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6.彼の正体は?!
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翌日、約束通りベルツ伯爵邸に来たアルバートと、応接室で向かい合う。お互いに話があると言ったものの、遠慮し合ってしまい、結果的に無言になっている。口を開いては閉じる。二人とも何をやっているのだと感じるが口火を切るのには勇気がいる。
三杯目のお茶を飲み干したところでお互いが同時に話し出した。
「実は――」
「あの――」
「あっ」
「あっ」
無駄に息が合ってしまう。顔を見合わせて苦笑いをしてしまった。
「アルバート様、お先にどうぞ」
「ああ、では、私から話させてもらう」
「はい。どうぞ」
「実は……私はアルバート・クーニッツではない。マリエルを騙していた。申し訳ない」
アルバートは頭が膝につくかと思うほどペコリと頭を下げた。彼の言葉は予想していたので驚きはないのだが、……あれ? 既視感……。先日も彼のつむじを見たばかりだった。やっぱり彼のつむじは可愛い。
「はい。知っていました」
アルバートは顔を上げると苦笑いをする。いざ話し出してしまえばさっきまでの緊張はなんだったんだという雰囲気だ。
「そうか、やはり気付いていたか。マリエルは私を呼ぶときに呼び方を使い分けているみたいだから、そうかもしれないと思っていた。いつから確信を持っていたんだ?」
アルバートは肩の荷が下りたのか顔のこわばりが解けたように見える。実は私は目の前の彼のことはアルバート様(本名が分からないので)、天使様のことはアル様と呼び分けていた。そのことに気付いていたなんてさすが騎士様!
「アルバート様がお庭で鍛錬されていた時です。アル様には右の二の腕に『女神様の祝福』がありましたが、アルバート様にはありませんでした。それで間違いなく別人だと確信したのです」
アル様の二の腕には小さな丸っこい形の痣が二つあった。真っ白な肌に小さな鈴のような赤い形が可愛く見えた。生まれつきのその痣をアル様は嫌がっていたが、私にはその形がスズランに見えたのでこれは『女神様の祝福』だとはしゃいだ。アル様が女神様から愛されたしるしで、まさに天使である証拠に違いないと興奮したのを覚えている。もちろん名前は私が勝手につけたものだ。アル様は困惑しながら「ありがとう」と言ってくれた。
その痣が決定打になってアルバート様を改めて観察した。
彼をアル様だと思い込んでいると違和感だらけだが、別人だと認識すればすっきりする。申し訳ないがアルバート様には天使様感がゼロなのだ。十年振りの再会を踏まえて、いくら男性が成長して変化したとしても、あり得ない変貌だった。(全くないことだとは言い切れないので絶対とは言えないが)
アル様に対する敬愛はもちろん継続中だが、それとは別にアルバート様と過ごすうちに彼に好感を抱くようになってしまった。もしかしてこれは恋なのかしら? そもそもアル様と別人だと気付いてデートを誘った時点で不貞?! 思い返せば自分の行動は積極的に浮気をしていたも同然だと青くなる。まったく自覚がなかった。
客観的に浮気かと問われれば……これは果てしなく黒だと思う。とはいえアル様やアルバート様の事情を聞くまでは、今は恋かもしれない気持ちは一旦心の棚に仕舞って置こう。(現実逃避ともいう)
「ああ、確かにアルの腕には痣があるらしいな。アルはその痣が汚く思えたが小さな幼馴染が素敵だと言っていてくれたおかげで考えが変わったと言っていた。これは女神から与えられた祝福だと誇らしそうだったな」
幼少期の私のおバカな発言を喜んでくれたなんてアル様は間違いなく天使様だった。
「それであなた様の本当のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、すまない。名乗っていなかったな。私はシュトール王国ブルメスター侯爵家の次男アルバートだ。国にいるときはアルバート・クーニッツと区別するために私はバートと彼はアルと呼ばれていた。アルとは十年来の友人だ」
「まあ、本当のお名前もアルバート様だったのですね! ではこれからはバート様と呼ばせて頂きます。アル様と十年来ということは留学してすぐからのお付き合いなのですね」
ふと気付いた。
「あら、それならばバート様は嘘をついていなかったのでは……」
初めて会った時マリエルは「アルバート様ですか?」と問いかけて彼は「はい」と言ったがどこにも嘘はない。勝手に私がアル様と決めつけてしまっただけだ。
「いや、私には誤解を訂正しなかった非がある。マリエル。黙っていたことは怒っていないのか?」
「いいえ。黙っていたのは私を傷つけない為でしょう? 怒る理由がありません」
真実を話せばアル様が帰国を拒んだことが明らかになる。私を落胆させないように気を使ってくれたのだろう。
「そうか。ありがとう。それでアルのことなのだが……彼は国に戻ることを望んでいない。事情があってのことだが、実はクーニッツ伯爵夫妻にはすべてを話してある。さすがに私が自分の息子でないことにすぐに気づいておられた。これからのことだが伯爵はアルに直接会って話をしたいと言っている。マリエルも事情を知りたいだろう? もちろん仮とはいえ婚約者の君には真実を知る権利がある。そこで選んで欲しい。今私から話を聞くか、それとも伯爵と一緒にシュトール王国に同行しアルから直接聞くか」
「それはもちろんアル様に直接会いたいです」
「君ならそう言うと思ったよ。アルはマリエルに理由を知られて失望されることを恐れていた。だが、君はむやみに偏見を抱いたりするような人ではないから話を聞いても問題ないと感じた。それならば私から話さずにマリエルにはアルと直接話をして欲しいと思っていたんだ」
アル様にどんな事情があっても私がアル様を嫌ったり失望したりすることはないと断言できる。なによりも彼に会いたい! 尊いお顔が見たい!
「ぜひ、会いたいです! ですが……両親が船旅の許可をくれるかどうか……」
マリエルは眉を下げた。いくら大らかな両親でも一人娘の長旅の許可は渋るのだ。
「今回クーニッツ伯爵夫妻も私も一緒に行く。あなたの身の安全は私が守ると約束しよう」
騎士であるアルバート様が守って下さると言ってくれて心強く思う。それにクーニッツ伯爵夫妻も一緒ならば両親も許してくれるだろう。私はその提案に目を輝かせて飛びついた。
「はい! ぜひご一緒させてください」
そのあと両親にアル様に会いに行きたいと懇願すれば、あっさりと許しをもらえた。どうやらクーリッツ伯爵から先に手紙で全ての事情を聞いていたらしい。このままだと私が納得せず、新たな縁談に前向きにならないだろうと憂慮して許可してくれた。
出発は3日後に決まり慌ただしく旅の支度をした。独身の貴族令嬢が長期の船旅の機会を得ることは滅多にない。
私はあまりにも楽しみにし過ぎて出発の前日の朝から知恵熱を出してしまったが、翌朝までには気力でなんとか治してみせた。這ってでもアル様に会いに行く!
三杯目のお茶を飲み干したところでお互いが同時に話し出した。
「実は――」
「あの――」
「あっ」
「あっ」
無駄に息が合ってしまう。顔を見合わせて苦笑いをしてしまった。
「アルバート様、お先にどうぞ」
「ああ、では、私から話させてもらう」
「はい。どうぞ」
「実は……私はアルバート・クーニッツではない。マリエルを騙していた。申し訳ない」
アルバートは頭が膝につくかと思うほどペコリと頭を下げた。彼の言葉は予想していたので驚きはないのだが、……あれ? 既視感……。先日も彼のつむじを見たばかりだった。やっぱり彼のつむじは可愛い。
「はい。知っていました」
アルバートは顔を上げると苦笑いをする。いざ話し出してしまえばさっきまでの緊張はなんだったんだという雰囲気だ。
「そうか、やはり気付いていたか。マリエルは私を呼ぶときに呼び方を使い分けているみたいだから、そうかもしれないと思っていた。いつから確信を持っていたんだ?」
アルバートは肩の荷が下りたのか顔のこわばりが解けたように見える。実は私は目の前の彼のことはアルバート様(本名が分からないので)、天使様のことはアル様と呼び分けていた。そのことに気付いていたなんてさすが騎士様!
「アルバート様がお庭で鍛錬されていた時です。アル様には右の二の腕に『女神様の祝福』がありましたが、アルバート様にはありませんでした。それで間違いなく別人だと確信したのです」
アル様の二の腕には小さな丸っこい形の痣が二つあった。真っ白な肌に小さな鈴のような赤い形が可愛く見えた。生まれつきのその痣をアル様は嫌がっていたが、私にはその形がスズランに見えたのでこれは『女神様の祝福』だとはしゃいだ。アル様が女神様から愛されたしるしで、まさに天使である証拠に違いないと興奮したのを覚えている。もちろん名前は私が勝手につけたものだ。アル様は困惑しながら「ありがとう」と言ってくれた。
その痣が決定打になってアルバート様を改めて観察した。
彼をアル様だと思い込んでいると違和感だらけだが、別人だと認識すればすっきりする。申し訳ないがアルバート様には天使様感がゼロなのだ。十年振りの再会を踏まえて、いくら男性が成長して変化したとしても、あり得ない変貌だった。(全くないことだとは言い切れないので絶対とは言えないが)
アル様に対する敬愛はもちろん継続中だが、それとは別にアルバート様と過ごすうちに彼に好感を抱くようになってしまった。もしかしてこれは恋なのかしら? そもそもアル様と別人だと気付いてデートを誘った時点で不貞?! 思い返せば自分の行動は積極的に浮気をしていたも同然だと青くなる。まったく自覚がなかった。
客観的に浮気かと問われれば……これは果てしなく黒だと思う。とはいえアル様やアルバート様の事情を聞くまでは、今は恋かもしれない気持ちは一旦心の棚に仕舞って置こう。(現実逃避ともいう)
「ああ、確かにアルの腕には痣があるらしいな。アルはその痣が汚く思えたが小さな幼馴染が素敵だと言っていてくれたおかげで考えが変わったと言っていた。これは女神から与えられた祝福だと誇らしそうだったな」
幼少期の私のおバカな発言を喜んでくれたなんてアル様は間違いなく天使様だった。
「それであなた様の本当のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、すまない。名乗っていなかったな。私はシュトール王国ブルメスター侯爵家の次男アルバートだ。国にいるときはアルバート・クーニッツと区別するために私はバートと彼はアルと呼ばれていた。アルとは十年来の友人だ」
「まあ、本当のお名前もアルバート様だったのですね! ではこれからはバート様と呼ばせて頂きます。アル様と十年来ということは留学してすぐからのお付き合いなのですね」
ふと気付いた。
「あら、それならばバート様は嘘をついていなかったのでは……」
初めて会った時マリエルは「アルバート様ですか?」と問いかけて彼は「はい」と言ったがどこにも嘘はない。勝手に私がアル様と決めつけてしまっただけだ。
「いや、私には誤解を訂正しなかった非がある。マリエル。黙っていたことは怒っていないのか?」
「いいえ。黙っていたのは私を傷つけない為でしょう? 怒る理由がありません」
真実を話せばアル様が帰国を拒んだことが明らかになる。私を落胆させないように気を使ってくれたのだろう。
「そうか。ありがとう。それでアルのことなのだが……彼は国に戻ることを望んでいない。事情があってのことだが、実はクーニッツ伯爵夫妻にはすべてを話してある。さすがに私が自分の息子でないことにすぐに気づいておられた。これからのことだが伯爵はアルに直接会って話をしたいと言っている。マリエルも事情を知りたいだろう? もちろん仮とはいえ婚約者の君には真実を知る権利がある。そこで選んで欲しい。今私から話を聞くか、それとも伯爵と一緒にシュトール王国に同行しアルから直接聞くか」
「それはもちろんアル様に直接会いたいです」
「君ならそう言うと思ったよ。アルはマリエルに理由を知られて失望されることを恐れていた。だが、君はむやみに偏見を抱いたりするような人ではないから話を聞いても問題ないと感じた。それならば私から話さずにマリエルにはアルと直接話をして欲しいと思っていたんだ」
アル様にどんな事情があっても私がアル様を嫌ったり失望したりすることはないと断言できる。なによりも彼に会いたい! 尊いお顔が見たい!
「ぜひ、会いたいです! ですが……両親が船旅の許可をくれるかどうか……」
マリエルは眉を下げた。いくら大らかな両親でも一人娘の長旅の許可は渋るのだ。
「今回クーニッツ伯爵夫妻も私も一緒に行く。あなたの身の安全は私が守ると約束しよう」
騎士であるアルバート様が守って下さると言ってくれて心強く思う。それにクーニッツ伯爵夫妻も一緒ならば両親も許してくれるだろう。私はその提案に目を輝かせて飛びついた。
「はい! ぜひご一緒させてください」
そのあと両親にアル様に会いに行きたいと懇願すれば、あっさりと許しをもらえた。どうやらクーリッツ伯爵から先に手紙で全ての事情を聞いていたらしい。このままだと私が納得せず、新たな縁談に前向きにならないだろうと憂慮して許可してくれた。
出発は3日後に決まり慌ただしく旅の支度をした。独身の貴族令嬢が長期の船旅の機会を得ることは滅多にない。
私はあまりにも楽しみにし過ぎて出発の前日の朝から知恵熱を出してしまったが、翌朝までには気力でなんとか治してみせた。這ってでもアル様に会いに行く!
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