上 下
9 / 26

9.結婚生活

しおりを挟む
 貴族同士の結婚なら家の事情が優先され当事者同士の気持ちは二の次になることが多い。
 セリーナの両親は相思相愛で自分もいつか両親のような結婚をしたいと思っていた。でも現実は思い通りには行かない、
 ロニーに白い結婚を約束させたことで、冷たい結婚生活を覚悟した。もちろん部屋も別々で夫婦の部屋も使っていない。

 ところがいざ一緒に暮らし始めるとロニーは距離を縮めようと外出や観劇などに誘ってくれる。
 予想もしていなかった態度に驚いたが、彼も考えを改めて私との関係を改善しようとしてくれているのだと思うことにした。その延長線上に愛情が芽生えロニーから愛の言葉が聞ける日が来ることを祈った。その為に私からも積極的に話しかけた。
 いつもロニーは陽気に振る舞い、まるで結婚式前日の告白は嘘だったのかと思うほどだった。そんな日々は私に期待を抱かせた。

 ある日、彼に用があって屋敷の中を探していたら図書室で熱心に何かを読んでいた。私は驚かせようとそっと近づいた。彼は読むことに夢中で気付かない。
 声をかけようとした瞬間、彼は手元に視線を向けたまま幸せそうに微笑んだ。そして口元が何かを呟いた。風に乗って彼の小さな声が私の耳に届いた。私はその瞬間青ざめ、震える足でそっと図書室を後にして部屋に戻った。

「はははは……」

 部屋に入ると扉に背を預け天井を見上げた。乾いた笑いが口から出る。目の奥が熱い。両手で顔を覆い体を震わせながら涙を流した。

 彼は幸せそうな笑みを浮かべ「ヘレン」と呟いた。熱のこもった瞳は今でもヘレンだけに向けられている。
 ロニーの心は変わることなくヘレンのものだ。私への態度は義務に過ぎず、きっとどれほど努力をしても愛されることはない、そう思い知らされた。私はここに至ってようやく自分が失恋したことを受け入れた。今までは彼の優しさが私に諦めることを許してくれなかった。
 
 私はずっと待っていた。あの、結婚式の前日に彼の想いを聞かされた時からずっと……彼から「セリーナを愛する努力をする」その一言を待っていたのだ。その一言さえ聞ければ彼がヘレンを忘れられなくても希望を胸に彼を想っていられた。その言葉があれば白い結婚など提案しなかった。最初は形だけの夫婦でもゆっくりと時間をかけて本当の夫婦になれればいいと思えたのに……。

 その日は体調が悪いと言って部屋に閉じこもりロニーとは顔を合わせなかった。そしてこれからのことを考えた。

 もう終りにしよう。ヘレンに思いを馳せる顔を見て諦めを決断できた。それにこれ以上彼を想い続ければ私の心は壊れてしまうだろう。

 翌日、朝食時にロニーが穏やかな笑顔で言った。

「セリーナ。明日から領地に行ってくる。今週は忙しくなりそうだ。その代り来週末は美術館にでも行かないか?」

「体調が優れないからしばらくは外出を控えてゆっくりしたいわ。ごめんなさい」

 ロニーはどんな気持ちで私を外出に誘うのだろう。

「そうか、残念だな。体調が悪いなら仕方ない。またの機会にでも行こう」

 一晩泣いて、憑き物が落ちたように私の心は凪いでいた。離婚を決めてしまえば彼の態度に一喜一憂することはない。もう私たちの距離を縮める必要はなくなった。

「セリーナ。行ってくる」

 彼は領地に向けて出発した。

「はい。お気をつけて」

 ロニーを見送りながらほっと息を吐く。いつもなら寂しいと思っていたが今は何とも思わない。帰ってきたら離婚を切り出すつもりだ。
 彼が出発した翌日、ヘレンが私を訪ねてきた。会うのは久しぶりだった。

「私にロニーを返して。私たちは愛し合っているのよ。早くしないと私は嫌な男と結婚しなければならないのよ」

 鋭く睨みつけてくるヘレンに苦笑いをした。ロニーは最初からヘレンのもので私が邪魔者のような言い方だ。それにしてもロニーはヘレンとは別れたと言っていたが嘘だったのだろうか。

「それはロニーに言って」

「ロニーがセリーナに遠慮して言えないから頼んでいるのよ!」

 頼んでいるようには聞こえない。この態度はいくらなんでも酷い。それとも恋が人を愚かにさせるのだろうか。それなら私も同じか……。

「なるべく早く離婚できるようにするわ。その後は二人で話し合ってちょうだい」

「離婚……するの?」

「ええ」

「まあ! ありがとうセリーナ。それなら改めてロニーと話をするわ」

 離婚と聞いて顔色が明るくなった。ヘレンは来た時の剣幕は何だったんだと思うほど上機嫌で帰って行った。
 なぜ学生時代の私は彼女に嫌われることを恐れていたのだろう。今はただ二度と関わりたくないと思うだけだ。

 私はヘレンが出ていった後、すぐに行動に移した。結果的に彼女の来訪は私の心を後押ししてくれた。
 実家のお父様に話があるから会いに行くと手紙を送った。離婚の相談をしたら我慢しろと言われるのか、情けないと呆れられるのか……。それでもお父様を頼らなければ離婚もできない。
 自分の無力さに泣きたくなったが、全ては自分の至らなさが招いた結果だった。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央
恋愛
 子爵令嬢サラは困っていた。  婚約者の王太子ロイズは、年下で病弱な幼馴染の侯爵令嬢レイニーをいつも優先する。  会話は幼馴染の相談ばかり。  自分をもっと知って欲しいとサラが不満を漏らすと、しまいには逆ギレされる始末。  いい加減、サラもロイズが嫌になりかけていた。  そんなある日、王太子になった祝いをサラの実家でするという約束は、毎度のごとくレイニーを持ち出してすっぽかされてしまう。  お客様も呼んであるのに最悪だわ。  そうぼやくサラの愚痴を聞くのは、いつも幼馴染のアルナルドの役割だ。 「殿下は幼馴染のレイニー様が私より大事だって言われるし、でもこれって浮気じゃないかしら?」 「君さえよければ、僕が悪者になるよ、サラ?」  隣国の帝国皇太子であるアルナルドは、もうすぐ十年の留学期間が終わる。  君さえよければ僕の国に来ないかい?  そう誘うのだった。  他の投稿サイトにも掲載しております。    4/20 帝国編開始します。  9/07 完結しました。

結婚三年、私たちは既に離婚していますよ?

杉本凪咲
恋愛
離婚しろとパーティー会場で叫ぶ彼。 しかし私は、既に離婚をしていると言葉を返して……

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

あらまあ夫人の優しい復讐

藍田ひびき
恋愛
温厚で心優しい女性と評判のカタリナ・ハイムゼート男爵令嬢。彼女はいつもにこやかに微笑み、口癖は「あらまあ」である。 そんなカタリナは結婚したその夜に、夫マリウスから「君を愛する事は無い。俺にはアメリアという愛する女性がいるんだ」と告げられる。 一方的に結ばされた契約結婚は二年間。いつも通り「あらまあ」と口にしながらも、カタリナには思惑があるようで――? ※ なろうにも投稿しています。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...