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本編

第六話 恋人たちの約束

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 アンナは悲しそうに眉根を寄せ、バルドゥールの手に自身の手を重ねた。


「バルと共に行けたらどんなにいいか……」


 まさかの否定にバルドゥールは身を強張らせる。
 アンナは弱弱しく首を振った。


「この冒険は一人だけ供をつけられることになっているけれど、その相手と生涯結ばれてはならないと条件がついているわ。だからダメなの。バルとは行けない。バル、貴方はわたしの……」


 アンナは顔を真っ赤にする。
 アンナの愛らしい姿にバルドゥールは、冒険の同行を断られた衝撃から立ち直る。
 照れ屋なアンナが素直に愛の言葉を口にすることは、とても少ない。


「君の……?」


 もじもじと口ごもってしまったアンナ。バルドゥールはじれったくて待ちきれず、つい先を促してしまう。
 アンナは「ううっ」と小さく呻くと顔を両手で覆った。


「……わたしの生涯を共に歩みたい人だから……」


 バルドゥールは力強くアンナを抱き寄せた。
 これまで壊れ物を扱うようにそっと優しく、丁寧な手つきで紳士的に接してきた。けれどこれは反則だ。こらえきれない。


「……アーニャ。僕はずっと待ってる。君が冒険を終えて戻ってくるのを、いつまでも待ってる」

「……ええ」

「だから無事に帰ってきて。お願いだから。僕を一人にしないで」


 震える声で小さなアンナに縋る自分は、なんて情けなくてみっともない男なんだろう。
 だけどどうしようもない。
 アンナへの想いが溢れ返って留まらず。一方でバルドゥールの見知らぬどこかで、アンナが倒れてしまったら。そんな最愛の人を喪うかもしれない恐怖が、身を凍らせる。


「ええ、勿論。大丈夫よ、バル。わたしは慎重だし、無理はしない。それにバルとの約束をわたしがこれまで違えたことがある?」


 未知の冒険に誰より恐れを抱いているはずのアンナは、穏やかな声でバルドゥールを慰め、震えるバルドゥールの背をゆっくりと撫でる。
 バルドゥールは四つも年下の少女に慰められ、不甲斐無さに情けなくなりながらも、アンナの柔らかな体の感触、匂い、体温を全身に刻む。


「……いや、ないな。アーニャはいつだって僕に誠実だった」


 ふふふ、とアンナが笑う。


「そうでしょう? だから安心して。バル。わたしの帰る場所は貴方なのよ」


 バルドゥールは腕の中に閉じ込めた天使に、白旗を挙げた。適わないな、と。
 そう言われてしまえば、見送るほかない。


「そうか。それなら大人しく待っていなくてはね。アーニャが安心して旅に出られるように、いつ帰ってきてもいいように、僕はゲルプとガウボーイの架け橋となって待っているよ」


 バルドゥールの返事にアンナは満足そうに頷いた。


「ところで」


 バルドゥールは腕の力を緩め、アンナの顔を覗き込む。


「冒険にはたった一人だけ供をつけられると言ってたけど、誰にするかはもう決めたの?」


 バルドゥールの問いかけに、アンナは満面の笑みで自慢げに答えた。


「ええ! 勿論! わたしがバルの次に信用しているお方よ」


 くすくすと笑うアンナに、バルドゥールは首を傾げる。


「僕の次に? 侍女のファティマかい?」


 グリューンドルフ公爵がアンナにつけた、専属侍女のファティマ。
 その名の由来通り優しく寛容で、母性に満ちた女性である。
 アンナが公爵家で最も心寄せていた使用人だったはず。

 バルドゥールの言葉にアンナは首を振る。


「ファティマのことも、もちろん信用しているけれど、ファティマにはご主人にまだ幼い娘さんもいるわ」


 それに荒事には慣れていないし、と言うアンナ。
 そうだった、とバルドゥールは思い出す。昨年ようやく職場復帰したファティマだが、それまで産後の休暇をとっていたのだ。
 となると、一体誰だ?
 まったく見当がつかない、と首を傾げるバルドゥールに、アンナは唇を尖らせた。


「もうっ! バルったら、わたし達の大事な友人を忘れたの?」


 アンナの言葉にバルドゥールはまさか、と頬を引き攣らせた。


「ブラントお兄様に決まっているじゃないの!」


 ――ブラントォォォォォォォォ! 貴様、アーニャに手を出したら殺すからな……っ!


 バルドゥールの脳裏には、ぺろっと舌を出す、心底腹立たしい顔をしたフルトブラントが浮かんだ。
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