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7.誤解
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「ようこそ、マルティナ様。お会いしたかったわ」
ロレーヌ様の気品のある佇まいに見惚れそうになる。わたくしもロレーヌ様のようになりたかった時期もあったのよ。もう、諦めたけど。わたくしはすぐに立ち上がりカーテシーをする。
「デュラン伯爵家マルティナでございます。この度は敬愛する妃殿下にご挨拶させていただき光栄に存じます」
「ふふ。どうぞ、おかけになって」
ロレーヌ様は鋭い目つきで口角だけを上げ鷹揚に頷くとアレクセイの隣に座る。ちょっと怖いんですけど。わたくしは座るように促されたので会釈をして再び着席した。
「それにしても敬愛などと……儀礼とはいえ見え透いたことをおっしゃるのね?」
はなから信じていない? そして攻撃的! ロレーヌ様は皮肉気に口角を歪めた。
なぜ疑うのかしら? 心外よ。わたくしは本当に心からロレーヌ様を尊敬しているのに。
ロレーヌ様とアレクセイが婚約した時、国中が天災で飢饉になりかけていた。王家は貴族たちに自領は領主の責任で対応するように言った。突き放したことになるが王家もひっ迫していた。
でもどうにもならない領地もある。そこに対しては宰相が指揮を執り、どこの領地にどれだけの食糧援助が必要か精査し王家の備蓄から送っていた。しかしいよいよそれも底を尽き、王家は国庫を使い他国から食料を輸入しようとした。ところが不運にも大量の食料を積んだ船が我が国の領海内で沈没してしまった。取引国は自分の領海外で責任はないと言うし、運搬を請け負っていた会社は倒産して責任者は逃亡した。結果的に大きな損害を被った。
その大ピンチに立ち上がったのがダヴィット公爵様なのだ。ロレーヌ様とアレクセイの婚約はダヴィット公爵家にとって、将来的にはともかくその時点では全くうまみがない。沈みかけた王家を見捨てて公爵が玉座を狙うこともできた。ダヴィット公爵家にも王家の血が入っているのであり得ない話ではない。
でも公爵はそうしなかった。この婚約はダヴィット公爵家が国政に正式に口を挟むための建前でしかない。他国は我が国の窮状を利用しここぞとばかりに食料の金額を上げる。そこを公爵が上手く交渉し、また金銭的にもダヴィット公爵家の私財を使い援助した。ただ国のために動いた。現在は王太子妃の実家だからと謙虚に控えていらっしゃる。清廉な方なのだ。
ロレーヌ様だって好きでもないアレクセイとの婚約を国や民のために受け入れた。いわば犠牲者だ。わたくしはその姿をとても尊敬している。わたくしならアレクセイと婚約するくらいなら家出、もしくは亡命する。どうせならトリスと駆け落ちもいい! ああ、ロマンティックね。でも肝心のトリスが一緒に逃げてくれない気もする……。
とにかく王都の事情に疎いわたくしでも、今回王都に出てきて貴族も民も、大恩あるダヴィット公爵家ひいてはロレーヌ様に対し非礼だと感じていた。ロレーヌ様を悪役にした恋愛のお話が大ベストセラーって馬鹿じゃないの。
わたくしの思いとは裏腹にロレーヌ様はわたくしの言葉を全く信用していない。悲しい。
「いいえ。本心です」
「本心。それが本当ならば、大切な話を私抜きでアレク様と進めるのはどういうおつもりですか?」
「大切な話……?」
わたくしははっとした。ロレーヌ様はそれほどレアセトロスュクレの蜜漬けが食べたかったのか。わたくしとアレクセイで二瓶しかないレアセトロスュクレの話をしたことが許せなかったほどに! でもこれはきちんとロレーヌ様に相談しなかったアレクセイのせいだと思う。でもわたくしは譲歩することにした。レアセトロスュクレを一瓶、ロレーヌ様に譲ろうと――。
「ええ。今後夫を共有するのですもの」
夫? レアセトロスュクレじゃなくて? 聞き捨てならない。
わたくしがロレーヌ様を見るとその唇は僅かに震えていた。瞳にはぐつぐつと煮えたぎる嫉妬が垣間見える。たぶん怒りを抑えている。でもわたくしも不機嫌になり問いかける声が低くなる。
「ロレーヌ様。まさか……トリスのことを好きなのですか?」
わたくしにとって夫になる存在はトリスだけ。わたくしの知らない間にロレーヌ様はトリスと知り合いになっていたというの?
「……? トリスとは……誰のこと?」
たとえロレーヌ様でもトリスは渡さない。わたくしとロレーヌ様はお互いの目を探るように見た。微妙に何かがかみ合わない気がする……。ロレーヌ様の隣でアレクセイが頭を抱えている。
「ロレーヌ、誤解だ。マルティナも勘違いをしている」
勘違いって何よ? わたくしがアレクセイを追及しようとすると、ロレーヌ様は自嘲するような笑みを浮かべ、そして思い詰めた表情になる。あまりに苦しそうでわたくしは思わず口を閉じた。
(ちょとアレクセイ。あなた愛する自分の妻になんて顔をさせるのよ。これは夫、失格よ)
「いいえ。アレク様。私、知っているのです。マルティナ様を側室に迎えるのですよね。正直、一言相談して欲しかったのですが、アレク様は愛情を持てない女にわざわざ言う必要はないと思われたのでしょう? ですが王太子の後宮は私が管理を行っています。マルティナ様を迎え入れるための手はずは私が――」
「ちょっと待って!!」
ロレーヌ様はわたくしが側室になりに来たと思っていた。夫を共有と言われて咄嗟にトリスのことを当てはめたけど、冷静に考えればアレクセイのことを言ったのだと理解できる。確かに勘違いだった。
でもこのままだとわたくしを巻き込んでとんでもない修羅場が繰り広がりそう。わたくし冤罪よ。だから、やーめーてー!
ロレーヌ様はキッとわたくしを睨むと苦し気に口を開いた。
「二人は昨夜の夜会でも熱く見つめ合っていましたね。マルティナ様を見て私はその美しさにアレク様の執心も仕方がないと……。それに私たちが婚姻を結んですでに三年。いまだ子に恵まれず……だから側室にマルティナ様を迎えることは反対いたしません。世継ぎは絶対に必要なのですもの」
ロレーヌ様が大暴走中。わたくしが産むのはトリスの子だけ。王命でも御免こうむる。
「いやいや、反対してください。わたくし側室なんてなりたくないです。お子様は二人の間でどうぞ! わたくしには愛する婚約者がいるんです。アレクセイなんか好きじゃないですから! だいたいアレクセイも何でロレーヌ様に誤解させているのよ? 相変わらずのろまね」
「そ、それは……」
「アレク様はのろまではないわ!」
ロレーヌ様はすぐさま否定した。あら? ロレーヌ様はアレクセイをかばった。ということはやはりアレクセイのことをお好きなのね。だったら両想いじゃない、それなのにどうしてこんな話になっているの? どう考えてもアレクセイのせいだ。
「ロレーヌ様。まずはわたくしの話を聞いてください」
ロレーヌ様は不満を顕わにしていたがしぶしぶ頷いてくれた。わたくしはヘタレのアレクセイを無視してロレーヌ様に今回の事件の説明をした。わたくしがロベールに故意に攫われボワイエ公爵邸に潜入したことと、ロベールは美髪目的で女性を攫い監禁していたこと。その女性を助けたことを。
「その報酬がレアセトロスュクレ? その受け渡しでアレク様と揉めていた?」
「ええ。そうです」
わたくしは自分の活躍をすごいでしょう! とばかりに胸を張った。騎士団が手をこまねいていたことをいとも簡単に解決したのだもの。ところがロレーヌ様はあからさまに疑い眉をぎゅっと寄せた。
「信じられません。あなたのようなか弱いご令嬢が、わざと攫われてボワイエ公爵を倒した? ボワイエ公爵は屈強な男性ではありませんが、だからといって令嬢にどうにかできるはずがありません。なぜそんな嘘を私につくのですか?」
「嘘ではありません。私には特別な力があります。だからアレクセイは私と取り引きをしたのです」
「アレク様を呼び捨て……」
そこが気になるの? でも今更アレクセイを敬称付けて呼ぶのは気持ち悪いのよ。それが嫌で夜会の時も近寄らず、挨拶はアシルお兄様に任せたのに。
「とにかくわたくしには特別な能力があるのです」
「特別な能力? ふっ……」
ロレーヌ様は鼻で笑った。わたくしもそれはさすがにムッとする。わたくしはただのか弱い令嬢ではないのよ。
信じられないのなら目の前で披露して差し上げますとも!
ロレーヌ様の気品のある佇まいに見惚れそうになる。わたくしもロレーヌ様のようになりたかった時期もあったのよ。もう、諦めたけど。わたくしはすぐに立ち上がりカーテシーをする。
「デュラン伯爵家マルティナでございます。この度は敬愛する妃殿下にご挨拶させていただき光栄に存じます」
「ふふ。どうぞ、おかけになって」
ロレーヌ様は鋭い目つきで口角だけを上げ鷹揚に頷くとアレクセイの隣に座る。ちょっと怖いんですけど。わたくしは座るように促されたので会釈をして再び着席した。
「それにしても敬愛などと……儀礼とはいえ見え透いたことをおっしゃるのね?」
はなから信じていない? そして攻撃的! ロレーヌ様は皮肉気に口角を歪めた。
なぜ疑うのかしら? 心外よ。わたくしは本当に心からロレーヌ様を尊敬しているのに。
ロレーヌ様とアレクセイが婚約した時、国中が天災で飢饉になりかけていた。王家は貴族たちに自領は領主の責任で対応するように言った。突き放したことになるが王家もひっ迫していた。
でもどうにもならない領地もある。そこに対しては宰相が指揮を執り、どこの領地にどれだけの食糧援助が必要か精査し王家の備蓄から送っていた。しかしいよいよそれも底を尽き、王家は国庫を使い他国から食料を輸入しようとした。ところが不運にも大量の食料を積んだ船が我が国の領海内で沈没してしまった。取引国は自分の領海外で責任はないと言うし、運搬を請け負っていた会社は倒産して責任者は逃亡した。結果的に大きな損害を被った。
その大ピンチに立ち上がったのがダヴィット公爵様なのだ。ロレーヌ様とアレクセイの婚約はダヴィット公爵家にとって、将来的にはともかくその時点では全くうまみがない。沈みかけた王家を見捨てて公爵が玉座を狙うこともできた。ダヴィット公爵家にも王家の血が入っているのであり得ない話ではない。
でも公爵はそうしなかった。この婚約はダヴィット公爵家が国政に正式に口を挟むための建前でしかない。他国は我が国の窮状を利用しここぞとばかりに食料の金額を上げる。そこを公爵が上手く交渉し、また金銭的にもダヴィット公爵家の私財を使い援助した。ただ国のために動いた。現在は王太子妃の実家だからと謙虚に控えていらっしゃる。清廉な方なのだ。
ロレーヌ様だって好きでもないアレクセイとの婚約を国や民のために受け入れた。いわば犠牲者だ。わたくしはその姿をとても尊敬している。わたくしならアレクセイと婚約するくらいなら家出、もしくは亡命する。どうせならトリスと駆け落ちもいい! ああ、ロマンティックね。でも肝心のトリスが一緒に逃げてくれない気もする……。
とにかく王都の事情に疎いわたくしでも、今回王都に出てきて貴族も民も、大恩あるダヴィット公爵家ひいてはロレーヌ様に対し非礼だと感じていた。ロレーヌ様を悪役にした恋愛のお話が大ベストセラーって馬鹿じゃないの。
わたくしの思いとは裏腹にロレーヌ様はわたくしの言葉を全く信用していない。悲しい。
「いいえ。本心です」
「本心。それが本当ならば、大切な話を私抜きでアレク様と進めるのはどういうおつもりですか?」
「大切な話……?」
わたくしははっとした。ロレーヌ様はそれほどレアセトロスュクレの蜜漬けが食べたかったのか。わたくしとアレクセイで二瓶しかないレアセトロスュクレの話をしたことが許せなかったほどに! でもこれはきちんとロレーヌ様に相談しなかったアレクセイのせいだと思う。でもわたくしは譲歩することにした。レアセトロスュクレを一瓶、ロレーヌ様に譲ろうと――。
「ええ。今後夫を共有するのですもの」
夫? レアセトロスュクレじゃなくて? 聞き捨てならない。
わたくしがロレーヌ様を見るとその唇は僅かに震えていた。瞳にはぐつぐつと煮えたぎる嫉妬が垣間見える。たぶん怒りを抑えている。でもわたくしも不機嫌になり問いかける声が低くなる。
「ロレーヌ様。まさか……トリスのことを好きなのですか?」
わたくしにとって夫になる存在はトリスだけ。わたくしの知らない間にロレーヌ様はトリスと知り合いになっていたというの?
「……? トリスとは……誰のこと?」
たとえロレーヌ様でもトリスは渡さない。わたくしとロレーヌ様はお互いの目を探るように見た。微妙に何かがかみ合わない気がする……。ロレーヌ様の隣でアレクセイが頭を抱えている。
「ロレーヌ、誤解だ。マルティナも勘違いをしている」
勘違いって何よ? わたくしがアレクセイを追及しようとすると、ロレーヌ様は自嘲するような笑みを浮かべ、そして思い詰めた表情になる。あまりに苦しそうでわたくしは思わず口を閉じた。
(ちょとアレクセイ。あなた愛する自分の妻になんて顔をさせるのよ。これは夫、失格よ)
「いいえ。アレク様。私、知っているのです。マルティナ様を側室に迎えるのですよね。正直、一言相談して欲しかったのですが、アレク様は愛情を持てない女にわざわざ言う必要はないと思われたのでしょう? ですが王太子の後宮は私が管理を行っています。マルティナ様を迎え入れるための手はずは私が――」
「ちょっと待って!!」
ロレーヌ様はわたくしが側室になりに来たと思っていた。夫を共有と言われて咄嗟にトリスのことを当てはめたけど、冷静に考えればアレクセイのことを言ったのだと理解できる。確かに勘違いだった。
でもこのままだとわたくしを巻き込んでとんでもない修羅場が繰り広がりそう。わたくし冤罪よ。だから、やーめーてー!
ロレーヌ様はキッとわたくしを睨むと苦し気に口を開いた。
「二人は昨夜の夜会でも熱く見つめ合っていましたね。マルティナ様を見て私はその美しさにアレク様の執心も仕方がないと……。それに私たちが婚姻を結んですでに三年。いまだ子に恵まれず……だから側室にマルティナ様を迎えることは反対いたしません。世継ぎは絶対に必要なのですもの」
ロレーヌ様が大暴走中。わたくしが産むのはトリスの子だけ。王命でも御免こうむる。
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「そ、それは……」
「アレク様はのろまではないわ!」
ロレーヌ様はすぐさま否定した。あら? ロレーヌ様はアレクセイをかばった。ということはやはりアレクセイのことをお好きなのね。だったら両想いじゃない、それなのにどうしてこんな話になっているの? どう考えてもアレクセイのせいだ。
「ロレーヌ様。まずはわたくしの話を聞いてください」
ロレーヌ様は不満を顕わにしていたがしぶしぶ頷いてくれた。わたくしはヘタレのアレクセイを無視してロレーヌ様に今回の事件の説明をした。わたくしがロベールに故意に攫われボワイエ公爵邸に潜入したことと、ロベールは美髪目的で女性を攫い監禁していたこと。その女性を助けたことを。
「その報酬がレアセトロスュクレ? その受け渡しでアレク様と揉めていた?」
「ええ。そうです」
わたくしは自分の活躍をすごいでしょう! とばかりに胸を張った。騎士団が手をこまねいていたことをいとも簡単に解決したのだもの。ところがロレーヌ様はあからさまに疑い眉をぎゅっと寄せた。
「信じられません。あなたのようなか弱いご令嬢が、わざと攫われてボワイエ公爵を倒した? ボワイエ公爵は屈強な男性ではありませんが、だからといって令嬢にどうにかできるはずがありません。なぜそんな嘘を私につくのですか?」
「嘘ではありません。私には特別な力があります。だからアレクセイは私と取り引きをしたのです」
「アレク様を呼び捨て……」
そこが気になるの? でも今更アレクセイを敬称付けて呼ぶのは気持ち悪いのよ。それが嫌で夜会の時も近寄らず、挨拶はアシルお兄様に任せたのに。
「とにかくわたくしには特別な能力があるのです」
「特別な能力? ふっ……」
ロレーヌ様は鼻で笑った。わたくしもそれはさすがにムッとする。わたくしはただのか弱い令嬢ではないのよ。
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