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06 ハーレム要員のレッスン
しおりを挟む「あ。ちがうちがう。もっと下」
「ここ?」
「惜しいっ! そこじゃないわ~」
美香の『指導』は、今日も快活に始まる。
「う~ん? ここ? これは?」
戸惑いながら指を這わすと「ちゃうちゃう…って、ん~。ソッチはいいわ」
美香の指がやんわりとあたしの手を払いのけ、あたしが包んでいた場所を、自身の右手で包み込む。
温かく湿っていた場所から引きはがされたあたしの右手。
途端に掌からぬくもりが失せていき、乾燥して寒い冬の日に加湿器の前、手をかざすときのような、あの心地よい温かさは消え去る。心地よさと引き替えに、指先から掌へと広がる不快なべとつきが気になり出す。
なんの役にもたてない自分が、いつも以上に無力に感じる瞬間。あたしは、こうやっていつも誰の何の役にも立てない。
気を遣ったように美香が「早紀ちゃん、おっぱい舐めてくれる?」と、あたしを誘導し、それがますますあたしを惨めにさせる。
美香にしてもらっているように、あたしだって美香を気持ちよくしてあげたいのに、あたしではそれがうまくできない。
美香のおっぱいを芸もなく、ただひたすらちゅうちゅう吸いながら、虚しさだけが胸にせまった。
美香に指示されるままおっぱいを舐めるだけだったら、別に今、美香の相手をするのがあたしじゃなくてもいい。それ以前に、ニンゲンですらなくたっていいような気がする。
誰かに導いて貰わないと、何も出来ない女。それがあたし。
いつだって、何にだって中途半端で、今度は何かできるんじゃないか、何か役にたてるんじゃないかって、首をつっこんでは結局、誰かに助けてもらうはめになる。
その助けてくれる『誰か』というのが大抵、あのムカつく卓也で。助けてもらったりするからこそ、今度こそはお返しをしなくては、と何かを始めるきっかけになるのもまた卓也で。そしてまた結果的にはあたしが空回ったせいで、卓也を出動させるハメになって。悪循環なのだ。
尚かつその卓也に好意を持っている身としては、『助けてもらう』ということを本来ならば、意図した結果と真逆になってしまった己のていたらくに羞恥を感ずべきところを、嬉しいと感じてしまい、そんな自分があさましく惨めで、ますますそれが屈辱感を増してしまい、ぐちゃぐちゃと複雑に(いや、実際はとても単純だけれど)自分への不甲斐なさが巡り巡って、自分とは対照的になんだかんだ結局なんでも出来てしまう卓也に憎悪を向けることになる、という意味のない八つ当たりを繰り返してしまう。
だって卓也がいつも憎まれ口をたたくから。なんて言い訳をしてみるものの、本当のところは、卓也が恩着せがましく口にする当てこすりだったり、それに乗じて付随する単純な悪口がまさに図星で、常に劣等感を抱いていることだからこそ、あたしは言葉につまってヒステリックに怒鳴り散らすばかり。
「はーあ。マジでおまえ、俺がいないと、なーんもできないのな」
ニヤっと口の端を歪めた卓也が悦に入って、あたしの頭を撫でる。
「まあ、そんなとこがおまえの可愛いとこだよ。だから、な、おとなしく俺に守られとけよ」
卓也の悪口に正当に反論できるような、優位に立てるような地位を築けない自分が、情けなくて。
卓也に好意を持つ、ということそれ自体が弱味を握られたようで腹立たしい、などという本来恋する人間が感じるべきでないような考えにまで及んでしまうのだから、なんて醜く狭量な女なのだろう、と我ながら思う。
そんな行き詰まりを解決するために、始まったはずのこのレッスンも、今では違うベクトルを差し始めている。
「あっ……早紀ちゃん……」
美香が切羽詰まった声であたしの名を呼ぶ。美香の右手は切なげに必死に上下している。
「美香……いきそうなの?」
「ん……」
吐息混じりに美香が答える。「おっぱい……舐めてて……おねがい……」
おっぱい。
美香があたしに望むことは、いつもこれだけ。
美香は目をきつく閉じ、一人だけで一人の世界に飛び立とうとしている。すべて真っ白に視界が覆われて、全てが無に帰す世界へ。
あたしがおっぱいを舐めれば、そこへ到達する時間が少し早くなるだけで、おっぱいがその鍵になっているわけではない。美香の世界から既に、あたしは弾き出されている。
あたしはまた、言われた通り素直に乳首を舌で転がしながら、せっせと舐め続ける。あっという間もなく美香の体がびくりと大きく揺れて背中が弓形に反らされた。
あたしはぺたりと美香のおっぱいに手を添わせ、ちゅっと軽くくちづける。美香の平らなお腹がゆっくりと大きく上下している。
あたしはテレビの近くにあるティッシュボックスを取りに、立ち上がった。
ふう~っと大きく息を吐き、美香が呼吸を整える。
そして邪気のない笑みで「えへへっ。いっちゃった。ありがと、早紀ちゃん。気持ちよかったよ」と美香は言った。そしてあたしが間抜けに美香に向かって付きだし続けているティッシュボックスからティッシュを2、3枚引き抜き、脚の間を綺麗に拭く。
「手、洗わないとね。早紀ちゃん」
今日のレッスンは終わった。
あたしは美香の家を出る。そろそろ美香は塾の支度をしなければならない時間だった。
まだ夕方そこそこだというのにすっかり日の落ちて暗くなった帰り道、頬を掠める風は冷たく肌寒い。
制服の上着を美香の家に忘れてきたことに気がついて後悔する。コオロギの鳴き声とどこかの家からかする味噌汁の匂い、そして屋台で売られる焼き芋といしや~きいも~という、間延びしたあの定番文句。
そうか、もう秋なのだ。
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