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11 ハーレム要員の脱落
しおりを挟むあたしはいつだって、周りに流されて、役割を求められれば、それを嬉々として受け、大根役者の不器用な芝居ながら、頑張って演じようと生きてきた。あたしに振り分けてくれる役割があるのなら、それが嬉しかった。
初めて好きになった人が、実はあたしにだけ優しい王子様なんかじゃなく、たくさんの女の子を囲っていい気になっていることに気がついて。
「だってあたしのこと大事だって言ったじゃない!」ってヒステリーを起こす、この一連の日常も。
なんとなく周りに流されて。周囲を見渡して、それに沿った脚本と即興とで与えられた役を頑張って演じる、出来損ないの役者。
あたしはたぶん、いつも自分で考えようと決めようとしていない。自らの意思で決断を下して動いていると、これまでは思っていたけれど、それは違うのだと気がついた。気がつかされた。
美香との関係。
最初は、本当にただのお勉強会のはずで、体を重ねたことも、単なる予行練習のつもりだった。それは美香も同じだったはず。
それでもこの言葉に表しようのない関係が始まったとき。あの手探りの時期。
お互いを喜ばせようと、相手の反応を探ろうと、心にもなかった感情やら、心に微かに浮かんでいたとして、小さな事柄を人生におけるビッグバン的変革へと過大表現することによって、耳障りのよい言葉に変換して、そうして二人の絆を無から創りあげていく、虚構の時期。
調子にのって、望まれているだろう役割を演じ合って、いつの間にか情の深い美香が、重なり合ったときの睦言だけでなく、それに真実の色をのせはじめて。
それが、そう。
神無月のこと。
「私らまだ中学生だから、こんなこと、誰に言っても許されない」
もはや毎日の習慣となった、放課後の美香の部屋。美香はあたしにお茶を差し出す。
「卓ちゃんが一番許してくれない気ぃする。自分のハーレム要員二人が二人ともいなくなって、しかもその理由ってのが、二人デキてしまいました、なんてね」
プライド鬼高だしね、と美香が笑う。
一体なんの話なの、と問いただすには、美香の目が真剣に過ぎて、そんなことを口にしたら最後、美香を果てしなく傷つけ、恥をかかせることになる。そんな予感がした。
戸惑いながら、けれど頷くことも出来ず、美香の独白に耳を傾ける。
「でも私、早紀ちゃんのこと、真剣なの。当たり前だよ、真剣じゃなかったら、女相手なんて、それも卓ちゃん競ってハーレム要員やってた元ライバルなんて、わざわざこんなめんどくさい相手選ばないって。切れるもんだったら、とっくに切ってる」
入れてもらったばかりのお茶は熱いはずで、その湯飲みを包む指もまた熱さを感じるはずなのに、指先は美香の言葉が進むにつれ、ますます冷たくなっていくよう感じられた。
「けど、切れないの。ずっとずっと、早紀ちゃんと一緒にいたい。そのためだったら、私、何でも出来る気がする」
美香が俯く。
「ここまで想ったの、早紀ちゃんが初めて。卓ちゃんだって、ここまでじゃなかった」
あたしは堪えきれなくなって、湯飲みを落としてしまった。
モスグリーンのラグに、うぐいす色の液体が広がったかと想うと、すうっと吸収されていく。茶の葉のかすが、湿ったラグの上に残る。
「ごめ……」
震える手でラグに布巾を当てると、美香がラグを拭くあたしの手に、その手をのせた。そっと。
「安心して。私が早紀ちゃんのこと、一生守ってあげる」
そうじゃない、と大声で叫べば、まだ間に合ったのだろうか。けれど美香の底の知れない強さと優しさ、情の深さを知っていて、そんなことをする勇気が、どうして持てただろう?
波紋すら起こっていない感情を置いてけぼりに、交わされる会話は台詞ばかり高ぶり、ポーズだけは大恋愛。
美香が将来、二人で暮らすための算段をし始める。
パーティーの仲間に、卓也に、家族にどう説明するのか。
許してもらえるまで、ご家族に頭下げ続ける覚悟はできている。けれど家族と美香との間、板挟みになり、あたしがそれによって傷つくようだったら、駆け落ちしてもいい。
そうなったら二人、バイトでもなんでもして、美香とあたし、二人なんとか食べていけるだろう。
もし日本で過ごすことに限界を感じるなら、『向こう』にずっと居座る方法を見つけよう。
あたしは熱っぽい美香の言葉に、適当に相槌を打ち、おそらく美香が望んでいるだろう素振りをした。
好きだと言う。美香しか見ていないと言う。卓也を好きであるように振る舞うのは、そう振る舞わなければ、突然の変わり様に怪しまれるから仕方なくそうしていると言う。
美香はこの関係を他人に悟られないよう必死だったから、美香は卓也に関して、それ以上何も問えなかった。不満そうではあったけれど。
どこで幕引きをしたらいいのか、あたしにはわからなかった。
というより、最初のうち、美香の言葉を、真面目に捉えていなかった。
一方で美香の計画がますます綿密に、微に入り細に入り練られていく。毛色の変わった火遊びを楽しむスリルとちょっとした選民意識のような優越感が、徐々にこれは冗談で済まないかもしれない、という恐怖に代わった。
あたしは、こんなことになった今でも、卓也の隣で笑う未来しか、思い描くことが出来なかった。
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