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第14章 花言葉に想いを
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約二ヶ月後、秀輝は退院が出来るまで回復した。最後まで回復に時間がかかったのは、筋肉の回復と平衡感覚だった。
秀輝がリハビリをしている間に梅雨は過ぎて、ひどく暑かった夏も終わりを迎えようとしていた。
史美は秀輝に代わって受付けロビーで退院手続きをしていた。
秀輝の視線が気になって横を見る。鼻の下を伸ばしている秀輝が史美を見つめていた。
「何?」
「ん?・・・別に。」
秀輝の気持ちを知ってから、史美はこの感覚を楽しんでいる。こんな明からさまなビームに何故今まで気づかなかったのだろう。
「な~に。」
史美はからかうように秀輝に顔を近づけて、ソワソワしている様子にほくそ笑む。
「何だよ。」
秀輝の父/厚史と母/伊久子は、締まりのない息子の姿に呆れてしまっている。
病院には退院の連絡をしていた和明たちが駆け付けて来た。
「来てくれたの。ありがとう・・・。」
「良かったね~。」
眞江が史美の手を取って喜んでいる。
「おい、桐原~。退院したのは俺なんだけど・・・。」
「こんなになったのは自分のせい。大変な思いをするのは当たり前でしょ!言ってみれば自業自得!アタシはね、篠塚から解放された田原に良かったねって言ってるの!」
「キッツイな~」
史美と眞江は、秀輝をからかって楽しんでいる。
笑い転げている史美と眞江の前に、誠が可憐で色白の女性を連れて来る。
「尚美ちゃん!」
隣にいた秀輝が叫ぶ。
「田原史美さんですよね?はじめまして、私・・・森田尚美っていいます。篠塚さんとは、この人を通じて仲良くさせてもらってるんです。」
史美たちより3~4歳ほど年若だと思うが、まるで女子高生のように清純な雰囲気があった。
" あ・・・。この人が西條君が言ってた、例の女の子か・・・。"
誠と尚美は、隣りにいる秀輝には目もくれず史美と話をしている。
「ちょっと、お前ら・・・さっきから面白すぎることしてくれてんじゃね~の。」
ワザと無視をしていたことに、やっと気付いた秀輝を餌にしてさらに史美たちが盛り上がる。
親睦を深めている史美たちのところへ、担当医の芳山が通りがかり声を掛ける。
「ちょっと、皆さ~ん。病院内はお静かに!」
史美が芳山医師の声に振り返る。
「そうか~今日退院でしたね。おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
史美と秀輝が声を合わせて礼を言う。
「全く人騒がせな患者さんでしたね。もう二度とこんな可愛い彼女を心配させないように・・・いいですね。」
昏睡状態だった秀輝のそばを離れず、ずっと手を握りしめ看病をしていた史美を知っていた。意識を取り戻した後も献身的にリハビリに付き添っていた史美の献身ぶりは、ナースセンターでも評判になっていたのだ。
「すみません。」
恐縮している史美に対して、その隣で秀輝は“ 可愛い彼女 ”と言われたことに照れてニヤついている。見るに見かねた厚史が、デレデレし通し秀輝の頭を叩く。
「イッテ―!」
「しっかりしろよ!ハードボイルド!」
頭を押さえて悶絶している秀輝の姿に一同が笑い出す。仲間たちにいじられ、顔を歪めている秀輝を見ながら、史美は心地よい幸せを感じていた。
以前、俊一からプロポーズされた時、何かを失いそうな気がして途方に暮れた。その存在が近過ぎて、そこにあるのが当たり前で見えなくなっていたのだ。気付かせてくれたのは、他でもない沙帆だった。秀輝が沙帆のところへ行ってしまうかも知れない。その不安は次第に大きくなり、存在の大きさを知ることになった。
“ アタシには、アンタが必要なの。”
史美の心は、無意識にそう叫んでいた。
一番大切なものは、すぐ側にあるものなのかも知れない。
恋している気持ちは表に出るから気づきやすい。でも、愛は心に映るものだから、気付くことが難しくて誰もが苦しんだり傷付いたりする。
そう言えば・・・、本の読み聞かせを授業でやった時、サン=テグジュペリの “ 星の王子さま ”を読んだ。その中に、こんな一説があった。
「心で見なくちゃ、物事はよく見えないってことさ。大事なことは、目に見えないんだよ。」
心で見るって何だか難しくて、とても大変で、途方に暮れてしまいそうになる。
でも・・・秀輝と一緒にいれば、そんな不安は感じなくなるかも知れない。自分をずっと心で見つめてくれる秀輝が側にいてくれるから。
” お前の側で、俺がずっと守るからな。"
これが最近の秀輝の口癖だ。これほどまでに愛してくれる秀輝が、史美には堪らなく愛しい。ほっこりした感情が史美を包んでいた。
そう言えば秀輝のリハビリの最中、史美はふと思ったことがあった。
“ アタシ・・・。アンタに何もしてあげてない。”
不意にそんな思いに駆られ、秀輝にそう漏らしてしまった。してもらってばかりの自分が、情けなくて悔しくて堪らなかった。
しかし秀輝は、いつものように優しく笑って史美に答えた。
“ 俺なんか・・・。ずっと前から、してもらってばかりだよ。”
自分の弱さを見せるって、とても勇気がいるしプライドが邪魔をする。大したプライドでもないのに、どうして出来ないのだろう。
でも秀輝になら、それが見せられる。秀輝ならきっと、どんな自分でも受け止めてくれるはずだから。
受け入れてくれる人がいるって、それだけで自分に自信が湧いてくる。秀輝と一緒にいると自分のことも好きになれる。
“ こんなに人を好きになる秀輝君も凄いけど、それほどまでに想われるあなただって凄いのよねぇ・・・。”
スナックのママである華が史美に言ってくれた言葉だったが、今なら素直にそれを受け入れられる。
秀輝はきっと、これからも今まで以上に自分を愛してくれる。史美の笑顔のためなら、どんなことでもするに違いない。形振り構わず愛を注いでくれた秀輝に、してあげたい事が止め処なく溢れてくる。
そうやって互いに与え合って、心を思い遣ることが大事なのだと、秀輝を見ていると史美はしみじみと感じてしまう。愛し合うって、そういう事なのかな・・・と。
和明たち冷やかしの集中砲火浴びながらも、秀輝は史美へ絶えず視線を送っている。史美が秀輝へ目配せをすると、テンション高く余計に舞い上がっていた。
「ちょっと、さっきから何浸ってんのよ。」
隣でニヤついている史美を、眞江が冷やかしに来る。
「いいでしょう。」
史美と眞江は、互いの顔を見合わせて笑っている。
「先生!」
退院を聞きつけた琢磨が、和佳子に付き添われて病院に現れる。
「琢磨くん!」
和佳子は史美と秀輝に向かって頭を下げる。
「今日、退院されると聞いたもので。琢磨、先生に話があるんでしょ。」
琢磨の両親との誤解も解けた史美は、それから誰はばかることなく応援を続けている。
「先生、ずっと応援してくれてありがとう。また、練習があるから見に来てね。リハビリも頑張るから。」
「わかった。ありがとう。アタシたち、ずっと友達だもんね。」
「うん。」
秀輝が自分も混ぜろと、2人の間に割って入る。
「おい。俺も友達だよな。」
「先生~っ。彼氏って、ホントにこの人?」
琢磨は怪訝な顔をして秀輝を見る。琢磨は、憧れている史美の彼氏が秀輝だった事に以前から幻滅していた。
「そうよ。」
「何だよ、文句あんのか?」
琢磨とのやり取りに和明たちが一斉に笑い出す。
「ライバル出現だな。」
「そうみたいね・・・。」
晴れ晴れとした史美と秀輝の笑顔を、眞江と和明はとても満足そうに眺めていた。
※ ※ ※
史美と秀輝は眞江や和明たちと別れ、横浜臨港パーク広場にある青々と生い茂る芝生の上を歩いている。
湿気を帯び肌に纏わりついていた夏の風は、秋を迎えようと準備を始めたように爽やかな風へと変わっていた。
史美と秀輝は、海から来る潮風を受けながら雲ひとつない空を仰ぎ見た。
「わぁ、いい天気。」
「気持っちいいな。」
「ねぇ・・・ヒデちゃん。」
「ん?」
「アタシ、ヒデちゃんって呼んでいい?」
「えっ?」
「だって、沙帆ちゃんだけ、あんな呼び方してさ。」
「いいよ。」
「アタシは、ヒデちゃんに決~めた。」
横浜臨港パーク広場は、カップルや家族連れなどで賑わっていた。横浜の観光スポットは、いつでもその賑やかさを失わない。
二人の目の前に突然、ボールが転がってくる。秀輝はボールを追いかけ、キャッチボールをしている親子へ投げ返した。
史美は投げ返す秀輝の背中をじっと見つめている。
「ヒデちゃん!」
史美に呼ばれて秀輝は振り返る。
「おう!」
史美は勢いよく走ってきて秀輝に抱きついた。
勢いよく抱きつかれ、秀輝は史美を抱えながら芝生の上に倒れてしまう。2人はそのまま芝生の上を転がっている。
「痛ったーい!信じらんない!ちゃんと受け止めてよ!」
「アホ!俺は、まだ病み上がりだっつーの。」
「情けないな!お姫様抱っこしてもらおうと思ったのに!」
「のやろ~!」
芝生の上を転がっていた秀輝が起き上がり、史美をいきなりお姫様抱っこする。
「ちょっと!やめてよ。」
「さっきはな、不意を突かれたから出来なかったんだよ。」
「バカじゃないの、冗談に決まってるでしょ!恥ずかしいから早く下ろしてよ!」
史美の慌て振りを面白がっている秀輝は、お姫様抱っこをしたまま下に下ろさない。ふざけ合っている史美と秀輝に、どこからか興味を持った女児が駆け寄ってくる。
「ねぇ、何やってんの?」
お姫様抱っこしたまま、声のする方へ振り返る。4~5歳くらいの可愛い女の子が、上目づかいで見つめてくる。
「ねぇねぇ。何でお姉ちゃん、大人なのに抱っこされてるの?」
「えっ・・・いや、あの~何でだろうね~。」
あたふたしている秀輝を、女児は渋い顔で見つめている。
「このお姉ちゃんね、少し頭が痛い痛いだから~。」
何てことを言うのだと、史美は秀輝の後頭部を平手で叩く。
「抱っこは、赤ちゃんだけってママが言ってたよ。」
秀輝は抱き上げていた史美を慌てて下に下ろした。史美は膝をついて、女児の目線に合わせる。
「お名前は?」
「愛ちゃん。」
ぷくっとした頬がとても可愛い。
愛が身につけている鈴蘭のネックレスが、陽の光に照らされて胸元がキラキラと輝いている。
「愛ちゃん、可愛いネックレスね。」
「うん!ママのなの~」
「そうなの~。」
「これね、パパがママにプレゼントしたんだって。ママの宝物なの。」
愛は自慢そうに、史美に見せびらかしている。
「お姉ちゃん知ってる?スズランっていうの、このお花。」
「そうなんだ。」
「ジュンアイって知っている?ママが言ってたの~」
「花言葉かな?よく覚えているんだね。へぇ~。」
秀輝は感心して鼻の穴を膨らませている。
「ねぇ、ジュンアイって何?」
あまりに唐突な質問に秀輝は戸惑ってしまう。
「何って・・・。」
答えに困る秀輝は、史美に助け船を求めて顔を覗き込む。
「純愛ってね、あなたが世界で一番大好きって意味なのよ。」
「じゃあ、パパとママはジュンアイなの?」
「そうね・・・。」
「ふ~ん。」
納得しているかは不明だが、愛は史美と秀輝をジッと見つめている。
「お姉ちゃんたちもジュンアイ?」
「えっ~と・・・。」
秀輝は愛に伝わるかどうか迷っている。
隣の史美は、“ 大丈夫 ”と秀輝に目配せして答える。
「そうよ。」
「おう!」
秀輝も力強く相槌を打って愛の頭を優しく撫でた。
「そっか!お姉ちゃん!バイバイ!」
愛は史美と秀輝に輝く笑顔を振りまいて、母親のところへ走り去っていった。母親は愛を抱き上げ、史美と秀輝に軽く会釈をした。その後ろで父親が頭を掻きながら苦笑いして史美と秀輝に頭を下げる。
「ねぇ、あの人がパパだよね。」
「そうみたいだな・・・。」
“ なんかヒデちゃんに似てる。”
見るからに奥さん一途なところが、佇まいでわかってしまう。
史美は秀輝の顔を見ながらクスッと笑う。
「なんだよ。」
「別に・・・。」
「アーッ!気持ちいいなぁ。」
史美と秀輝は、青く澄み渡る空を仰いで叫ぶ。
繋いだ手を、互いに強く握りしめる。
「ヒデちゃん。」
「ん?」
「これからも、ずっと・・・。アタシのこと守ってくれる?」
「うん。」
秀輝は人目もはばからず、史美を抱き締めた。
“ アンタの事は、アタシが守るからね。”
秀輝の温もりを体全体に感じながら、そう強く思った。
史美も秀輝の背に手をまわし、思いっきり抱き締める。長い間、伝えられずにいた思いを込めて。
「ずっと、一緒にいような。」
「うん。」
爽やかな陽射しの中、横浜の心地よい潮の香りが2人をいつまでも包んでいた。
【完】
秀輝がリハビリをしている間に梅雨は過ぎて、ひどく暑かった夏も終わりを迎えようとしていた。
史美は秀輝に代わって受付けロビーで退院手続きをしていた。
秀輝の視線が気になって横を見る。鼻の下を伸ばしている秀輝が史美を見つめていた。
「何?」
「ん?・・・別に。」
秀輝の気持ちを知ってから、史美はこの感覚を楽しんでいる。こんな明からさまなビームに何故今まで気づかなかったのだろう。
「な~に。」
史美はからかうように秀輝に顔を近づけて、ソワソワしている様子にほくそ笑む。
「何だよ。」
秀輝の父/厚史と母/伊久子は、締まりのない息子の姿に呆れてしまっている。
病院には退院の連絡をしていた和明たちが駆け付けて来た。
「来てくれたの。ありがとう・・・。」
「良かったね~。」
眞江が史美の手を取って喜んでいる。
「おい、桐原~。退院したのは俺なんだけど・・・。」
「こんなになったのは自分のせい。大変な思いをするのは当たり前でしょ!言ってみれば自業自得!アタシはね、篠塚から解放された田原に良かったねって言ってるの!」
「キッツイな~」
史美と眞江は、秀輝をからかって楽しんでいる。
笑い転げている史美と眞江の前に、誠が可憐で色白の女性を連れて来る。
「尚美ちゃん!」
隣にいた秀輝が叫ぶ。
「田原史美さんですよね?はじめまして、私・・・森田尚美っていいます。篠塚さんとは、この人を通じて仲良くさせてもらってるんです。」
史美たちより3~4歳ほど年若だと思うが、まるで女子高生のように清純な雰囲気があった。
" あ・・・。この人が西條君が言ってた、例の女の子か・・・。"
誠と尚美は、隣りにいる秀輝には目もくれず史美と話をしている。
「ちょっと、お前ら・・・さっきから面白すぎることしてくれてんじゃね~の。」
ワザと無視をしていたことに、やっと気付いた秀輝を餌にしてさらに史美たちが盛り上がる。
親睦を深めている史美たちのところへ、担当医の芳山が通りがかり声を掛ける。
「ちょっと、皆さ~ん。病院内はお静かに!」
史美が芳山医師の声に振り返る。
「そうか~今日退院でしたね。おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
史美と秀輝が声を合わせて礼を言う。
「全く人騒がせな患者さんでしたね。もう二度とこんな可愛い彼女を心配させないように・・・いいですね。」
昏睡状態だった秀輝のそばを離れず、ずっと手を握りしめ看病をしていた史美を知っていた。意識を取り戻した後も献身的にリハビリに付き添っていた史美の献身ぶりは、ナースセンターでも評判になっていたのだ。
「すみません。」
恐縮している史美に対して、その隣で秀輝は“ 可愛い彼女 ”と言われたことに照れてニヤついている。見るに見かねた厚史が、デレデレし通し秀輝の頭を叩く。
「イッテ―!」
「しっかりしろよ!ハードボイルド!」
頭を押さえて悶絶している秀輝の姿に一同が笑い出す。仲間たちにいじられ、顔を歪めている秀輝を見ながら、史美は心地よい幸せを感じていた。
以前、俊一からプロポーズされた時、何かを失いそうな気がして途方に暮れた。その存在が近過ぎて、そこにあるのが当たり前で見えなくなっていたのだ。気付かせてくれたのは、他でもない沙帆だった。秀輝が沙帆のところへ行ってしまうかも知れない。その不安は次第に大きくなり、存在の大きさを知ることになった。
“ アタシには、アンタが必要なの。”
史美の心は、無意識にそう叫んでいた。
一番大切なものは、すぐ側にあるものなのかも知れない。
恋している気持ちは表に出るから気づきやすい。でも、愛は心に映るものだから、気付くことが難しくて誰もが苦しんだり傷付いたりする。
そう言えば・・・、本の読み聞かせを授業でやった時、サン=テグジュペリの “ 星の王子さま ”を読んだ。その中に、こんな一説があった。
「心で見なくちゃ、物事はよく見えないってことさ。大事なことは、目に見えないんだよ。」
心で見るって何だか難しくて、とても大変で、途方に暮れてしまいそうになる。
でも・・・秀輝と一緒にいれば、そんな不安は感じなくなるかも知れない。自分をずっと心で見つめてくれる秀輝が側にいてくれるから。
” お前の側で、俺がずっと守るからな。"
これが最近の秀輝の口癖だ。これほどまでに愛してくれる秀輝が、史美には堪らなく愛しい。ほっこりした感情が史美を包んでいた。
そう言えば秀輝のリハビリの最中、史美はふと思ったことがあった。
“ アタシ・・・。アンタに何もしてあげてない。”
不意にそんな思いに駆られ、秀輝にそう漏らしてしまった。してもらってばかりの自分が、情けなくて悔しくて堪らなかった。
しかし秀輝は、いつものように優しく笑って史美に答えた。
“ 俺なんか・・・。ずっと前から、してもらってばかりだよ。”
自分の弱さを見せるって、とても勇気がいるしプライドが邪魔をする。大したプライドでもないのに、どうして出来ないのだろう。
でも秀輝になら、それが見せられる。秀輝ならきっと、どんな自分でも受け止めてくれるはずだから。
受け入れてくれる人がいるって、それだけで自分に自信が湧いてくる。秀輝と一緒にいると自分のことも好きになれる。
“ こんなに人を好きになる秀輝君も凄いけど、それほどまでに想われるあなただって凄いのよねぇ・・・。”
スナックのママである華が史美に言ってくれた言葉だったが、今なら素直にそれを受け入れられる。
秀輝はきっと、これからも今まで以上に自分を愛してくれる。史美の笑顔のためなら、どんなことでもするに違いない。形振り構わず愛を注いでくれた秀輝に、してあげたい事が止め処なく溢れてくる。
そうやって互いに与え合って、心を思い遣ることが大事なのだと、秀輝を見ていると史美はしみじみと感じてしまう。愛し合うって、そういう事なのかな・・・と。
和明たち冷やかしの集中砲火浴びながらも、秀輝は史美へ絶えず視線を送っている。史美が秀輝へ目配せをすると、テンション高く余計に舞い上がっていた。
「ちょっと、さっきから何浸ってんのよ。」
隣でニヤついている史美を、眞江が冷やかしに来る。
「いいでしょう。」
史美と眞江は、互いの顔を見合わせて笑っている。
「先生!」
退院を聞きつけた琢磨が、和佳子に付き添われて病院に現れる。
「琢磨くん!」
和佳子は史美と秀輝に向かって頭を下げる。
「今日、退院されると聞いたもので。琢磨、先生に話があるんでしょ。」
琢磨の両親との誤解も解けた史美は、それから誰はばかることなく応援を続けている。
「先生、ずっと応援してくれてありがとう。また、練習があるから見に来てね。リハビリも頑張るから。」
「わかった。ありがとう。アタシたち、ずっと友達だもんね。」
「うん。」
秀輝が自分も混ぜろと、2人の間に割って入る。
「おい。俺も友達だよな。」
「先生~っ。彼氏って、ホントにこの人?」
琢磨は怪訝な顔をして秀輝を見る。琢磨は、憧れている史美の彼氏が秀輝だった事に以前から幻滅していた。
「そうよ。」
「何だよ、文句あんのか?」
琢磨とのやり取りに和明たちが一斉に笑い出す。
「ライバル出現だな。」
「そうみたいね・・・。」
晴れ晴れとした史美と秀輝の笑顔を、眞江と和明はとても満足そうに眺めていた。
※ ※ ※
史美と秀輝は眞江や和明たちと別れ、横浜臨港パーク広場にある青々と生い茂る芝生の上を歩いている。
湿気を帯び肌に纏わりついていた夏の風は、秋を迎えようと準備を始めたように爽やかな風へと変わっていた。
史美と秀輝は、海から来る潮風を受けながら雲ひとつない空を仰ぎ見た。
「わぁ、いい天気。」
「気持っちいいな。」
「ねぇ・・・ヒデちゃん。」
「ん?」
「アタシ、ヒデちゃんって呼んでいい?」
「えっ?」
「だって、沙帆ちゃんだけ、あんな呼び方してさ。」
「いいよ。」
「アタシは、ヒデちゃんに決~めた。」
横浜臨港パーク広場は、カップルや家族連れなどで賑わっていた。横浜の観光スポットは、いつでもその賑やかさを失わない。
二人の目の前に突然、ボールが転がってくる。秀輝はボールを追いかけ、キャッチボールをしている親子へ投げ返した。
史美は投げ返す秀輝の背中をじっと見つめている。
「ヒデちゃん!」
史美に呼ばれて秀輝は振り返る。
「おう!」
史美は勢いよく走ってきて秀輝に抱きついた。
勢いよく抱きつかれ、秀輝は史美を抱えながら芝生の上に倒れてしまう。2人はそのまま芝生の上を転がっている。
「痛ったーい!信じらんない!ちゃんと受け止めてよ!」
「アホ!俺は、まだ病み上がりだっつーの。」
「情けないな!お姫様抱っこしてもらおうと思ったのに!」
「のやろ~!」
芝生の上を転がっていた秀輝が起き上がり、史美をいきなりお姫様抱っこする。
「ちょっと!やめてよ。」
「さっきはな、不意を突かれたから出来なかったんだよ。」
「バカじゃないの、冗談に決まってるでしょ!恥ずかしいから早く下ろしてよ!」
史美の慌て振りを面白がっている秀輝は、お姫様抱っこをしたまま下に下ろさない。ふざけ合っている史美と秀輝に、どこからか興味を持った女児が駆け寄ってくる。
「ねぇ、何やってんの?」
お姫様抱っこしたまま、声のする方へ振り返る。4~5歳くらいの可愛い女の子が、上目づかいで見つめてくる。
「ねぇねぇ。何でお姉ちゃん、大人なのに抱っこされてるの?」
「えっ・・・いや、あの~何でだろうね~。」
あたふたしている秀輝を、女児は渋い顔で見つめている。
「このお姉ちゃんね、少し頭が痛い痛いだから~。」
何てことを言うのだと、史美は秀輝の後頭部を平手で叩く。
「抱っこは、赤ちゃんだけってママが言ってたよ。」
秀輝は抱き上げていた史美を慌てて下に下ろした。史美は膝をついて、女児の目線に合わせる。
「お名前は?」
「愛ちゃん。」
ぷくっとした頬がとても可愛い。
愛が身につけている鈴蘭のネックレスが、陽の光に照らされて胸元がキラキラと輝いている。
「愛ちゃん、可愛いネックレスね。」
「うん!ママのなの~」
「そうなの~。」
「これね、パパがママにプレゼントしたんだって。ママの宝物なの。」
愛は自慢そうに、史美に見せびらかしている。
「お姉ちゃん知ってる?スズランっていうの、このお花。」
「そうなんだ。」
「ジュンアイって知っている?ママが言ってたの~」
「花言葉かな?よく覚えているんだね。へぇ~。」
秀輝は感心して鼻の穴を膨らませている。
「ねぇ、ジュンアイって何?」
あまりに唐突な質問に秀輝は戸惑ってしまう。
「何って・・・。」
答えに困る秀輝は、史美に助け船を求めて顔を覗き込む。
「純愛ってね、あなたが世界で一番大好きって意味なのよ。」
「じゃあ、パパとママはジュンアイなの?」
「そうね・・・。」
「ふ~ん。」
納得しているかは不明だが、愛は史美と秀輝をジッと見つめている。
「お姉ちゃんたちもジュンアイ?」
「えっ~と・・・。」
秀輝は愛に伝わるかどうか迷っている。
隣の史美は、“ 大丈夫 ”と秀輝に目配せして答える。
「そうよ。」
「おう!」
秀輝も力強く相槌を打って愛の頭を優しく撫でた。
「そっか!お姉ちゃん!バイバイ!」
愛は史美と秀輝に輝く笑顔を振りまいて、母親のところへ走り去っていった。母親は愛を抱き上げ、史美と秀輝に軽く会釈をした。その後ろで父親が頭を掻きながら苦笑いして史美と秀輝に頭を下げる。
「ねぇ、あの人がパパだよね。」
「そうみたいだな・・・。」
“ なんかヒデちゃんに似てる。”
見るからに奥さん一途なところが、佇まいでわかってしまう。
史美は秀輝の顔を見ながらクスッと笑う。
「なんだよ。」
「別に・・・。」
「アーッ!気持ちいいなぁ。」
史美と秀輝は、青く澄み渡る空を仰いで叫ぶ。
繋いだ手を、互いに強く握りしめる。
「ヒデちゃん。」
「ん?」
「これからも、ずっと・・・。アタシのこと守ってくれる?」
「うん。」
秀輝は人目もはばからず、史美を抱き締めた。
“ アンタの事は、アタシが守るからね。”
秀輝の温もりを体全体に感じながら、そう強く思った。
史美も秀輝の背に手をまわし、思いっきり抱き締める。長い間、伝えられずにいた思いを込めて。
「ずっと、一緒にいような。」
「うん。」
爽やかな陽射しの中、横浜の心地よい潮の香りが2人をいつまでも包んでいた。
【完】
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作品のリアリティーにも感じ入りました。実話のようなストーリーに、いつの間にかひきこまれて引き込まれてしまいました。また、もう一度読み返してみたいです。
作品登録しときますね(^^)
ありがとうございます。よろしくお願いいたします。