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19.秘密の力(回想4)
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馬に一人で乗れるようになった! わたくしはどうやら馬と相性がいい。我が領地は国の端、辺境と呼ばれる位置にあるので警備は重要である。領内の騎士団の馬は王都のそれと比べると大きくて逞しい。まだ子供の小さなわたくしでは一人では上手く乗れず、しばらくはトリスタンが同乗して指南してくれた。上達は早く無口なトリスタンがすじがいいと誉めてくれたのでわたくしは気分をよくした。
実は家族は危ないと馬に乗ることに反対したがそこをトリスタンが説得してくれた。今まで口に出したことはなかったが密かに馬に乗ることには憧れていた。慣れるまではお尻の痛みと太ももの筋肉痛に悩まされたがその甲斐はあった。
トリスタンはわたくしが上達するたびに無言で頭をわしゃわしゃする。密かにそれを楽しみにしている。もちろんトリスタンには内緒だ。サラはそれを微笑ましそうに見ていて少しだけ居た堪れない。だからといってわたくしとトリスタンの距離が縮んだのかといえばそうでもない。トリスタンは相変わらず無表情で必要最低限の会話しかしない。
それでもトリスタンがわたくしの護衛になってから、色々な変化があり楽しくて仕方がない。それまで禁じられて事ができるようになり、自分の知らなかった秘密を知ることができた。
「マルティナ様。あなたの持つ力の『祝福』について昨日ご両親から聞いていると思いますが、どの程度の能力なのかこれから確かめていきます」
「分かったわ!」
昨夜の晩餐の時に、お父様がわたくしに『拳祝』というヘンな力があると教えてくれた。知っているのは家族とルグラン子爵夫妻とシャノンとトリスタン。このまま一生わたくしには内緒にするつもりでいたらしいが、トリスタンが自分の身を守るためにつかいこなせるようにした方がいいとみんなを説得したらしい。
わたくしはドキドキわくわくした! だって不思議な力があるのなら使ってみたい。しかも人の役に立てるかもしれない。ただ守られているだけの生活で、家に貢献できることがなく罪悪感を抱いていたので単純に嬉しい。警護の関係でサラやジョルジュにも伝えることになった。ただ、絶対に誰にも言ってはいけないと繰り返し注意を受けた。
わたくしはそれほど警戒する必要があるとは思えなかった。拳が強くなるだけなら壊すくらいしか使い道がない。活用方法が限定されるので誰も欲しがらないと思った。でも約束が守れないのなら使用禁止と言われたので渋々頷いた。
「ではこれを壊すイメージで握って下さい」
「はい」
トリスタンから手のひらに収まる石を渡されたのでそれを強く握る。そして『壊れろ』と念じた。すると大きな破裂音とともに手から砂がサラサラと零れた。石が砂になったのだ。わたくしは驚きながら手を開く。するとそこには赤く輝く石があった。
「これはなあに?」
「よりによって……」
トリスタンは溜息を吐くと赤い石を摘まみ日にかざして観察する。そして眉を寄せ呟いた。
「これはルビーですね」
「まあ! これは宝石が入っている石だったのね」
「……」
トリスタンが険しい表情で考え込んでいる。
「どうしたの?」
「あなたはただの石から宝石を出したのです」
「えーー。わたくしすごいのね。そしたら宝石をいっぱい作って貧しい人に施せるようになるわ」
わたくしは単純に自分の力に使い道があると喜んだ。だけど部屋にいたトリスタン、サラ、ジョルジュは重苦しい雰囲気で沈黙をしている。首を傾げているとトリスタンがリンゴを差し出した。念のため下にボウルを置いて力を使うように指示される。わたくしは言われた通りにリンゴを握り念じた。するとリンゴは手の中から跡形もなくなり、下に置かれたボウルの中に濁った液体が注がれていた。わたくし、リンゴジュースを作っちゃったわ。飲みたいと思ったが、わたくしがボウルを手に取るよりも早くトリスタンが器を持ちグイッと飲み干した。
「トリスタン、わたくしも飲みたかったわ! それで味はどうだった?」
「……旨いです」
「それならわたくしの分も作るわ」
先ほどの要領でリンゴを握りジュースを作った。器に濁った液体を見て飲もうと手を伸ばした瞬間、目の前が真っ暗になりそのまま意識を失った。
目を開くと眩しさに一度目を閉じる。
「お目覚めですか?」
トリスタンの声だ。わたくしは瞬きを繰り返し光に目を慣らす。そして声の方を見ればやはりトリスタンがいた。どうやらわたくしはベッドで眠っていて、その横に椅子を置いてトリスタンが見守っていたようだ。体が重くてだるい。起き上がりたくないくらい疲れている。
「わたくし、いつの間に眠っていたの?」
「力の使い過ぎですね。あなたのお祖母様も祝福の力は年に一度しか使えないとおっしゃっていたそうです。マルティナ様はまだ子供でしかも体が力を使うことに慣れていない。だから三回目で気を失った。慣れたとしても多用はできません」
「そうなの?」
使い勝手が悪いのね。ガッカリだわ。
「これを飲んで下さい」
トリスタンがグラスを差し出す。中には濁った液体が入っていた。これは意識を失う前に作ったリンゴジュースだ トリスタンの手を借り体を起こすとベッドボードに寄り掛かった。そのままの姿勢でグラスを受け取るとゆっくりと口に含む。
「美味しい!」
わたくしは残ったリンゴジュースをごくごくと飲み干す。途端に体が軽くなる。さっきまでの疲労感が霧散した。
「どうして? 急に体が軽くなったわ」
「リンゴが祝福の力の影響を受けたのでしょう」
トリスタンの話だとわたくしの祝福は壊すだけではなく、奇跡の産物に変化させるものらしい。ただの石が宝石に、リンゴが治療薬または栄養剤の効能を持ったジュースになる。
人体に対して祝福を使ったときのことは不明なので使わないように念を押された。確かに人が粉々に消えたら怖い。あとこの力を絶対に人に言ってはいけないと重ねてくどく言い含められた。
わたくしの本音はせっかくの力を自慢したい。みんなにすごいでしょう! と言いふらしたい。でもトリスタンだけでなく両親にも駄目だと繰り返し注意をされた。
この力はそれほど問題のある物だろうか? リンゴもしくは他の果物でも特効薬になる物を作れるのなら、色々な病の人を救える。いいことがいっぱいできそうなのに悔しい。わたくしは心のうちの不満をしまい素直に頷いた。
「分かったわ」
「絶対に駄目です!」
ところがいつもは声に抑揚のないトリスタンが叱責気味に言った。いつも無表情の人とは思えないほどもの凄く険しい顔をしている。まるでわたくしの心を読んだようでびっくりした。
ああ、祝福の力を使った初回なのに、力を使うことを禁じられてしまった。
張り切って浮かれたわたくしの気持ちを返してよ――!
実は家族は危ないと馬に乗ることに反対したがそこをトリスタンが説得してくれた。今まで口に出したことはなかったが密かに馬に乗ることには憧れていた。慣れるまではお尻の痛みと太ももの筋肉痛に悩まされたがその甲斐はあった。
トリスタンはわたくしが上達するたびに無言で頭をわしゃわしゃする。密かにそれを楽しみにしている。もちろんトリスタンには内緒だ。サラはそれを微笑ましそうに見ていて少しだけ居た堪れない。だからといってわたくしとトリスタンの距離が縮んだのかといえばそうでもない。トリスタンは相変わらず無表情で必要最低限の会話しかしない。
それでもトリスタンがわたくしの護衛になってから、色々な変化があり楽しくて仕方がない。それまで禁じられて事ができるようになり、自分の知らなかった秘密を知ることができた。
「マルティナ様。あなたの持つ力の『祝福』について昨日ご両親から聞いていると思いますが、どの程度の能力なのかこれから確かめていきます」
「分かったわ!」
昨夜の晩餐の時に、お父様がわたくしに『拳祝』というヘンな力があると教えてくれた。知っているのは家族とルグラン子爵夫妻とシャノンとトリスタン。このまま一生わたくしには内緒にするつもりでいたらしいが、トリスタンが自分の身を守るためにつかいこなせるようにした方がいいとみんなを説得したらしい。
わたくしはドキドキわくわくした! だって不思議な力があるのなら使ってみたい。しかも人の役に立てるかもしれない。ただ守られているだけの生活で、家に貢献できることがなく罪悪感を抱いていたので単純に嬉しい。警護の関係でサラやジョルジュにも伝えることになった。ただ、絶対に誰にも言ってはいけないと繰り返し注意を受けた。
わたくしはそれほど警戒する必要があるとは思えなかった。拳が強くなるだけなら壊すくらいしか使い道がない。活用方法が限定されるので誰も欲しがらないと思った。でも約束が守れないのなら使用禁止と言われたので渋々頷いた。
「ではこれを壊すイメージで握って下さい」
「はい」
トリスタンから手のひらに収まる石を渡されたのでそれを強く握る。そして『壊れろ』と念じた。すると大きな破裂音とともに手から砂がサラサラと零れた。石が砂になったのだ。わたくしは驚きながら手を開く。するとそこには赤く輝く石があった。
「これはなあに?」
「よりによって……」
トリスタンは溜息を吐くと赤い石を摘まみ日にかざして観察する。そして眉を寄せ呟いた。
「これはルビーですね」
「まあ! これは宝石が入っている石だったのね」
「……」
トリスタンが険しい表情で考え込んでいる。
「どうしたの?」
「あなたはただの石から宝石を出したのです」
「えーー。わたくしすごいのね。そしたら宝石をいっぱい作って貧しい人に施せるようになるわ」
わたくしは単純に自分の力に使い道があると喜んだ。だけど部屋にいたトリスタン、サラ、ジョルジュは重苦しい雰囲気で沈黙をしている。首を傾げているとトリスタンがリンゴを差し出した。念のため下にボウルを置いて力を使うように指示される。わたくしは言われた通りにリンゴを握り念じた。するとリンゴは手の中から跡形もなくなり、下に置かれたボウルの中に濁った液体が注がれていた。わたくし、リンゴジュースを作っちゃったわ。飲みたいと思ったが、わたくしがボウルを手に取るよりも早くトリスタンが器を持ちグイッと飲み干した。
「トリスタン、わたくしも飲みたかったわ! それで味はどうだった?」
「……旨いです」
「それならわたくしの分も作るわ」
先ほどの要領でリンゴを握りジュースを作った。器に濁った液体を見て飲もうと手を伸ばした瞬間、目の前が真っ暗になりそのまま意識を失った。
目を開くと眩しさに一度目を閉じる。
「お目覚めですか?」
トリスタンの声だ。わたくしは瞬きを繰り返し光に目を慣らす。そして声の方を見ればやはりトリスタンがいた。どうやらわたくしはベッドで眠っていて、その横に椅子を置いてトリスタンが見守っていたようだ。体が重くてだるい。起き上がりたくないくらい疲れている。
「わたくし、いつの間に眠っていたの?」
「力の使い過ぎですね。あなたのお祖母様も祝福の力は年に一度しか使えないとおっしゃっていたそうです。マルティナ様はまだ子供でしかも体が力を使うことに慣れていない。だから三回目で気を失った。慣れたとしても多用はできません」
「そうなの?」
使い勝手が悪いのね。ガッカリだわ。
「これを飲んで下さい」
トリスタンがグラスを差し出す。中には濁った液体が入っていた。これは意識を失う前に作ったリンゴジュースだ トリスタンの手を借り体を起こすとベッドボードに寄り掛かった。そのままの姿勢でグラスを受け取るとゆっくりと口に含む。
「美味しい!」
わたくしは残ったリンゴジュースをごくごくと飲み干す。途端に体が軽くなる。さっきまでの疲労感が霧散した。
「どうして? 急に体が軽くなったわ」
「リンゴが祝福の力の影響を受けたのでしょう」
トリスタンの話だとわたくしの祝福は壊すだけではなく、奇跡の産物に変化させるものらしい。ただの石が宝石に、リンゴが治療薬または栄養剤の効能を持ったジュースになる。
人体に対して祝福を使ったときのことは不明なので使わないように念を押された。確かに人が粉々に消えたら怖い。あとこの力を絶対に人に言ってはいけないと重ねてくどく言い含められた。
わたくしの本音はせっかくの力を自慢したい。みんなにすごいでしょう! と言いふらしたい。でもトリスタンだけでなく両親にも駄目だと繰り返し注意をされた。
この力はそれほど問題のある物だろうか? リンゴもしくは他の果物でも特効薬になる物を作れるのなら、色々な病の人を救える。いいことがいっぱいできそうなのに悔しい。わたくしは心のうちの不満をしまい素直に頷いた。
「分かったわ」
「絶対に駄目です!」
ところがいつもは声に抑揚のないトリスタンが叱責気味に言った。いつも無表情の人とは思えないほどもの凄く険しい顔をしている。まるでわたくしの心を読んだようでびっくりした。
ああ、祝福の力を使った初回なのに、力を使うことを禁じられてしまった。
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