上 下
15 / 15

15.女神様に見守られて幸せになりました

しおりを挟む
 ブルメスター侯爵邸で過ごす日々の中、アル様は勉強で忙しいにもかかわらず私の話し相手になってくれた。バート様と一緒に三人で過ごした。成績優秀で医学校の卒業は決まっているそうだ。さすがアル様!

 アル様はシュトール王国では女性として過ごしている。帰国しても同じように暮らすのは難しいだろう。アル様はこれからもシュトール王国で暮らしていきたいそうだ。ご両親もそれに理解を示しているそうで、その方向で話し合う予定だそうだ。それを聞いて私はホッとした。アル様が家族と疎遠になっては悲しい。

「マリエルは、ショックじゃなかったのか? 仮とはいえ婚約をしていたんだろう」

 バート様が心配気に私の顔を覗き込む。

「? いいえ。まったく。アル様は以前よりも美しくなっていて目が眩んでしまいました。昔は天使様のようでしたが今は女神様です! 私はアル様が幸せならそれが一番です。それに以前アル様から婚約白紙の手紙が届いた時にいろいろな覚悟はしていましたから大丈夫です。それよりも婚約を引き延ばしたせいでアル様の心に負担をかけてしまってごめんなさい」

「マリエル……。私の方が隠し事をしていたのだから悪いのは私で――」

「もう、謝りあうのはやめたんじゃないのか?」

 バート様がまた始まったのかとあきれ顔で止めに入る。私はアル様と顔を見合わせ頷き合った。

「そうね」

「そうでした」

「それでマリエルは新しい婚約者を探すの?」

「はい。私は跡継ぎですから婿に来てくれる方を探さなくてはいけないので……」

 バート様への気持ちを抱えたままお見合いなどできるだろうか。いいや、無理だ。それならば帰国する前に玉砕して心機一転を目指そう。

「探さなくてもここにいる。マリエルは私では嫌か? 私はマリエルが好きだ」

「へっ?」

 アル様が驚いてティーカップを落としそうになっている。私は幸い手に持っていなかったので大丈夫だったが驚きは同じだ。バート様の言葉の真意を伺うように彼の瞳をじっと見る。

「私はマリエルと過ごしてあなたを好きになった。実はアルとの婚約が無くなるのを知っていたので、国に戻る前にベルツ伯爵夫妻にマリエルの婚約者候補にして欲しいと頼んできた。マリエルがいいと言ってくれればマリエルをツェーザル王国に送りがてらそのままベルツ伯爵邸で居候させてもらうことになっている。もちろん無理強いはしない。嫌ならそう言ってくれて構わない。……どうだろうか?」

 バート様は断っても構わないと言ったが断る余地はなさそうだ。いつのまにか私の両親を説得していた。この話を聞く限り婚約者候補ではなくすでに婚約者同然な気がした。でも嬉しい。大歓迎だ。玉砕せずにすみ安心した。
 
「ぜひ、お願いします!」

 私は膝につくほど頭を深く下げた。

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 勢い任せに返事をしたが重大なことを思い出した。

「あっ。でも本当にいいんですか? バート様のご家族は反対されるかもしれません。私と結婚する事になればツェーザル王国を離れることになってしまいます」

 バート様の家族や友人と簡単に会えなくなってしまう。

「どこの国にいても家族であることには変わらない。それにもう家族に話して許しは得てある。大丈夫だ」

 私を選んで下さったことに感激で瞳が潤んでしまう。ニヤリと笑うバート様がいつも以上にカッコイイ。

「おめでとう二人とも。私も嬉しいわ。バートもマリエルも幸せになってね」

 アル様は穏やかに微笑んだ。女神様からの祝福を受けた私の人生には幸せが待っている。



 ******


 帰国して三か月後にはバート様と正式に婚約を結んだ。更に半年後にはベルツ伯爵領で結婚式を挙げた。バート様のご両親は病院を長く空けることが出来ないので、結婚式にはお姉様のヒルダさんが代表で来てくださった。ブルメスター侯爵家には新婚旅行の時に寄ることになっている。
 バート様がベルツ伯爵家に婿入りして下さるのは嬉しかったが、騎士を辞めてしまっていいのかと申し訳なくなった。

「別に騎士にこだわっている訳じゃないんだ。両親や兄姉は人を救う仕事をしている。私は医者には向いていないと感じていた。でも人の役には立ちたいとは思っていた。それで私は人を守る騎士を選んだ。でも騎士を辞めても何かを守ることは出来る。ベルツ領主となるマリエルを支えるのもマリエルと領民を守ることになる。仕事の種類は重要じゃないだろう。自分の成すべきことをするだけだ。マリエルが隣にいてくれることが私の望みだから後悔はないよ」

「ありがとうございます。バート様。大好きです!」

 私の婚約者は強く逞しく、そして優しくて最高に素敵な人だ。

 私たちは若葉溢れるよく晴れた日に結婚式を挙げた。
 アル様も参列して下さった。女神様が涙を浮かべる姿に参列者の視線が釘付けになる。

「花嫁さん、可哀想そうね。あんなすごい美人がいたら今日の主役の座を奪われちゃうわよね。ウエディングドレスが霞んでるわよ」

 意地悪な言葉が聞こえてきたが、そんなことは心底どうでもいい。
 今日の私は幸せ過ぎて何でも許せてしまう。だって隣には蕩けるような甘い顔で私を見つめるバート様がいる。私もとびっきりの笑顔で彼を見つめる。

 アル様が主役級の美人なのは誰よりも私が知っている。何と言っても女神様だから。むしろ女神様に参列してもらえる私の結婚式って最高だと誇りに思っている!

 私の人生の主人公は私だ。私が幸せだと思っているのならそれでいいじゃないか。

 それを誇示するようにバート様に寄り添えば彼は私の肩を抱き締めてくれた。その力強さに勇気をもらい私は招待客に向かって思いっ切りドヤ顔で微笑んだ。

 アル様がくすりと笑う姿が視界に映った。その姿も尊い……。






(おわり)




しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

夫を捨てる事にしました

東稔 雨紗霧
恋愛
今日は息子ダリルの誕生日だが夫のライネスは帰って来なかった。 息子が生まれて5年、そろそろ愛想も尽きたので捨てようと思います。

謹んで婚約者候補を辞退いたします

四折 柊
恋愛
 公爵令嬢ブリジットは王太子ヴィンセントの婚約者候補の三人いるうちの一人だ。すでに他の二人はお試し期間を経て婚約者候補を辞退している。ヴィンセントは完璧主義で頭が古いタイプなので一緒になれば気苦労が多そうで将来を考えられないからだそうだ。ブリジットは彼と親しくなるための努力をしたが報われず婚約者候補を辞退した。ところがその後ヴィンセントが声をかけて来るようになって……。(えっ?今になって?)傲慢不遜な王太子と実は心の中では口の悪い公爵令嬢のくっつかないお話。全3話。暇つぶしに流し読んで頂ければ幸いです。

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

【完結】王子様に婚約破棄された令嬢は引きこもりましたが・・・お城の使用人達に可愛がられて楽しく暮らしています!

五月ふう
恋愛
「どういうことですか・・・?私は、ウルブス様の婚約者としてここに来たはずで・・・。その女性は・・・?」 城に来た初日、婚約者ウルブス王子の部屋には彼の愛人がいた。 デンバー国有数の名家の一人娘シエリ・ウォルターンは呆然と王子ウルブスを見つめる。幸せな未来を夢見ていた彼女は、動揺を隠せなかった。 なぜ婚約者を愛人と一緒に部屋で待っているの? 「よく来てくれたね。シエリ。  "婚約者"として君を歓迎するよ。」 爽やかな笑顔を浮かべて、ウルブスが言う。 「えっと、その方は・・・?」 「彼女はマリィ。僕の愛する人だよ。」 ちょっと待ってくださいな。 私、今から貴方と結婚するはずでは? 「あ、あの・・・?それではこの婚約は・・・?」 「ああ、安心してくれ。婚約破棄してくれ、なんて言うつもりはないよ。」 大人しいシエリならば、自分の浮気に文句はつけないだろう。 ウルブスがシエリを婚約者に選んだのはそれだけの理由だった。 これからどうしたらいいのかと途方にくれるシエリだったがーー。

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

【完結】婚約者に隠し子がいたようなのでお別れしたいのにお別れ出来ません

高瀬船
恋愛
ある日、男性の腕の中でスヤスヤと眠る可愛い可愛い赤子の姿を伯爵令嬢である、ルーシェは見た。 その赤子は、男性と同じ白銀の髪の毛をちろちろと風に靡かせ、穏やかな顔で眠っている。 何処か顔立ちもその男性と赤子は似ていて、一目見て血の繋がりがある事を感じられる程だ。 傍から見れば、なんて心温まる光景なのだろうか。 そう、傍から見ている分には。 その赤子を大事そうに腕に抱く男性は、ルーシェ・ハビリオンの婚約者、キアト・フェルマン。 伯爵家の次男で、二人はまだ婚約者同士である。 ルーシェとキアトは清く正しい交際を続けている。 勿論、ルーシェがキアトの子を産んだ事実は一切無い。二人は本当に清く正しく、エスコート以外で手すら繋いだ事がないのだから。 一体全体、何がどうなってキアトが赤子をその腕に抱いているのか。 婚約者が居ながら、他の女性との間に子供を作るなんて何て人なのか。 ルーシェは、自分の体が怒りでプルプルと震えている事に気付いたのだった。 ********** 誤字・脱字のご報告ありがとうございます!

処理中です...