負け犬様

ジョン・グレイディー

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第四章

負け犬様に抗う恋

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「奴が言った通りだった…」

 俺は今、廃墟病院をリニューアルした予備校の寮の部屋の中に居る。

 そこにはプライベートは無い。

 ドアに小窓が取付けられ、外部から簡単に部屋内が監視できる。

 俺はドア窓から視界の届かない2段ベットの下段の壁寄りに布団を被り隠れている。

 散々な高校生活だった。

 あの女に翻弄され続けた青春だった。

 俺は片想いのまま中川と同じ高校に進学した。

 高校一年の2月14日、そう、聖バレンタインの日、奇跡が起こった。

 何と中川から呼び出され、チョコレートを貰った。

 舞い上がっていた俺は中川が何と言ったかも覚えてなく、ただただ、チョコレートを受け取った。

 俺はこの既成事実により中川と恋人になれたと確信していた。

 しかし、まさかだ…

 中川は翌日、他の男と付き合っていた。

 こんな事があるのか…

 こんな結末、予想できるか…

 負け犬様が言っていた。

『咬ませ犬になるぞ』と

 咬ませ犬にはなったが、何故、中川は俺をそう利用する必要があったのか…

 全く分からない。

 惨めそのものだった。

 結局、義理チョコというのが俺の恋の成果物となった。

 俺は全てにやる気を失った。

 分かるだろ!

 衝撃の一目惚れ、結婚するまで想っていた人から突然の奇跡の行為を受け、蛸のように空高く舞い上がらさせられ、突然、糸を切られた。

 ほんと…、全ての目標を失うと同時に、人間不信に陥ったよ。

 野球部も辞めた。

 彼女は野球よりバレーボールが好きみたいだ。

 グレ捲ったよ。

 全てに反抗した。

 先公、ポリ公、そして、周りのエテ公どもに抗い続けた。

 中川の糞女は、悪魔のような顔をした不気味な男と校内中を手を繋いで歩き回っていたよ。

 これ見よがしにな。

 それがだ!

 高校二年になると、中川の奴、何故かその悪魔顔の男と別れちまった。

 そしてだ!

 事もあろうに、また、俺を呼びに使者を寄越しやがった。

 その使者が俺に言う。

「浩子の気持ちを聞いてあげてください。」と

 腐れ!

 誰が聞くか!

 俺をドン底に堕として置きながら、自分が悪魔と別れたら、のこのこと俺に擦り寄るのか!

 当然、俺は行かなかったよ。

 腑が煮え繰り返ったよ。

「何であんな腐れ女に一目惚れなんかしちまったんだ…」と

 自分自身にも腹が立ったよ。

 惨めで惨めで荒んだ高校生活

 女に振り回され、喧嘩に明け暮れ、先公に見放され、親も嘆き、卒業式も行かなかった。

 挙げ句の果て大学受験は当然の如く失敗し、この有様だ。

 あの時、負け犬様の言う通り、あの女を嫌いになっておけば良かったんだ…

 俺は馬鹿だった…

 俺はこんな風に牢屋のような予備校の一室に閉じ籠り、汚水まみれのドブ川のように流れて行った青春時代を未練がましく回顧する日々を送っていた。

 そんな予備校生活も3ヶ月が過ぎ、また、夏がやって来た。

 その頃には予備校寮の悪友も増え、パチンコ、酒に明け暮れ、勉強なんて全く持って脳裏の片隅にも無い愚行に走っていた。

 ある日

 俺は悪友達と夜中に寮を抜け出し、繁華街で大酒を呑み、飲みつぶれ、終電を逃し、駅のホームで浮浪者共と一緒にひっくり返って寝込んでいた。

【『大介、大介』と誰かが俺を呼んでいる。

 俺は「はっ」と気付いた。

「負け犬様…、負け犬様かい!」

『負け犬様…、暫く現れん間に、俺の呼び名は負け犬様か…

 まぁ~良い!

 それより、大介!

 良い感じじゃないか!』

「何が良い感じだい?全然駄目じゃないか!

 中川と結婚するどころか、弄ばれ、グレまくり、そして、浪人…、最悪だよ…、

 負け犬様は全く出て来ないし…」

『俺のせいにするな。俺は言ったはずだ。

 中川浩子を嫌えと。

 それをお前は聞かなかった。

 どうだい?

 俺の言った通りだろ?

 あの女に振り回されたなぁ~、大介!』

「あぁ~、振り回されたよ。こてんこてんにやられたよ。

 酷い女だ…」

『「酷い女」か…

 大介、お前は中川浩子と結局、一言も会話もしてない。

 中川浩子の思いは何も分かっちゃいない。

 そうだろう?』

「仰る通りさ。

 あの女、何を考えているのか、さっぱり分かんねえよ!

 もう懲りたよ。」

『そうか!

 もう結婚しなくても良いんだな?

 中川浩子と!』

「………………」

『やっぱり…

 危惧した通りだ。

 今日来て良かったわい。

 大介よぉ!

 お前はあんなに中川浩子から弄ばれても、未だに忘れられないんだろう?

 あの女を?』

「もういいよ…、もう勘弁してくれって、思うんだが…

 スッキリしないんだ。

 どうして、俺を「咬ませ犬」に使ったのか…

 理由を知りたくて…」

『ふぅ~、危ない危ない!

 やっぱり、コイツ、全然懲りてないわい。

 大介!

 いいか!

 中川浩子の事は二度と考えるな!

 二度と好きになるな!

 あの惨めな「咬ませ犬」となった事実を受け止めろ!』

「負け犬様…

 何故、そう言うの?

 どうして今日、現れたの?

 また何かが起こるんだね!

 中川浩子の関係で!」

『うむ。相変わらず察しは良いのぉ~。

 大介!

 良いか!

 誰に聞かれても、決して、「中川浩子」が好きだったと言ってはならぬ!』

「言ったら…、もし、中川浩子が好きと言ったら…、どうなるの?

 また、あいつと逢えるの?

 そうだ!

 負け犬様は中川浩子と付き合えると言ったよなぁ!

 今度こそ、俺は中川と付き合えるかい?

 そうなんだね?」

『………………』

「負け犬様、そうなんだね?

 負け犬様!

 教えて!

 負け犬様!」

『負け犬、負け犬と続けて言うな!

 気分が悪いわ!』

「だったら言わないから!

 教えてください!

 俺は中川浩子と付き合えるんですね!」

『今度も咬ませ犬だ』

「今度も…、咬ませ犬…、

 いや!

 俺はならない!

 俺は昔程弱くない!

 そんな役は俺がぶち壊す!」

『大介…、今のお前は俺の20歳の時とそっくりじゃぁ。

 強くなった…

 試練を味わい、どん底を見て、お前は強くなった。

 失恋を味わい、喧嘩根性を身につけ、「人を見返す!」というエネルギーが沸々と湧き上がっているはずだ!

 そのエネルギーがこれからの人生でお前の最大の武器となる。

 ただ…』

「なんだい?ただ…、何なの?」

『ただ、もう一度言う。

 中川浩子を嫌いになれ!』

「嫌だ!」

『俺の言うことを聞かないと酷い目に遭うぞ!』

「嫌だ!

 負け犬様は褒めてくれた。

 今ある俺を褒めてくれた。

 試練を味わい、逆境に強くなる俺を負け犬様は望んでいる。

 そうだろう?負け犬様?

 また、俺を試しているだろう?

 中川浩子に俺が、自分が通用するかどうか、試しているんだろう?」

『またしても小癪なことを吐かしやがる。

 二度目の咬ませ犬に耐えられるか!

 途轍もない虚無感

 真っ暗闇の絶望感

 死神のような鬱がお前を待ち構えている!

 それでも良いか?』

「あぁ~、構わない!

 俺はあいつに会って、真相を知りたいんだよ!

 俺のことが本当に好きか?

 それだけを知りたいんだ!」

『大介、俺も同じ事を思ったよ。

 あの時な…

 俺もあの女をある意味信じていた…』

「中川は俺のこと好きではないの?」

『違う。それは違う。』

「そっか!ならば、何とかなる。

 俺はこうして負け犬様から事前に根回しがあるんだ。

 二度目の咬ませ犬になんて、絶対にならない!」

『大介…、お前は一つ気付いてない。』

「何?」

『あの女、中川浩子が前世に悔いがなければ、俺との関係に悔いがなければ、あの女は変わらない。』

「なんだよ!

 負け犬様は『俺の言うことを聞けば全て上手く行く』と言ったじゃないか!

 預言者だろう!」

『俺は預言者ではない。

 過去のお前だ。

 俺はお前を変えることができても、他人を変えることはできない。

 それにだ!

 大介!お前は俺の言うことを聞いていない!

 俺は初めから中川浩子を嫌いになれと言っている。』

「………………」

『良いか、大介!

 誰に聞かれても中川浩子が好きだったと言ってはならぬ!

 良いか!

 すれば、全て上手く行く。』

 カツン、カツンと俺の耳元でハイヒールの音が木霊している。

 俺は夢から覚めた。

 朝の通勤ラッシュでごった返す駅のホームにゲロまみれで俺はうつ伏せに寝ている。

 誰もが俺を汚物のように避けて通っていた。

 俺は起き上がり、ゲロで汚れたT シャツで口を拭き、徐に立ち上がった。

「負け犬様の仰る通り……か!

 俺は負け犬様にも抗うよ!」と

 一言呟き、ドアの開いた満員電車に飛び乗った。

 

 
 
 

 



 
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