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27.思い出と宝物

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「そうだ。ジリアン。部屋を案内しよう」

「えっ? お部屋はもう使わせて頂いていますよ?」

 フレデリックのどこかウキウキをした様子に首を傾げる。

「それは客間だろう? これから案内するのは若奥様の部屋だ。本当はすぐにでもそちらに移動して欲しかったのだが、母に婚約期間がなかったのだから、結婚式を挙げるまではケジメとして別々の部屋にするように言われてしまった。それは残念だけど、同じ屋敷の中で婚約者としての時間を過ごすのも悪くないと思っている」

 若奥様の部屋と言われドキリとする。実感は薄いがすでに書類の上ではフレデリックと夫婦だ。俄かに現実味を帯びてきた。

「婚約者の時間……」

 確かに普通の貴族令嬢なら半年から一年以上の婚約期間がある。それを考えれば短すぎるのだが、だからといってもうフレデリックと離ればなれにはなりたくない。

「結婚式が終わったら移動してもらうけどその前に見せたいものがあるんだ」

「見せたいもの?」

 首を傾げながらフレデリックの先導で二階の部屋へと移動する。

「こちらがジリアンの部屋だ。若奥様専用だよ。二人の寝室を挟んで向こう側が私の部屋だ」

 促され部屋に入る。室内には真新しい明るい色の家具が揃っている。フレデリックがクローゼットを開ければドレスが何着も掛かっていた。

「とりあえず急ぎ用意させた。私の感覚で決めてしまったので、もしドレスや家具で気に入らないものがあったら教えてくれ。すぐに好みの物を取り寄せよう」

「そんな。ここにあるもので充分です。それに白を基調とした家具は私の好みです。フレデリック様は私のことを何でも知っているんですね」

 部屋をくるりと見渡せば一つだけ趣の違う家具がある。それはオフホワイトの猫足の小さなチェストで子供用だ。はっと息を呑みジリアンは慌てて駆け寄りチェストを見る。チェストの横には傷があった。それをそっと指でなぞった。間違いない。これは五歳の誕生日に父がジリアンに買ってくれたものだ。この傷ははしゃいで手に持っていたペーパーナイフをぶつけ傷をつけてしまった。両親には叱られたし自分の迂闊さに悲しくなり大泣きした覚えがある。ずっと大切に使っていたがエヴァが処分してしまったものだ。それがどうしてここにあるのか。フレデリックが側に来た。

「フレデリック様。このチェスト……?」

「引出しを開けてみて」

 彼はそれには答えず引出しの中を見るよう促す。ジリアンは震える手でそっと引き出しを開けれた。中からは美しい細工の模様が施された木製のオルゴールが出てきた。それを手に取り開ければ音楽が鳴り出す。中にはブローチと指輪、ネックレスが入っていた。オルゴールはお母様からのプレゼントだった。アクセサリーはお父様がお母様に贈ったものでお母様のお気に入りのものだ。二段目の引き出しにも手を伸ばせば、手紙の束が紐でくくられたものと髪飾りが出てきた。

 手紙は仕事で忙しい両親が仕事先からジリアンに送ってくれたもので、髪飾りは両親が亡くなる前に行った仕事先で買って来てくれたお土産だ。手紙を手に取り抱きしめてフレデリックを見上げる。

「ど……う……して……?」

 フレデリックは慈愛のこもった優しい声で教えてくれた。

「ジリアンは愛されているね。ご両親が素晴らしい人だったから、そのご友人たちが君をずっと案じてくれていたんだ。ジリアンのお父様の親友で商人の男性を覚えているかい? カーソン侯爵夫人が処分しようとしたものを、
彼が買い取って手元に残し大切に仕舞っておいてくれたものだ。いつかジリアンに渡したいとね。私が買い取りたいと申し出たが彼は金を受け取らなかった。親友の娘に渡して欲しいと託されたよ」

 小さな頃に良く屋敷に遊びに来ていたおじさまを覚えている。異国の珍しいものをジリアンにプレゼントしてくれた。自分をすごく可愛がってくれていた。
 フレデリックが一番下の引き出しを開けるよう促す。すると懐かしい絵本がそこにあった。おじさまがお土産にジリアンにくれたものだ。大好きなお話しばかりで夢中で読んでいた。

「ふっ……」

 ジリアンの瞳からは涙が溢れ出す。全部なくなってしまったと思ったものがここにある。両親からの手紙もプレゼントもだ。思い出が戻って来た。おじさまとは両親が多忙になると顔を合わせる機会がなくなってしまったが、ジリアンのことを覚えていてくれた。平民なので貴族に逆らえば大変なことになる。それなのにジリアンのために保管してくれたいた。

(私はなんて幸せなんだろう)

 フレデリックがジリアンの背を慰めるように擦る。

「フ、フレデリック様。ありがとう……ございます」

「ああ」

 泣き止むとフレデリックがおじさまのことを教えてくれた。
 両親が亡くなったとき、おじさまは商談に行っていた。帰国して駆けつけジリアンを引き取りたいとエヴァに申し出たが、断られどうすることも出来なかったらしい。それ以降、ジリアンと会うことが出来ずにずっと心配してくれていたそうだ。エヴァが売り払ったもので追跡できたアクセサリーは何とか買い戻したがそれ以外は買い戻せなかったらしい。チェストは処分されそうだったところを買い取ることが出来た。運よく中に入ったままのオルゴールや手紙も回収できたそうだ。

「それとカーソン侯爵家の弁護士はジリアンのお父様の学生時代の友人で、その商人と頻繁に連絡を取りジリアンに何かあればいつでも助け出せるように見守っていたそうだ」

 フレデリックの話によるとお父様とお母様が亡くなって入れ違いに入って来た使用人の半分は、おじさまが商人の伝手を使って集めた人たちだった。その人たちにジリアンを見守るよう頼んでいた。使用人たちはジリアンの事情を最初から理解していた。この先ジリアンが自分の力で強く生きていけるように厳しく接するようにしていたと聞かされた。

「私、自分が思う以上にみんなに助けてもらっていたのですね」

 知らなかった。気付かない内にどれだけの人が自分を助け導いていてくれたのか。メイドとしての生活は最初は辛くて仕方がなかったが、今では楽しいと思える。いろいろなことを学べた。みんなの優しさを思い出しジリアンは感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

「ジリアンのご両親は立派で素晴らしい人だった。だからこそ、その二人の娘であるジリアンのことをこれほど大切に思ってくれていたのだろう」

 ジリアンにとって自慢の両親だった。侯爵家とはいえ、それほど裕福な生活ではなかったし、両親はいつも仕事が忙しく不在で寂しかった。でも一緒にいる時はジリアンの話を聞いてくれて側で過ごしてくれた。愛情を惜しむことなく、溢れんばかりに与えてくれていた。

「はい。自慢の両親です」

「ジリアン。今度二人で彼らに会いに行こう。もちろんジリアンのご両親にもだ。お墓参りをしてご挨拶もしたい」

 ジリアンが顔を上げるとフレデリックは優しい眼差しで目を細める。

「いいんですか?」

「もちろんだ」

 この国に移動しながら両親のお墓参りが出来なかったことが心に引っかかっていた。フレデリックと行けるなら、こんなに幸せなことはない。フレデリックはどれだけジリアンを喜ばせるのだろう。幸せすぎて不安になってしまう。
そう伝えれば「なら、不安になる暇がないほど幸せにしてみせるよ」と微笑んだ。

(お父様、お母様、私は素敵な人と結婚出来ました。今度会いに行きますね)

 ジリアンは心の中で両親にそう報告した。




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