負け犬様

ジョン・グレイディー

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第五章

負け犬様の想い

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 最高気温35度、空の雲が役立たずのボロ雑巾のように見える猛暑日

 お盆になっても刑務所のような予備校寮には年中行事は無縁である。

 冷房の効いた寮内でパチンコで小銭まで吸い取られた世捨て人の輩が暇を持て余している。

 男性寮のむさ苦しい中、ベテラン組(二浪、三浪)はアバズレ女を連れ込み、イチャイチャしてやがる。

 それを傍目に女に飢えた哀しい輩は虚しく過去の栄光にしがみついていた。

 その頃、寮内の流行事と言えば、各自の卒業アルバムを見せ合い、別嬪の女子を眺め合うといった虚しく儚い所作が行われていた。

「これが俺の彼女さ。」

「おぉ、可愛いやん!、幸雄の彼女はどれ?」

「これこれ!この女!」

「不細工やぁのぉ~、幸雄は女を見る目があるんかい?」

「まぁ、彼女が居るだけ、良かやん!」

「そうやぁのぉ~」

 こんな具合に目くそ鼻くそのお遊びに興じていた。

 俺は、なるほどと勘づいた。

(これか!これが、負け犬様が暗示していたことか!)

(こんな馬鹿馬鹿しいお遊びで中川と再会なんぞ出来るはずがないよ)

 俺は、そう負け犬様の言いつけをある意味軽く見ていた。

「大介!お前の彼女はどれだい?」

「長野、やめとけ…、大介には暗い過去があるんや…」

 俺と同じ高校の山野がニヤニヤ笑いながら俺を煽る。

「うるさい山野!

 俺の彼女はコイツだ!」と

 俺は3年4組のページを開き、中川の写真を指差した。

「おぉ~、凄かぁ、美人やないか~」

「大介の女が一番可愛かぁ~」

「大介?付き合っとんかい?」

「………………」

 すかさず山野が口を開く。

「速攻で振られたんですよ。大介君は!」

「大介が振られる!お前、カッコいいのに、なんちゅう女や!」

 山野が付け足す。

「バレンタインで大介に求愛したにもかかわらず、次の日は悪魔のような不気味な奴の彼女になっていたんや!」

「意味わからん!なんや、その女!」

「狐みたいな女やぁのぉ~」

 俺は山野に言わせておいた。事実は事実に相違なかったから…

「せやったら彼女やないやん!元カノやな。」

 俺は重い口を開いた。

「そうだが…、もう一度、この女から告白され掛かったことがあってね…」

「告白され掛かった…、されてないのか?」

「当たり前だ!俺を1日で振った女に用はあるかい!」

「やるねぇ~、大介!」

 また、山野がニヤニヤしながら俺を煽る。

「でもね、この男前の大介君は未練たっぷりなんですよ。この女にね。なぁ~、大介君!」
 
「未練て言うか?どうして、俺よりこの悪魔のような男を選んだのか?
 それが分からんのよなぁ~」と

 俺は中川と同じクラスの悪魔の男を指差した。

「うわぁ~、これは酷かねえ~、デビルマンやなぁ~」

「大介の元カノは不男好みか!」

「よく分からん!女の考えていることは…」

 その時

「よし!俺が調べちゃる!」と

 この馬鹿馬鹿しいおままごとの主催者である長野がそう叫ぶと、

「裏や、アルバムの裏や、ほら!住所が載ってる!

 俺がこの中川と言う女にお前の友として手紙を書いちゃる!」

「いいよぉ~、長野!勘弁してくれ~、恥の上塗りになるよ…」

「いや!大介が振られる訳がない!

 ましてや、こんなデビルマンみたいな男に負けるなんか!

 何か理由があるんや!」

「………………」

「大介!俺に任せんしゃい!」

(これだ!負け犬様の予言!これだったのか!)

 俺は改めて負け犬様の存在を確信し、思わず耳元を手探っていた。

 その夜

 やはり、負け犬様が現れて来た。

【『大介、俺の忠告を守らなかったな。』

「遊びさ。中川は俺なんか相手にしないよ。それにアイツは大学生さ。彼氏がいるよ!」

『嘘を言うな!お前は分かっているはずだ。中川は必ずお前の一手に反応することを、お前は承知している。』

「………………」

『お前は振られたままではない。

 中川はもう一度、お前に求愛しようとした。

 お前はそれに応えなかった。

 現在進行形の事実としては、お前が逆に振ったことになっている。』

「………………」

『お前はそれを分かっている。それを棚に置き、未だに振られた悲劇の主人公に成り下がっている。

 それで気持ち良いのか?

 よう、大介?

 悲劇の主人公が心地よいのか?』

「おいおい、負け犬様、アンタはどっちの味方なんだよ?

 中川の味方か?」

『俺は言った筈だ。

 お前は中川と一言も話したことなどない。

 お前は中川の気持ちを分かってないと』
 
「中川は本当に俺のことを好きなのか?」

『そうだ。』

「………………」

『お前の寮友の手紙に必ず中川は反応する。』

「中川と逢えるか?」

『逢える。』

「良いじゃないか!願い通りだ!」

『それで本当に良いのか?

 大介?

 他人に頼っての再会だ。

 ましてや、お前は浪人生、荒んな生活を送っているお前が、正々堂々と中川の前に立てるか?』

「関係ない!逢えば分かる。奴の本心が…」

『彼女を追い詰めるなよ。』

「負け犬様、もしかして、まだ、負け犬様は中川のことを好きなのか?」

『そうだ。想いは死んでも消えない。』

「………………」

『先は言わぬ。

 ただ、彼女を追い詰めるな!』

「何か問題があるんだね?

 中川に何か問題が?」

『時期に分かる。』

「何が問題なんだ!

 負け犬様、教えろよ!

 俺は二度目の咬ませ犬は懲り懲りだ!

 負け犬様の二の舞いは嫌なんだ!」

『そのつもりで俺は現れている。

 お前が俺みたいに死んでも悔恨の渦に巻き込まれる屍にならぬよう、俺はお前に忠告している。』

「………………」

『やはり、大介は俺だ…

 生まれ方と育ち方は変えても、底にあるアイデンティティは変えることが出来ないということか…』

「何?

 訳の分からないこと言って!

 俺に何をしたんだ?」

『神との約束さ。』

「何を約束したんだ!」

『俺が来世は幸福になるよう約束したんだ。』

「ならば、余計なことするなよ!

 神様に任せておけば良いじゃないか!」

『神は今ひとつ信用できない。』

「それはお前の勝手だ!

 俺は神を信じる。」

『勝手にしろ!

 兎に角、彼女を追い込むな!

 それだけは言っておく!

 良いか!大介!』

「分かった。」】

 朝起きると身体中、びっしゃりと汗をかいていた。

 部屋の冷房機が停止していた。

 俺は徐にリモンコンで冷房を稼働させた。

 そして、汗を拭いながら、目を瞑り、冷風に耳元を晒しながら、こう囁いた。

「心配するな。彼女を追い詰めたりしないから…

 心配するなよ、負け犬様…」
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