7 / 21
本編
第七話 手紙に記された、アーニャの旅路
しおりを挟む
そして話は冒頭へと戻る。
アンナとフルトブラントは、世界中の伝説や、神話の元となった地を尋ね歩いた。
バルドゥールの元に定期的に届く手紙には、やれノームの森へ辿り着き叡智を授かっただの。ドワーフと(フルトブラントが)酒を飲み交わし、鉱山で富を約束する金剛石を採掘しただの。エルフの里へは入れなかったが、はぐれエルフから乙女の弓矢を貰っただの。人魚の畔で、平和と安寧を齎す歌を教わっただの。旅の仲間が増えただの。
まるでバルドゥールが幼き頃夢見た冒険譚そのものが綴られていた。
そしてこれから行く先は、ドラゴンの住まう活火山だとか。
これまでとは格段に危険度の増す場所。そして相手。
アンナのため。バルドゥールは、ゲルプ王で最も優れた刀匠に、魔剣を急ぎ作らせた。
アンナの細腕でも振るえるような、軽量で刃幅の狭く刃渡りの短い、しかしながら刃を軽くあてただけで、対象を裂くような。鋭利でいて、殺傷能力の高い一品。
金剛石より硬いと言われるドラゴンの鱗をも貫くよう、願い、鍛えられた刀。
アンナが自身に刃を当てても、決して切られぬよう。アンナを主と定めた防御魔法も、施されている。
ちなみにフルトブラントの魔剣も、オマケに拵えてやった。
はてさてアンナの魔剣に纏わせる魔法属性は、火か水か雷か。
それがバルドゥールの悩む赤、青、黄の三色である。
「火だろうが、水だろうが、雷だろうが。ドラゴンにダメージを与えられる程の、膨大な魔力を纏わせることは、さすがに出来ませんからねぇ」
活火山で眠りにつくドラゴンと対峙するには、火か水か雷か。どの属性魔法が最も効果的なのかと尋ねるバルドゥールに、侍従はあっさりと告げた。
どれも変わらない、と。
ドラゴンに僅かな傷でも残すためには、とんでもない出力の魔力を要する。
それほどの魔力をどこから掻き集めるのか、という問題もあるのだが。まずそんな天文学的数値の魔力に耐えうる魔石など、ゲルプ王国のどこを探したって存在しない。
「うん……。利便性とアーニャの好みで選ぶしかないよね……」
バルドゥールは、はぁーっと重い溜息をつく。
活火山という場所からして、やはり水だろうか。
しかし水属性の魔法については、既に神話レベルの能力を獲得しているらしい。それほどまでの力を得た経緯も、理由も正体も。何も知らされていないが。
既に得ているらしい水属性の魔法。その獲得している能力より、比べようもない程に劣るレベルで付加することに、意味はあるのか。
火も雷も、活火山では自然発生しているというのもあるが、そんなものを活火山で振るえば非常に危険であることは明白だ。まあそれを言えば水も同じくだが。
となると、もはやアンナの好きな色、という観点でいいのではないだろうか。
バルドゥールは疲れた頭で、若干投げやりに結論づけた。
「まぁ、どうせ贈れやしないんだけどね」
バルドゥールは乾いた笑いを漏らした。
自嘲の色濃く滲んだ声色に、侍従が痛ましげな視線を寄こす。
バルドゥールは力無く手を振ることで、それを遮った。
もう二年もアンナに会っていない。
手紙だってアンナから送られてくるだけで、バルドゥールからは全く届けられずにいる。
手紙に押された証示印からアンナの居場所を探っても、いつも既に立ち去ったあと。
アンナは立ち去った後でしか、居場所をバルドゥールに伝えない。
バルドゥールがゲルプ国の腕利きの間諜を使ってもアンナの後を追えない。かすりもしない。
侍従が先程指摘した通り、どれ程バルドゥールが悩もうが。この魔剣だってアンナに贈る算段などつかない。
寂しくて、苦しくて、悲しくて、悔しくて、腹立たしくて。どうにかなってしまいそうだ。
だけど、一縷の望みがバルドゥールを励ます。
それは数日前に届いたアンナからの手紙に記された変化だ。
ドラゴンの元へ向かうとあった。
これまでは報告だけしか綴られなかったアンナの手紙。しかしこの手紙には、初めて予定が記されていた。
どこの活火山なのか、全く見当もつかなかったが。
バルドゥールが調べさせたところ、眠れるドラゴンがいるだろう活火山など、この世のどこにもなかった。
とはいえ、この変化が何を意味するのか。
「ドラゴン……、ドラゴンね……」
バルドゥールは、絵本『海を渡ったアーニャ』を頭に思い浮かべる。
アーニャはあの絵本のことを、建国にまつわる逸話だと言っていた。
初代女王の冒険譚。そしてアーニャが辿る道標。
絵本にドラゴンなど出てこなかった。
これほど存在感の強い架空生物なのだ。登場していて気がつかない、なんてことはない。
「どうしてアーニャは、ドラゴンなど探すんだ?」
アンナとフルトブラントは、世界中の伝説や、神話の元となった地を尋ね歩いた。
バルドゥールの元に定期的に届く手紙には、やれノームの森へ辿り着き叡智を授かっただの。ドワーフと(フルトブラントが)酒を飲み交わし、鉱山で富を約束する金剛石を採掘しただの。エルフの里へは入れなかったが、はぐれエルフから乙女の弓矢を貰っただの。人魚の畔で、平和と安寧を齎す歌を教わっただの。旅の仲間が増えただの。
まるでバルドゥールが幼き頃夢見た冒険譚そのものが綴られていた。
そしてこれから行く先は、ドラゴンの住まう活火山だとか。
これまでとは格段に危険度の増す場所。そして相手。
アンナのため。バルドゥールは、ゲルプ王で最も優れた刀匠に、魔剣を急ぎ作らせた。
アンナの細腕でも振るえるような、軽量で刃幅の狭く刃渡りの短い、しかしながら刃を軽くあてただけで、対象を裂くような。鋭利でいて、殺傷能力の高い一品。
金剛石より硬いと言われるドラゴンの鱗をも貫くよう、願い、鍛えられた刀。
アンナが自身に刃を当てても、決して切られぬよう。アンナを主と定めた防御魔法も、施されている。
ちなみにフルトブラントの魔剣も、オマケに拵えてやった。
はてさてアンナの魔剣に纏わせる魔法属性は、火か水か雷か。
それがバルドゥールの悩む赤、青、黄の三色である。
「火だろうが、水だろうが、雷だろうが。ドラゴンにダメージを与えられる程の、膨大な魔力を纏わせることは、さすがに出来ませんからねぇ」
活火山で眠りにつくドラゴンと対峙するには、火か水か雷か。どの属性魔法が最も効果的なのかと尋ねるバルドゥールに、侍従はあっさりと告げた。
どれも変わらない、と。
ドラゴンに僅かな傷でも残すためには、とんでもない出力の魔力を要する。
それほどの魔力をどこから掻き集めるのか、という問題もあるのだが。まずそんな天文学的数値の魔力に耐えうる魔石など、ゲルプ王国のどこを探したって存在しない。
「うん……。利便性とアーニャの好みで選ぶしかないよね……」
バルドゥールは、はぁーっと重い溜息をつく。
活火山という場所からして、やはり水だろうか。
しかし水属性の魔法については、既に神話レベルの能力を獲得しているらしい。それほどまでの力を得た経緯も、理由も正体も。何も知らされていないが。
既に得ているらしい水属性の魔法。その獲得している能力より、比べようもない程に劣るレベルで付加することに、意味はあるのか。
火も雷も、活火山では自然発生しているというのもあるが、そんなものを活火山で振るえば非常に危険であることは明白だ。まあそれを言えば水も同じくだが。
となると、もはやアンナの好きな色、という観点でいいのではないだろうか。
バルドゥールは疲れた頭で、若干投げやりに結論づけた。
「まぁ、どうせ贈れやしないんだけどね」
バルドゥールは乾いた笑いを漏らした。
自嘲の色濃く滲んだ声色に、侍従が痛ましげな視線を寄こす。
バルドゥールは力無く手を振ることで、それを遮った。
もう二年もアンナに会っていない。
手紙だってアンナから送られてくるだけで、バルドゥールからは全く届けられずにいる。
手紙に押された証示印からアンナの居場所を探っても、いつも既に立ち去ったあと。
アンナは立ち去った後でしか、居場所をバルドゥールに伝えない。
バルドゥールがゲルプ国の腕利きの間諜を使ってもアンナの後を追えない。かすりもしない。
侍従が先程指摘した通り、どれ程バルドゥールが悩もうが。この魔剣だってアンナに贈る算段などつかない。
寂しくて、苦しくて、悲しくて、悔しくて、腹立たしくて。どうにかなってしまいそうだ。
だけど、一縷の望みがバルドゥールを励ます。
それは数日前に届いたアンナからの手紙に記された変化だ。
ドラゴンの元へ向かうとあった。
これまでは報告だけしか綴られなかったアンナの手紙。しかしこの手紙には、初めて予定が記されていた。
どこの活火山なのか、全く見当もつかなかったが。
バルドゥールが調べさせたところ、眠れるドラゴンがいるだろう活火山など、この世のどこにもなかった。
とはいえ、この変化が何を意味するのか。
「ドラゴン……、ドラゴンね……」
バルドゥールは、絵本『海を渡ったアーニャ』を頭に思い浮かべる。
アーニャはあの絵本のことを、建国にまつわる逸話だと言っていた。
初代女王の冒険譚。そしてアーニャが辿る道標。
絵本にドラゴンなど出てこなかった。
これほど存在感の強い架空生物なのだ。登場していて気がつかない、なんてことはない。
「どうしてアーニャは、ドラゴンなど探すんだ?」
0
お気に入りに追加
128
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
誤解の代償
トモ
恋愛
天涯孤独のエミリーは、真面目な性格と努力が実り、大手企業キングコーポレーションで働いている。キングファミリー次男で常務のディックの秘書として3年間働き、婚約者になった。結婚まで3か月となった日に、ディックの裏切りをみたエミリーは、婚約破棄。事情を知らない、ディックの兄、社長のコーネルに目をつけられたエミリーは、幸せになれるのか
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる