ってくれました。
あまりカッコつけるな。失敗したところも見せていい。
部下は上司の背中を見て育つ。
上司の仕事に対する信念が間違っていなければ、良いところも悪いところも見ながら、部下は勝手にバランスを取っていくものだ。
それを聞いて肩の荷が下りたものです。
是非また、足立さんと弊社にいらしてください。大山
---------------------------------------------------------------------
「………………。」
大山さんからのメールの文章を、繰り返し目で追った。
顎に手を当てて、しばし思案した。
―――広瀬さんの件。………………。
………俺は今でも、『エイチアイ石鹸株式会社』の広瀬さんへの自分の対応が、間違っていたのかもしれないと逡巡している。
もう一度、大山さんからのメールを見た。
大山さんが、広瀬さんの件を意図してメールを書いたわけではないだろう。
しかし、メールの言葉は短いながらも示唆に富み、頭の中であの件につながった。
医師の失敗体験は、患者の人生を変えてしまうこと、健康や命を奪ってしまうことと直結する。
そのセンシティブさから、そう簡単に笑い話にしたり、認めて受け入れ、誰かに自分から話したりできるものではない。
そのため、医師は失敗談を隠してしまいがちだ。
そして、医師にとって、特に過去のミスを知られたくない存在がふたつある。
それは、患者と看護師だ。
患者については、当然だ。彼らは取引相手であり、当事者なのだから。
だが看護師の場合は少しニュアンスが違う。
医師と看護師は同じ現場で働き、それぞれに医療知識を有するが、看護師は通常、医学的方針の最終決定権を持たない。
命の重みという同じ十字架を背負う医師同士では、最終責任者の苦しみを分かち合いやすい。
しかし、医師と、決定を医師に委ねる立場である看護師との間には、微妙な温度差と、埋められない溝がある。
看護師は、もっとも身近に、少しだけ離れた場所から、医師の判断の是非を見ている存在だ。
産業医と産業保健師の関係でも、それは同じ。
広瀬さんの件について、足立に伝えること。
それはすなわち、彼女の混じりけのない視線で、自分の判断を見透かされるかもしれない、ということだ。
2か月という短い研修期間の中で、そこまで深入りする必要もない、と思った。
だからあえて話さなかった。
けれど足立もいずれは、教科書に答えが載っていない問題に直面する日が来るのだろう。
その時に、俺の後悔を伝えることが、いつか何かの役に立つ可能性もある。
―――足立を、あの店に誘ってみようか………………。
そう思った。
その日、メールボックスを開くと、『エイチアイ石鹸株式会社』の大山さんからメールが入っていた。クリックして内容を読む。
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鈴木先生
お疲れ様です。
弊社に着任したとき、本格的に産業医の仕事を始めたのは最近の事だ、とおっしゃっていた鈴木先生が、部下を連れて来てくださるとは。私も嬉しく思いました。
初めて部下を持ったとき、当時の上司が言ってくれました。
あまりカッコつけるな。失敗したところも見せていい。
部下は上司の背中を見て育つ。
上司の仕事に対する信念が間違っていなければ、良いところも悪いところも見ながら、部下は勝手にバランスを取っていくものだ。
それを聞いて肩の荷が下りたものです。
是非また、足立さんと弊社にいらしてください。大山
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「………………。」
大山さんからのメールの文章を、繰り返し目で追った。
顎に手を当てて、しばし思案した。
―――広瀬さんの件。………………。
………俺は今でも、『エイチアイ石鹸株式会社』の広瀬さんへの自分の対応が、間違っていたのかもしれないと逡巡している。
もう一度、大山さんからのメールを見た。
大山さんが、広瀬さんの件を意図してメールを書いたわけではないだろう。
しかし、メールの言葉は短いながらも示唆に富み、頭の中であの件につながった。
医師の失敗体験は、患者の人生を変えてしまうこと、健康や命を奪ってしまうことと直結する。
そのセンシティブさから、そう簡単に笑い話にしたり、認めて受け入れ、誰かに自分から話したりできるものではない。
そのため、医師は失敗談を隠してしまいがちだ。
そして、医師にとって、特に過去のミスを知られたくない存在がふたつある。
それは、患者と看護師だ。
患者については、当然だ。彼らは取引相手であり、当事者なのだから。
だが看護師の場合は少しニュアンスが違う。
医師と看護師は同じ現場で働き、それぞれに医療知識を有するが、看護師は通常、医学的方針の最終決定権を持たない。
命の重みという同じ十字架を背負う医師同士では、最終責任者の苦しみを分かち合いやすい。
しかし、医師と、決定を医師に委ねる立場である看護師との間には、微妙な温度差と、埋められない溝がある。
看護師は、もっとも身近に、少しだけ離れた場所から、医師の判断の是非を見ている存在だ。
産業医と産業保健師の関係でも、それは同じ。
広瀬さんの件について、足立に伝えること。
それはすなわち、彼女の混じりけのない視線で、自分の判断を見透かされるかもしれない、ということだ。
2か月という短い研修期間の中で、そこまで深入りする必要もない、と思った。
だからあえて話さなかった。
けれど足立もいずれは、教科書に答えが載っていない問題に直面する日が来るのだろう。
その時に、俺の後悔を伝えることが、いつか何かの役に立つ可能性もある。
―――足立を、あの店に誘ってみようか………………。
そう思った。
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