上 下
16 / 20

16.絶望

しおりを挟む
 
 ※女性が襲われるシーンがあります。不快に感じる方はプラウザバックしてください。

  -----------------------------------------


 あっという間に人気のない通路まで移動させられ誰にも助けを求める事が出来なかった。

 そのまま連れていかれた控室の奥にはベッドが見える。
 ヴァレリアは恐ろしさに震える。まさか……。

 騎士に無理やりベッドの上に放り投げられる。体には力が入らないので抵抗も儘ならない。
 セラフィーナを見れば部屋に鍵をかけているところだった。
 なぜセラフィーナがこんなことを。嘘だ。信じたくない。
 体の力は入らないが意識ははっきりしていた。動悸が激しく心臓の音が頭の中でこだまする。薬のせいか恐怖のせいかもう分からない。

「セラフィーナ……。なぜこんなことを……」

 返事をしたのはいつもの朗らかな顔の自分の知っているセラフィーナではなかった。
 口を歪ませヴァレリアを見る瞳には激しい憎悪が滲んでいる。

「もちろん、私がランベルト様の妃になるためよ。ずっとお慕いしていたわ。王女が邪魔だけど、まあもうじき毒が効いてくるわ。王女が死んでもまたあなたが婚約者になってしまっては困るのよ。今のうちに傷物になってもらわないと。馬車の事故で死んで貰うつもりだったけどずっと王宮に呼び出されて隙がなかったのよ。そっちのほうがよかったかしら?」

「……私たち親友ではなかったの?」

 縋るようにな気持ちでこれが間違いであってほしいと願い問う。今からでも冗談だと、ヴァレリアを驚かせただけだと言ってほしかった。

「私は親友なんて思ったことはないわ! ずっと大嫌いよ。はじめてランベルト様とお会いした時からお慕いしていたのに、私は家を継ぐために婿をとらなければならない。婚約者候補にすら入れなかったのよ。もしもランベルト様が私を強く望んで下さればその可能性もあったけど、ランベルト様は最初からあなたしか見ていなかったわ。どれ程私があなたを妬んで憎んでいたか分かる?」

 ランベルト様を好きだった?

「それならなぜ友人になったの?」

「婚約者であるあなたと友人でいれば、ランベルト様のお話が聞けるし、運が良ければお会いすることも出来るじゃないの。私はね、あなたを見ていつもイライラしたわ。私の方が妃に相応しいのにって。」

 セラフィーナがそんなことを思っていたなんて気づかなかった。私は一体彼女のなにを見てきたのだろう。

「こんなことお父様が知ったらあなたの家もどうなるか分からないわ。お願いやめて。今ならまだ誰にも言わないわ。お願い」

 セラフィーナが笑い出した。お腹を抱えて、おかしくて仕方ないと。

「あら、大丈夫よ。私達二人が襲われた事にするの。あなたは残念ながら救出が間に合わなくて傷物に。私は間一髪で無事なのよ。ふふふっ。公爵様はあなたに起こったことを公に出来ないわ、娘が傷物になったなんて言えないでしょう。そしてあなたはもう殿下に嫁げない体になる。私は大丈夫よ。ショックで数日寝込むくらいかしら。その後は可哀そうなあなたを慰めて、そして私が殿下と結婚するのよ」

 王家に嫁ぐなら純潔でなければならない。彼女はヴァレリアを汚すと言うのだ。信じられない恐ろしい計画をとても楽しそうに話す。こんなこと聞きたくない。耐えられない。ヴァレリアの瞳からは涙が流れていた。

「宰相閣下はご存じなの?お知りになったら悲しまれるわ」

「もちろん知っているわ。準備したのはお父様ですもの。お父様はね?ずっと私に後継ぎとして厳しく接してきたの。でも弟が生まれた途端、私のことなどどうでも良くなったのよ。男児の後継ぎが出来たって大喜びで! 周りはもう婚約者を決めてしまっているから私が今から相手を探すのが大変なのは分かるでしょう。来た話と言えばせいぜいお父様より年上の方の後妻になれとか、商人も候補にいたわ。私にそんな相手は相応しくないわ。屈辱よ。だからお願いしたの。ランベルト様の妃になりたいって。賛成して下さったわ。弟の将来のためにいいって。あなたが飲んだ薬もこの男も、サルトーリ公爵をあなたから引き離すよう手配したのもお父様よ」

 絶望で目の前が真っ暗になる。
 セラフィーナは騎士に向かって赤い錠剤を渡す。

「あなたにいい物をあげるわ。朝までヴァレリアを楽しませてあげられる薬よ」

 迷わず騎士はそれを口に含み飲む。

「私はここであなたが殿下の妃になれなくなる瞬間を見届けてあげるわ」

 セラフィーナは本気でヴァレリアを襲わせる。躊躇いは感じない。それほど憎まれていたのだ。笑って見て楽しんでいる。悍ましさに胃の奥から吐き気がこみあげてくる。友人だと思っていたのは自分だけだった。一緒に過ごしたのはランベルトに近づきたいから利用しただけ。それに気づきもせず信頼してランベルトの話を楽しそうに話して、それを彼女はどんな気持ちで聞いていたのだろう。

「ヴァレリアが飲んだ薬は体が動かなくなるだけよ。意識まで失ったらつまらないでしょう? いっそ、合意で楽しんでいたことにしてもいいわよ」

 もう、セラフィーナが恐ろしくてたまらなかった。真っ赤な口紅が塗られた唇からは残酷な言葉ばかり溢れ出す。 ヴァレリアを甚振ることを心から楽しんでいるのだ。

「悲鳴を上げられると困るわ。これを口に入れて」

 そう言って騎士にハンカチを渡した。逃げ出したいのに体が動かない。手も足もまったく力が入らない。
 もぞもぞ動くヴァレリアの口にハンカチが押し込まれる。
 苦しくて喘ぐが満足な抵抗も出来ない。そして手を頭の上に拘束して紐で縛っていく。
 セラフィーナを見ればグラスにワインを注ぎ、ベッドが見える位置にあるソファーに腰かけた所だった。

 騎士はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべてヴァレリアのドレスの胸元に短剣を当てて一気に切り裂いた。

 その音に恐怖心が増す。悲鳴はハンカチに飲み込まれヴァレリアの体はガタガタと震えた。必死の抵抗は身を捩ることだけだ。
 いやだ。こんなこと耐えられない。ランベルト以外の男に触れられるなんておぞましい。
 だれか助けて。ランディ! ランディ! たすけて。

 ランディとは婚約解消するまで呼んでいたランベルトの愛称だ。とっさにヴァレリアが心で助けを求めたのはランベルトだった。
 騎士の手がヴァレリアの足を撫でると全身に鳥肌がたつ。目の前には絶望しかなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖人の番である聖女はすでに壊れている~姉を破壊した妹を同じように破壊する~

サイコちゃん
恋愛
聖人ヴィンスの運命の番である聖女ウルティアは発見した時すでに壊れていた。発狂へ導いた犯人は彼女の妹システィアである。天才宮廷魔術師クレイグの手を借り、ヴィンスは復讐を誓う。姉ウルティアが奪われた全てを奪い返し、与えられた苦痛全てを返してやるのだ――

あなたをずっと、愛していたのに 〜氷の公爵令嬢は、王子の言葉では溶かされない~

柴野
恋愛
「アナベル・メリーエ。君との婚約を破棄するッ!」  王子を一途に想い続けていた公爵令嬢アナベルは、冤罪による婚約破棄宣言を受けて、全てを諦めた。  ――だってあなたといられない世界だなんて、私には必要ありませんから。  愛していた人に裏切られ、氷に身を閉ざした公爵令嬢。  王子が深く後悔し、泣いて謝罪したところで止まった彼女の時が再び動き出すことはない。  アナベルの氷はいかにして溶けるのか。王子の贖罪の物語。 ※オールハッピーエンドというわけではありませんが、作者的にはハピエンです。 ※小説家になろうにも重複投稿しています。

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~

春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。 6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。 14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します! 前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。 【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】

この願いが叶うなら

豆狸
恋愛
──お願いです。 どうか、あの人を守ってください。 私の大切な、愛しい愛しいあの人を。 なろう様でも公開中です。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

処理中です...