上 下
112 / 338
Episode② 港区ラプソディ

第9章|弱肉強食の世界 <25>顧問弁護士さんに助けてもらう

しおりを挟む
<25>


『株式会社E・M・A』の会議室に、私、トモコ、吉田弁護士、産業医の荒巻先生、副社長の高根さんが揃った。


吉田弁護士は、小柄なお年寄りの男性だった。薄くなった白髪交じりの髪をオールバックに整えていて、年齢は70代くらいに見えた。

ただ、リラックスしたような微笑とは裏腹に、きりりとした眉、はっきり刻まれた眉間の皺、矢印型の鼻、一文字の口元、そして眼鏡の奥の黒々とした瞳から、百戦錬磨の武闘家のような雰囲気も漂わせていた。


吉田先生は、『株式会社E・M・A』顧問としてのご縁があるからと、今回の件は初回相談無料で引き受けて下さったそうだ。ありがたい……。



私達が待っていると、ドアがノックされた。先輩保健師の持野さんに案内されて、南野鷹志さんが部屋に入ってくる。


「あっ……“タカさん”! 本当にIT社長だったんだ」トモコが言う。


「ども」
南野さんは憮然とした表情で、軽く会釈をした。


今日の集まりが、楽しいものではないことは皆分かっている。


南野さんが席に着くと、吉田先生が切り出した。

「……はじめまして。弁護士の吉田です。さて、今回お越し頂きました件ですが、『株式会社E・M・A』所属の保健師、足立里菜さんのご友人である、こちら、看護師の紺野トモコさんが……
『株式会社TAU-KAPPA』の南野鷹志さんが参加されていた×月×日の会合にて知り合った、通称“カラス”という男性に、金銭をだまし取られたと話しておられます」

弁護士の先生の話し方って、産業医とは少し違うなぁ、と思った。
穏やかだけど、ハッキリと聞き取れる、張りと芯がある声だった。


「へぇ。それは災難でしたね」棒読みのような無関心なイントネーションで、南野さんが言う。


「南野さんと、“カラス”さんとは、どういったご関係ですか」


「ただの飲み仲間ですよ。あいつ金持ってて、顔もいいんで、飲み会に参加してもらうと女の子に喜ばれるから、何回か一緒に飲みましたけど。詳しいことは知りません」


「しかしこちらにいる足立さんが、×月×日、南野さんより『カラスには金を出すな』とのアドバイスを受けたと話しています。これは、南野さんが、“カラス”の詐欺行為を認知していたためのご発言ではありませんか」


「認知も何も、詳しくは知りませんよ。でも仲間内の噂で、アイツヤバいんじゃないか、ってのを聞いたことはありました」
南野さんは目を逸らした。


「……南野さん。あなたが、“カラス”が詐欺師だと知っていたにもかかわらず、ご相談者の紺野トモコさんに彼を紹介したということであれば、責任の一端は否定できませんよ」


「は!? あれはただの飲み会ですよ? しかも、確かに、俺はそちらの足立さんに、当日言いましたよ。“カラスには金出すな”って。でもそれは、親切のアドバイスをしてやっただけで、それを聞かずに金出したヤツが悪いんです」


「ま、まぁまぁ……吉田先生、南野さん、落ち着いてください」高根さんが場をいさめる。


荒巻先生は眉間に皺を寄せて腕組みをしたまま、目を閉じて黙っていた。



吉田先生がさらに追及した。
「南野さん。当日の集まりには、国会議員を名乗る男も参加していたようですが。足立さんや紺野さんは、彼が名乗っていた“イシダ”という名前で、該当する議員を探したものの、見つけられなかったようです。その人物についても教えて下さい、いかがですか」


「……答えたくありません。本件とは関係ないので」


「関係ないわけが、ありません! 」
突然、吉田先生がドスの聞いた声を出した。ビクっとして声の主を見ると、先ほどの穏やかな老人が、憤怒の表情を浮かべて眼鏡の奥から南野さんを見据えていた。

吉田先生の気迫で波動が起きて、部屋の空気がピリピリと震えたような気がした。

「あなたが長年苦労して築き上げてきたものが、一瞬にして崩れ落ちるかもしれませんよ……。国会議員を名乗る詐欺師に、ポンジ・スキームの詐欺師……そんな二人の詐欺師と徒党を組んで、あの日、南野社長は何をしていたのか、と……」


「は? 俺を脅す気かよ!? 」


「いいえ、あなたを脅すだなんて、とんでもない。私の弁護士としての信条は、『依頼者利益の最大化』。よって、あなたが当日、会合に同席していたことは、私にとっては、どうでもいい。しかし」


「なんだよ」


「このままでは、窮鼠猫を噛む、といった事態になりかねません。もし南野さんが、“カラス”の本名、住所、勤め先、メールアドレスなど……。手がかりを出してくださるようなら、あとは全てこちらで処理いたします。弁護士バッジを賭けて、あなたから情報をお聞きしたことは、一切他言しないことを誓います、どうですか」


「……チッ。取引かよ。わかったよ。知ってることは、話す。その代わり、俺は詐欺事件には一切関係ない」


「承知いたしました。では、“カラス”の本名は?」



「ハタケナカ……、ラスオウ」



「……………………はァ? 」吉田先生が、耳に手を当てて聞き返した。



南野さんが、苛立った様子でペンを取り出して……、

――――【はたけなか らすおう

と、メモに書いた。



「だからさぁ。これで、ハタケナカ、ラスオウ、って読むんだよ。“カラス”の本名だよ」


「ハタケナ“カ・ラス”オウ……確かに……たしかに、“カラス”さんだわ……偽名じゃなかったんだ……」トモコが呟いた。


「お名前、難しい読み方ですね」高根さんが言う。


「カラスの親は名付けの時、“最男ラスオウ”って名前の読み方を“ラスダン”にするか“ラスオウ”にするかって、夫婦で相当モメたらしいんですよ。その話題で、飲み会の時に、カラスが知り合いにイジられてて、財布の中の運転免許証を、抜かれて皆に晒されてたの見たから、間違いない。それが、カラスの本名」


カラスさんの本名が分かって、少しだけ緊張した場が和んだ。


「なるほど。ほかにご存知の事はありませんか」吉田先生が言う。


「自宅住所は知らないけど、港区六本木の××ビルに入ってるレンタルオフィス、使ってるはずだよ。よく出没するのは秋葉原の××××っていうメイドカフェ。推しがいるから…………あと高級時計『ルシャール・ピリ』のブラックフェイス総ダイヤ入りモデル買ったのは×××……」

南野さんの供述は、続いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

女の子にされちゃう!?「……男の子やめる?」彼女は優しく撫でた。

広田こお
恋愛
少子解消のため日本は一夫多妻制に。が、若い女性が足りない……。独身男は女性化だ! 待て?僕、結婚相手いないけど、女の子にさせられてしまうの? 「安心して、いい夫なら離婚しないで、あ・げ・る。女の子になるのはイヤでしょ?」 国の決めた結婚相手となんとか結婚して女性化はなんとか免れた。どうなる僕の結婚生活。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。 「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」 「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」 「・・・?は、はい」 いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・ その夜。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

会社員だった俺が試しに選挙に出てみたら当選して総理大臣になってしまった件

もっちもっち
経済・企業
(第2巻 新革党の選挙戦)の内容紹介です。  会社員古味良一は、討論番組や政治のニュースをはしごするのが好きなだけの、30歳独身のしがない男・・・だったが、試しに立候補した衆議院選挙で当選してしまう。今期限りで政治家はやめて、再就職を目指す予定が、紆余曲折を得て、渦川俊郎が結党した「新革党」から再選を目指すことになった。   --- 登場人物 --- 古味良一・・・この物語の主人公。新革党の候補者。あだ名は風雲児。選挙区:茨城県。 -新革党- 渦川俊郎・・・新革党の党首。選挙区:滋賀県。 緒川順子・・・渦川俊郎の政策秘書。 会田敬一・・・新革党の現職。渦川俊郎の盟友。選挙区:滋賀県。 前澤卓・・・新革党の現職。選挙区:埼玉県。 田辺正勝・・・新革党の現職。選挙区:大阪府。 高野清一・・・新革党の新人。選挙区:和歌山県。 -民自党- 阿相元春・・・現内閣総理大臣。選挙区:京都府。 秋屋誠二・・・現国土交通大臣。選挙区:福井県。 水園寺幸房・・・民自党の現職。選挙区:茨城県。 水園寺義光・・・民自党の現職。選挙区:茨城県。 -地方の風- 水本上親・・・地方の風代表。新人。選挙区:長崎県。

処理中です...