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16.糸目の侍女(回想1)
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わたくしが産まれた時、家族は大喜びをしたそうだ。
「嫁にはやらんぞ!」
「なんて可愛らしいのかしら」
「可愛いねえ」
「ちいさいねえ」
「スセリにそっくりだ。とびっきりの美人になるな」
「あら? この子……祝福を持っているわね」
父、母、長兄、次兄、祖父、祖母の順に感想を述べた。
「祝福?」
「ええ。そうよ」
祖母はわたくしを抱き上げ自分の額をわたくしの額に当てると何かを読み取った。
「『拳祝』……なに、それ?」
呆然と呟く。祖母は異国の王女だった。名前はスセリという。我が国では珍しい名前だ。祖父は若い時に流浪の旅に出た。たまたま立ち寄った祖母の国で出会い、一目でお互いに惹かれあった。だが結婚は難しかった。なぜなら祖母に祝福の力があるから。祖母の力は『木祝』と呼ばれ木を生き返させることができる。
たとえば枯れた木を抱きしめ祈るだけで蘇らすことができる。さらに祝福を受けた木は栄養満点の実を付ける。しかしそれだけではない。その木は木の根から土に栄養を送る。普通は土の栄養を木が吸うものだが逆転する。その結果その木が植わる場所を中心とした広範囲の土を豊かにすることができる。
祖母はその力を使い当時痩せた土地、我が国の辺境と言われたデュラン伯爵領を緑豊かな領地にしてくれた。砂漠化した土地でも蘇らせることができるほどの稀有な力。もちろん祖母の祖国でも極秘事項だ。その力を持つ王女を国外に嫁がせることは猛反対された。そこをお祖父様は強引に押し切りお祖母様をお嫁さんにしたそうだ。この神秘の力は男性には現れないので父も兄たちも祝福の力はない。だけどわたくしに力があると知れば、祖母の祖国はわたくしをよこせというだろう。そんなわけでわたくしの力は極秘とされている。わたくし自身にもある年齢になるまで秘されていた。
わたくしは育つにつれ美貌を謳われた祖母にそっくりになっていった。輝く銀色の髪、大きく眩い琥珀色の瞳、ふっくらとした唇に白磁のように滑らかな肌。
その結果、誘拐をたくらむ人間が現れるようになった。もちろん未遂で捕らえているが、犯人は様々で変質者や人身売買の売人を含め祖母の祖国の人間や昔祖母に婚姻を申し込んで振られた男性たちやその息子たち。ちょっと……多すぎない?
幼い頃のわたくしはもちろんそれを知らない。でも自分の生活が普通ではないことは察することができた。なぜならわたくしの行動範囲は屋敷内に限定されていた。庭にすら出ることが許されていなかった。門の外なんてもってのほか。
「マルティナ。お外は危険なの。だから屋敷の中で過ごしましょうね」
「はい。お母様」
それでも子供の好奇心は抑えられない。何度か庭に出たいと頼んだ。渋々ではあるが時々許可が下りる。念入りに確認を行ったあとに三人以上の護衛が付いてようやく庭に出られる。わたくしはずっと気になっていた木に触れる。大きな幹に興奮して抱き着く。目線を上げると虫がいた。怖いとは思わなかった。それ以上に窓越しでないことに感動した。
(門の外の世界ってどんなのかしら?)
これだけはどれだけ頼んでも許可をもらえなかった。わたくしの見た目は両親やお兄様たちには似ていない。お祖母様にそっくりらしいが物心ついた時には亡くなっていたのでその姿は肖像画でしか知らない。
(わたくしもお父様かお母様に似たかったな)
もしもお父様かお母様に似ていたら、わたくしの生活はもっと違うものになっていたのだろうか。みんなに「お祖母様にそっくりね」と言われるが、それは逆に考えると祖母以外には家族の誰にも似ていないと同義で、それが仲間外れにされたような気がして悲しかった。
家族はわたくしを愛してくれているけど、みんな忙しいので側にいてくれるのは乳母だけ。乳母は好きだけど年の近い子供と遊んでみたい。恵まれていても自由のない生活は寂しかった。でもわたくしが十歳の時、転機が訪れる。
「今日からマルティナ様の侍女になりました、ルグラン子爵家シャノンと申します。よろしくお願いします」
わたくしより七歳年上のシャノンは綺麗な姿勢で頭を下げた。わたくしは他人の視線に過剰に反応する。たぶん心のどこかにじろじろ見られることに恐怖心があったのだと思う。でもシャノンは大丈夫だった。それは彼女がびっくりするくらい糸目だったから。瞳の色が分からない。見られてる気がしない。でもシャノンは表情豊かでおしゃべりだった。わたくしはすぐにシャノンが大好きになった。
「マルティナ様。散歩に行きましょうか?」
「えっ?! いいの?」
「ええ。私から離れなければ大丈夫です。カシアス様の許可も頂いていますから」
シャノンと手を繋ぎ恐る恐る玄関を出る。広い庭を一周したあとは門の前に来た。この門を超えたことはない。わたくしは緊張で体が固まった。するとシャノンがしゃがんでわたくしの顔を覗きこんで目線を合わせた。糸目だけどたぶん目が合った。
「今日はここまでにしましょうか?」
「でも……外に出たいの」
一歩踏み出せば世界が変わる気がした。今踏み出さなければ、そう思った。
「分かりました。じゃあ私の手をぎゅっと握ったまま、せーので足を踏み出しましょう」
「うん」
「せーの」
「せーの」
わたくしは右足を大きく前に伸ばし、とうとう門の外に出た。
世界は……変わらない。でも心が高揚したのを覚えている。
数人の護衛騎士が離れたところから見守ってくれているけど、今までのような厳重な監視ではない。一歩を踏み出したわたくしは自由を手に入れた気がした。
「シャノンは特別な力があるの?」
「どうしてそう思われましたか?」
「シャノンが一緒の時は誰も側に来ないし、声もかけないわ」
そうなのだ。今までわたくしが屋敷内をうろうろすると使用人たちや騎士が近づいてきて観察されたり声をかけられる。それが一切なくなった。普段わたくしにべったりな乳母ですら近寄らない。
「そうですね。特別な力、ありますよ。でも教えることはできません。その代わりマルティナ様をお守りしますから許してくださいね」
知りたいし気になる。でもそれよりもシャノンが側にいてくれることの方が大事だった。
「ずっといてくれる?」
「はい」
「じゃあ、聞かないわ」
「ありがとうございます」
シャノンは糸目のままふわりと微笑んだ。その表情に優しい温もりを感じた。シャノンは侍女としてとても優秀だった。わたくしは素晴らしい侍女兼話し相手を得て充実した日々を送っていた。
ところが思わぬ簒奪者が現れる。その人はわたくしのすぐ側で虎視眈々とシャノンを奪う機会を狙っていたのだった――。
「嫁にはやらんぞ!」
「なんて可愛らしいのかしら」
「可愛いねえ」
「ちいさいねえ」
「スセリにそっくりだ。とびっきりの美人になるな」
「あら? この子……祝福を持っているわね」
父、母、長兄、次兄、祖父、祖母の順に感想を述べた。
「祝福?」
「ええ。そうよ」
祖母はわたくしを抱き上げ自分の額をわたくしの額に当てると何かを読み取った。
「『拳祝』……なに、それ?」
呆然と呟く。祖母は異国の王女だった。名前はスセリという。我が国では珍しい名前だ。祖父は若い時に流浪の旅に出た。たまたま立ち寄った祖母の国で出会い、一目でお互いに惹かれあった。だが結婚は難しかった。なぜなら祖母に祝福の力があるから。祖母の力は『木祝』と呼ばれ木を生き返させることができる。
たとえば枯れた木を抱きしめ祈るだけで蘇らすことができる。さらに祝福を受けた木は栄養満点の実を付ける。しかしそれだけではない。その木は木の根から土に栄養を送る。普通は土の栄養を木が吸うものだが逆転する。その結果その木が植わる場所を中心とした広範囲の土を豊かにすることができる。
祖母はその力を使い当時痩せた土地、我が国の辺境と言われたデュラン伯爵領を緑豊かな領地にしてくれた。砂漠化した土地でも蘇らせることができるほどの稀有な力。もちろん祖母の祖国でも極秘事項だ。その力を持つ王女を国外に嫁がせることは猛反対された。そこをお祖父様は強引に押し切りお祖母様をお嫁さんにしたそうだ。この神秘の力は男性には現れないので父も兄たちも祝福の力はない。だけどわたくしに力があると知れば、祖母の祖国はわたくしをよこせというだろう。そんなわけでわたくしの力は極秘とされている。わたくし自身にもある年齢になるまで秘されていた。
わたくしは育つにつれ美貌を謳われた祖母にそっくりになっていった。輝く銀色の髪、大きく眩い琥珀色の瞳、ふっくらとした唇に白磁のように滑らかな肌。
その結果、誘拐をたくらむ人間が現れるようになった。もちろん未遂で捕らえているが、犯人は様々で変質者や人身売買の売人を含め祖母の祖国の人間や昔祖母に婚姻を申し込んで振られた男性たちやその息子たち。ちょっと……多すぎない?
幼い頃のわたくしはもちろんそれを知らない。でも自分の生活が普通ではないことは察することができた。なぜならわたくしの行動範囲は屋敷内に限定されていた。庭にすら出ることが許されていなかった。門の外なんてもってのほか。
「マルティナ。お外は危険なの。だから屋敷の中で過ごしましょうね」
「はい。お母様」
それでも子供の好奇心は抑えられない。何度か庭に出たいと頼んだ。渋々ではあるが時々許可が下りる。念入りに確認を行ったあとに三人以上の護衛が付いてようやく庭に出られる。わたくしはずっと気になっていた木に触れる。大きな幹に興奮して抱き着く。目線を上げると虫がいた。怖いとは思わなかった。それ以上に窓越しでないことに感動した。
(門の外の世界ってどんなのかしら?)
これだけはどれだけ頼んでも許可をもらえなかった。わたくしの見た目は両親やお兄様たちには似ていない。お祖母様にそっくりらしいが物心ついた時には亡くなっていたのでその姿は肖像画でしか知らない。
(わたくしもお父様かお母様に似たかったな)
もしもお父様かお母様に似ていたら、わたくしの生活はもっと違うものになっていたのだろうか。みんなに「お祖母様にそっくりね」と言われるが、それは逆に考えると祖母以外には家族の誰にも似ていないと同義で、それが仲間外れにされたような気がして悲しかった。
家族はわたくしを愛してくれているけど、みんな忙しいので側にいてくれるのは乳母だけ。乳母は好きだけど年の近い子供と遊んでみたい。恵まれていても自由のない生活は寂しかった。でもわたくしが十歳の時、転機が訪れる。
「今日からマルティナ様の侍女になりました、ルグラン子爵家シャノンと申します。よろしくお願いします」
わたくしより七歳年上のシャノンは綺麗な姿勢で頭を下げた。わたくしは他人の視線に過剰に反応する。たぶん心のどこかにじろじろ見られることに恐怖心があったのだと思う。でもシャノンは大丈夫だった。それは彼女がびっくりするくらい糸目だったから。瞳の色が分からない。見られてる気がしない。でもシャノンは表情豊かでおしゃべりだった。わたくしはすぐにシャノンが大好きになった。
「マルティナ様。散歩に行きましょうか?」
「えっ?! いいの?」
「ええ。私から離れなければ大丈夫です。カシアス様の許可も頂いていますから」
シャノンと手を繋ぎ恐る恐る玄関を出る。広い庭を一周したあとは門の前に来た。この門を超えたことはない。わたくしは緊張で体が固まった。するとシャノンがしゃがんでわたくしの顔を覗きこんで目線を合わせた。糸目だけどたぶん目が合った。
「今日はここまでにしましょうか?」
「でも……外に出たいの」
一歩踏み出せば世界が変わる気がした。今踏み出さなければ、そう思った。
「分かりました。じゃあ私の手をぎゅっと握ったまま、せーので足を踏み出しましょう」
「うん」
「せーの」
「せーの」
わたくしは右足を大きく前に伸ばし、とうとう門の外に出た。
世界は……変わらない。でも心が高揚したのを覚えている。
数人の護衛騎士が離れたところから見守ってくれているけど、今までのような厳重な監視ではない。一歩を踏み出したわたくしは自由を手に入れた気がした。
「シャノンは特別な力があるの?」
「どうしてそう思われましたか?」
「シャノンが一緒の時は誰も側に来ないし、声もかけないわ」
そうなのだ。今までわたくしが屋敷内をうろうろすると使用人たちや騎士が近づいてきて観察されたり声をかけられる。それが一切なくなった。普段わたくしにべったりな乳母ですら近寄らない。
「そうですね。特別な力、ありますよ。でも教えることはできません。その代わりマルティナ様をお守りしますから許してくださいね」
知りたいし気になる。でもそれよりもシャノンが側にいてくれることの方が大事だった。
「ずっといてくれる?」
「はい」
「じゃあ、聞かないわ」
「ありがとうございます」
シャノンは糸目のままふわりと微笑んだ。その表情に優しい温もりを感じた。シャノンは侍女としてとても優秀だった。わたくしは素晴らしい侍女兼話し相手を得て充実した日々を送っていた。
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