無口な婚約者に「愛してる」を言わせたい!

四折 柊

文字の大きさ
上 下
7 / 25

7.誤解

しおりを挟む
「ようこそ、マルティナ様。お会いしたかったわ」

 ロレーヌ様の気品のある佇まいに見惚れそうになる。わたくしもロレーヌ様のようになりたかった時期もあったのよ。もう、諦めたけど。わたくしはすぐに立ち上がりカーテシーをする。

「デュラン伯爵家マルティナでございます。この度は敬愛する妃殿下にご挨拶させていただき光栄に存じます」
「ふふ。どうぞ、おかけになって」

 ロレーヌ様は鋭い目つきで口角だけを上げ鷹揚に頷くとアレクセイの隣に座る。ちょっと怖いんですけど。わたくしは座るように促されたので会釈をして再び着席した。

「それにしても敬愛などと……儀礼とはいえ見え透いたことをおっしゃるのね?」

 はなから信じていない? そして攻撃的! ロレーヌ様は皮肉気に口角を歪めた。
 なぜ疑うのかしら? 心外よ。わたくしは本当に心からロレーヌ様を尊敬しているのに。
 ロレーヌ様とアレクセイが婚約した時、国中が天災で飢饉になりかけていた。王家は貴族たちに自領は領主の責任で対応するように言った。突き放したことになるが王家もひっ迫していた。
 でもどうにもならない領地もある。そこに対しては宰相が指揮を執り、どこの領地にどれだけの食糧援助が必要か精査し王家の備蓄から送っていた。しかしいよいよそれも底を尽き、王家は国庫を使い他国から食料を輸入しようとした。ところが不運にも大量の食料を積んだ船が我が国の領海内で沈没してしまった。取引国は自分の領海外で責任はないと言うし、運搬を請け負っていた会社は倒産して責任者は逃亡した。結果的に大きな損害を被った。

 その大ピンチに立ち上がったのがダヴィット公爵様なのだ。ロレーヌ様とアレクセイの婚約はダヴィット公爵家にとって、将来的にはともかくその時点では全くうまみがない。沈みかけた王家を見捨てて公爵が玉座を狙うこともできた。ダヴィット公爵家にも王家の血が入っているのであり得ない話ではない。
 でも公爵はそうしなかった。この婚約はダヴィット公爵家が国政に正式に口を挟むための建前でしかない。他国は我が国の窮状を利用しここぞとばかりに食料の金額を上げる。そこを公爵が上手く交渉し、また金銭的にもダヴィット公爵家の私財を使い援助した。ただ国のために動いた。現在は王太子妃の実家だからと謙虚に控えていらっしゃる。清廉な方なのだ。

 ロレーヌ様だって好きでもないアレクセイとの婚約を国や民のために受け入れた。いわば犠牲者だ。わたくしはその姿をとても尊敬している。わたくしならアレクセイと婚約するくらいなら家出、もしくは亡命する。どうせならトリスと駆け落ちもいい! ああ、ロマンティックね。でも肝心のトリスが一緒に逃げてくれない気もする……。
 とにかく王都の事情に疎いわたくしでも、今回王都に出てきて貴族も民も、大恩あるダヴィット公爵家ひいてはロレーヌ様に対し非礼だと感じていた。ロレーヌ様を悪役にした恋愛のお話が大ベストセラーって馬鹿じゃないの。
 わたくしの思いとは裏腹にロレーヌ様はわたくしの言葉を全く信用していない。悲しい。

「いいえ。本心です」
「本心。それが本当ならば、大切な話を私抜きでアレク様と進めるのはどういうおつもりですか?」
「大切な話……?」

 わたくしははっとした。ロレーヌ様はそれほどレアセトロスュクレの蜜漬けが食べたかったのか。わたくしとアレクセイで二瓶しかないレアセトロスュクレの話をしたことが許せなかったほどに! でもこれはきちんとロレーヌ様に相談しなかったアレクセイのせいだと思う。でもわたくしは譲歩することにした。レアセトロスュクレを一瓶、ロレーヌ様に譲ろうと――。

「ええ。今後夫を共有するのですもの」

 夫? レアセトロスュクレじゃなくて? 聞き捨てならない。
 わたくしがロレーヌ様を見るとその唇は僅かに震えていた。瞳にはぐつぐつと煮えたぎる嫉妬が垣間見える。たぶん怒りを抑えている。でもわたくしも不機嫌になり問いかける声が低くなる。

「ロレーヌ様。まさか……トリスのことを好きなのですか?」

 わたくしにとって夫になる存在はトリスだけ。わたくしの知らない間にロレーヌ様はトリスと知り合いになっていたというの? 

「……? トリスとは……誰のこと?」

 たとえロレーヌ様でもトリスは渡さない。わたくしとロレーヌ様はお互いの目を探るように見た。微妙に何かがかみ合わない気がする……。ロレーヌ様の隣でアレクセイが頭を抱えている。

「ロレーヌ、誤解だ。マルティナも勘違いをしている」

 勘違いって何よ? わたくしがアレクセイを追及しようとすると、ロレーヌ様は自嘲するような笑みを浮かべ、そして思い詰めた表情になる。あまりに苦しそうでわたくしは思わず口を閉じた。

(ちょとアレクセイ。あなた愛する自分の妻になんて顔をさせるのよ。これは夫、失格よ)

「いいえ。アレク様。私、知っているのです。マルティナ様を側室に迎えるのですよね。正直、一言相談して欲しかったのですが、アレク様は愛情を持てない女にわざわざ言う必要はないと思われたのでしょう? ですが王太子の後宮は私が管理を行っています。マルティナ様を迎え入れるための手はずは私が――」
「ちょっと待って!!」

 ロレーヌ様はわたくしが側室になりに来たと思っていた。夫を共有と言われて咄嗟にトリスのことを当てはめたけど、冷静に考えればアレクセイのことを言ったのだと理解できる。確かに勘違いだった。
 でもこのままだとわたくしを巻き込んでとんでもない修羅場が繰り広がりそう。わたくし冤罪よ。だから、やーめーてー!
 ロレーヌ様はキッとわたくしを睨むと苦し気に口を開いた。

「二人は昨夜の夜会でも熱く見つめ合っていましたね。マルティナ様を見て私はその美しさにアレク様の執心も仕方がないと……。それに私たちが婚姻を結んですでに三年。いまだ子に恵まれず……だから側室にマルティナ様を迎えることは反対いたしません。世継ぎは絶対に必要なのですもの」

 ロレーヌ様が大暴走中。わたくしが産むのはトリスの子だけ。王命でも御免こうむる。

「いやいや、反対してください。わたくし側室なんてなりたくないです。お子様は二人の間でどうぞ! わたくしには愛する婚約者がいるんです。アレクセイなんか好きじゃないですから! だいたいアレクセイも何でロレーヌ様に誤解させているのよ? 相変わらずのろまね」
「そ、それは……」
「アレク様はのろまではないわ!」

 ロレーヌ様はすぐさま否定した。あら? ロレーヌ様はアレクセイをかばった。ということはやはりアレクセイのことをお好きなのね。だったら両想いじゃない、それなのにどうしてこんな話になっているの? どう考えてもアレクセイのせいだ。

「ロレーヌ様。まずはわたくしの話を聞いてください」

 ロレーヌ様は不満を顕わにしていたがしぶしぶ頷いてくれた。わたくしはヘタレのアレクセイを無視してロレーヌ様に今回の事件の説明をした。わたくしがロベールに故意に攫われボワイエ公爵邸に潜入したことと、ロベールは美髪目的で女性を攫い監禁していたこと。その女性を助けたことを。

「その報酬がレアセトロスュクレ? その受け渡しでアレク様と揉めていた?」
「ええ。そうです」

 わたくしは自分の活躍をすごいでしょう! とばかりに胸を張った。騎士団が手をこまねいていたことをいとも簡単に解決したのだもの。ところがロレーヌ様はあからさまに疑い眉をぎゅっと寄せた。

「信じられません。あなたのようなか弱いご令嬢が、わざと攫われてボワイエ公爵を倒した? ボワイエ公爵は屈強な男性ではありませんが、だからといって令嬢にどうにかできるはずがありません。なぜそんな嘘を私につくのですか?」
「嘘ではありません。私には特別な力があります。だからアレクセイは私と取り引きをしたのです」
「アレク様を呼び捨て……」

 そこが気になるの? でも今更アレクセイを敬称付けて呼ぶのは気持ち悪いのよ。それが嫌で夜会の時も近寄らず、挨拶はアシルお兄様に任せたのに。

「とにかくわたくしには特別な能力があるのです」
「特別な能力? ふっ……」

 ロレーヌ様は鼻で笑った。わたくしもそれはさすがにムッとする。わたくしはただのか弱い令嬢ではないのよ。
 信じられないのなら目の前で披露して差し上げますとも!






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【読切】魔帝結界術師は追放後の世界を謳歌する

暮田呉子
ファンタジー
結界魔法に特化した魔帝結界術師は役に立たないと勇者のパーティを追放される。 私は悲しみに暮れる……はずもなく!ようやく自由を手に入れたのだ!!※読み切り。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚

ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。 ※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

愛を語れない関係【完結】

迷い人
恋愛
 婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。  そして、時が戻った。  だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

処理中です...