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11.お仕置き

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 その後、わたくしはトリスとデュラン伯爵家のタウンハウスに帰宅した。ルグラン子爵家もタウンハウスを持っているが、トリスはわたくしと婚約した後も仕事をしつつわたくしの護衛を続けてくれているから一緒にいる。
 結局レアセトロスュクレの蜜漬けは一瓶もらい、一瓶はロレーヌ様のためにアレクセイに譲った。会話の最中に何度もロレーヌ様がレアセトロスュクレの瓶をちらちら見ていたことをわたくしは知っている。それでもなお二瓶持って帰るほど鬼ではないのだ。それに生のレアセトロスュクレと食べたから心が広くなれた!

「トリス。蜜漬けはそのうち一緒に食べましょうね!」

 頷くトリスに笑顔を向けながら、ウキウキと瓶を使用人に預ける。そのまま二人で昼食を摂ると食後のお茶の時間を過ごす。わたくしはどうやってロベールを捕まえたのかを武勇伝のようにトリスに話した。トリスは静かにうんうんと聞いてくれていた。思いがけず楽しいお茶のひとときを過ごせたと満足していると、ソファーから立ち上がったトリスがわたくし前に移動する。どうしたのかしらと首を傾げる。

「マルティナ。口を開けて」

 トリスが身を屈めわたくしの耳元に囁く。わたくしは素直にあーんと口を開く。すると口に何かが飛び込んできて条件反射で噛んでしまった。舌の上に乗った瞬間は甘いのに噛んだ瞬時に筆舌に尽くし難い苦みがあっという間に容赦なく口内に広がる。

「甘……にがっ! 苦――いいぃぃ!!」
「お仕置きだ」

 トリスはそう言うとすたすたと部屋を出て行った。わたくしは部屋に残され苦みに一人身悶えた。

「ひぃ~。み、水……」

 控えていた侍女のサラが呆れ顔で水の入ったグラスを差し出す。それを奪うように取るとぐっと水を飲み干した。

「ぎゃーー! にがいーー!」

 苦さが増しただけだった……。そう、これはお仕置きこんぺいとう君だ。態度と表情に出ていなかったがトリスは静かに怒っていたのだ。わかりにくい!

「お嬢様。一日は苦いままですよ」
「それならこれは赤いこんぺいとう君ね?」
「はい」

 わたくしがトリスからお仕置きされることを見慣れているサラは淡々と言った。サラは辺境から一緒に来てくれたわたくしの専属侍女だ。
 ちなみにお仕置き用のこんぺいとう君は三種類ある。一つ目の黒いこんぺいとう君三号は一番重い罰で三日間味覚を苦いだけにする。二つ目の赤いこんぺいとう君二号は軽め(?)の罰で警告用として一日だけ味覚を苦いままにする。三つ目のこんぺいとう君一号は深緑色で効果が強すぎて食べると失神してしまうので、危険すぎると現在使用されていない。

 はあ~。赤いこんぺいとう君二号かあ。黒じゃなくてよかった……と思うべきよね。今から一日間、何を食べても飲んでも苦いのだ……。調子に乗ってべらべら話さなければお仕置きされずに済んだかもしれない。てっきりもう怒っていないと思っていたのに! それでも少しだけ軽めの罰になったと前向き考えよう。でも夕食は食べられない。

「切ない……切なすぎる。夕食は料理長が腕によりをかけて作ってくれるって……わたくしの大好きな鴨肉のソテーベリーソースがけだって言っていたのに。ああ、すごく楽しみにしていたのに……」

 絶望……。わたくしがソファーの上で悲しみに打ちひしがれているとアレクセイからロベールについての報告書がトリス宛てに届いたらしい。なかなか仕事が早い。それだけアレクセイの意気込みが分かる。その手紙をサラがトリスから預かりわたくしに渡した。
 
 ロベールは意識を取り戻すなり「苦い!」と叫び涙と鼻水を流し悶絶したそうだ。ざまあみなさいと思うも、わたくしも同じ苦い思いをしている。納得いかない。
 しばらくしてローベルは自分の自慢の金髪が短くなっていることに気付く。すると獣のような叫び声をあげ暴れたらしい。暴れ終わると今度は呆然自失になった。そのせいで取り調べが進まないと、わたくしへの文句がチクリと書かれている。そこまでは責任もてないわ。

 次にロベールを公に裁けないことの謝罪が記されていた。このことは事前に聞かされていたので怒りはない。被害者である令嬢本人やその家族たちが、将来を考えて極秘に処理して欲しいと懇願している。社交界に知れ渡れば過剰な憶測を生み傷物令嬢扱いされる。若い令嬢たちの将来を潰してしまうことになる。
 最終的にロベールは病気という名目で領地で蟄居となり彼の弟が公爵家を継ぐ。もちろん罰金や被害者への見舞金は支払わせるらしいがそれは当然だ。わたくしはボワイエ公爵家そのものを廃爵するべきだと思うが、被害者の気持ちを優先するとやむを得ないのだろう。

「わたくしがこんなに頑張っても変態は蟄居だけ。ロベールは余生を田舎でのんびり暮らすの? 温すぎる! しかもボワイエ公爵家は弟が継いで存続するし、嫌になるわ。でも被害女性の体面や心の方が大切だものね」
「女性の未来を優先するのは当然だと思います」

 サラも頷いている。どうにもならないことってあるのよね。

「サラ。ところでトリスがどこに行ったか知っている?」
「申し訳ございません。私は伺っておりません」
「そう。いいのよ」

 通常の貴族の家なら主の行き先を把握していると思うけど、トリスは特別任務が多いので行き先不明は通常運転だ。早速ロレーヌ様の件を調べているのかもしれない。トリスが不在ならとわたくしは声を張り上げ叫んだ。

「ジョルジュ―! ジョルジュ、ジョルジュ、ジョルジュ!! いるのでしょう? 聞きたいことがあるの。出てきてー!」

 ジョルジュは本来トリスの補佐兼護衛だ。トリスがわたくしから長く離れるときだけわたくしのことを影ながら護衛してくれる。そして影なので緊急時にしか姿を現わさない。今は聞きたいことがあるので叫んでみた。これをすると五回に一回くらいは出てきてくれる。

「はあ」

 溜息が聞こえたと思った瞬間目の前にジョルジュがいた。毎回思うけどどこにいてどうやって出てきたのかしら。

「ジョルジュ。出てきてくれてありがとう」
「いえいえ。で? ご用件は?」

 来てくれたがちょっと面倒くさそう。

「トリス。すごく怒っている?」
「まあ、それなりにですかね」
「困ったわ……愛され計画が遠のいてしまうじゃないの」

 ジョルジュは渋面を作る。

「なあに? その顔は」
「トリスタン様はマルティナ様を愛していると思いますが? そうでなければ辺境から王都まで一週間はかかるのに、仕事を終えたった一日で来るとかありえないでしょう。愛ですよ。愛」

 本当にどうやって来たのかしら? いくら馬の脚が早くてもさすがに無理だと思う。でも不可能を可能にしてしまう男! それがわたくしの婚約者よ(自慢)

「愛? 違うわよ。王都に来たのはお父様の指示なの」
「確かにカシアス様の指示もあるとは思いますが、それだけならもっとゆっくり来るのでは? それに土産に手に入らないレアセトロスュクレを持って帰って来たじゃないですか」
「それはトリスも食べたかったから」

 美味しかったなあ。あっという間に食べ終えたけど。次に生のレアセトロスュクレが食べられるのは一年後になるのね。来年は隣国の天候がいいといいけど。そういえばトリスはどこでレアセトロスュクレを手に入れたのだろう? 王家ですら蜜漬けを確保するのがやっとなのに。

「本気で言っています?」
「それ以外にあるの?」
「……逆になぜ愛されていないと思うのですか?」
「だってトリスに何度わたくしを愛してるって聞いても、愛してるって言ってくれないのよ!」
「…………」

 ジョルジュは可哀想なものを見るようにわたくしを見る。解せない……。だってお父様はお母様に毎日愛しているって伝えている。レオンお兄様だってお義姉様に毎日言っている。言葉は大事よ。言葉がなければ伝わらない。わたくし、トリスから一度も言われたことがないのよ。以前「嫌いじゃない」とは言われたけどせめて「好き」くらいは言われたい。

「人の気持ちに鈍感な女性と、自分の気持ちに鈍感な男が一緒にいるとこうなるのか……トリスタン様の行動で分かりそうなものなのに……」

 ジョルジュがぶつぶつ言っているが、聞こえない。

「ジョルジュ、何って言ったの?」
「いえ。言葉にしなくてもトリスタン様はマルティナ様を大切にしていますよ。それがすべてです。では」
「えっ、ちょっと!」

 ジョルジュは言い終わるなり姿を消した。どうやって消えたのか……何度見ても慣れないわね。トリスを筆頭にルグラン子爵家の一族は謎過ぎる……。姿は消えたけどわたくしを護衛できる範囲にいることは確かなはず。でももう呼んでも出てきてくれないだろう。
 トリスがわたくしを大切にしてくれているのは知っている。だって婚約者であるけど護衛対象者でもあるからね。もちろん嬉しいし感謝もしている。でもわたくしはその先の関係性を築きたいの! 
 わたくしは気を取り直そうとグラスを手に取り再び水を飲んだ。その瞬間、口の中が苦いことを思い出す。

(苦い……)

 思わず顔を顰めながらトリスの機嫌を取る方法を考えるのであった。






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