上 下
57 / 96
第2部

22 それはそれで、やぶさかでない

しおりを挟む
「……君はこれまで散々傷ついてきたのに、まだ彼等を庇おうとするのか……」

 なんのことだろうとエインズワース様に視線を戻すと、痛ましげに眉根を寄せてわたしを見下ろしていらした。

「あの……?」

 エインズワース様は幼子を慈しみ慰めるような、憐憫と労りの色を滲ませてゆっくりと口を開かれた。

「君にとって衝撃的な話を耳にしたばかりだけど、おそらく君はまた悲しい思いをすることになるだろう」

 不穏な予告に身が強張る。けれどエインズワース様ご自身はわたしを傷つけようとするご意思はないようだ。

「……それはわたしがアラン様に相応しくないということでしょうか」

 おそるおそる口にした言葉にエインズワース様が目を瞬かせた。

「まあそんなことを言い出す輩が出ないとは言わないけど、君はそんな有象無象に負けるような女性じゃないだろう?」

 頷いて見せるものの、どうやらエインズワース様がわたしを買ってくださっているご様子に内心驚く。

「ああ……でもそうか。彼等がそこを突く可能性もあるのか。婦人はともかく。いや、そうだな。メアリー嬢の先読み通り、その方が彼にとっては自分の優位性を示すことができると考えるかもしれない。彼は自分が切り捨てられるなど、微塵も疑っていないようだしね」

 ご自分の中で答えを導き出されたエインズワース様は何かに納得されたようで満足気に微笑まれる。

 いえでも、わたしの先読みとはなんでしょうか。

 エインズワース様に「さすがだね」と褒めていただく理由が全くわからない。
 エインズワース様の推定されている――ことがなんなのかわからないけれど――ような意図はなかったのですが。
 怪訝に思いつつも表情を崩さずエインズワース様の言葉を待つと、エインズワース様はまるで「わかっているよ」とわたしを励ますように眉尻を下げて優しく微笑まれた。

 えっ。全然わからない。

「コールリッジや前カドガン伯爵に真珠姫の様子を目の当たりにしてようやく、これまでの誤った思い込みや疑問が解消されたのだけど、君はもっと前から知っていたんだね」

 いえ、まったく知りませんでしたが。

 前カドガン伯爵や真珠姫の噂される悪行に何らかの意図があったのかもしれない、という程度の感想を今は抱いているくらい。
 それだって確信は持てないし、そう思いたいだけなのではないかとも疑っている。

 アラン様が断罪劇を目論んでいたことも知らなかったし、その理由もまだ知らない。
 それにアラン様はやはりまだ前カドガン伯爵を疎んでいるご様子だった。

「それならば僕があえて忠告することでもないだろうけど、まあそれでも君にとって気持ちの良い話ではないからね。心構えができているとはいってもね」
「いえ、心構えどころか心当たりがございません」

 さすがにこれ以上理解したような振りをするのは無理だ。

 無知や察しの悪さに失望されるより、下手に立ち回ってみっともない姿を晒すことのほうがよっぽどおそろしい。
 きっぱりと異を口にすると、エインズワース様は驚いたように刮目された。

「知らなかった? 少しも?」
「はい。なんのことなのかもお察しできず、お恥ずかしい限りです」
「それはまた……」

 エインズワース様は眉を顰められ、小さく首を振られた。

「つまりコールリッジは僕の予想通り、君になんの相談もしていなかったのだね」

 どうもエインズワース様のお声が低い。アラン様にとって分が悪そうで同意することに迷う。

「いや、頷かなくていい。だいたいわかった。あの男はまたもや独善的な思い込みで突っ走ったんだな。君のことを無視して僕達に相談することもなく」

 エインズワース様のお顔は笑っていらっしゃるものの、どこか仄暗い。

「あの……」

 アラン様のフォローをしなくては、と口を開こうとしたとき、エインズワース様はさっぱりとした笑顔で言われた。

「メアリー嬢、あいつに一泡吹かせてやらないかい?」

 まあそれはそれで、やぶさかではないかな、とも思う。

「……お手柔らかにお願いします」
「うん。僕達の愛をこめて、コールリッジが感動して涙するようなお説教をしようね」

 悪戯っぽくウィンクされるエインズワース様に「はい」と返したところで音楽が終わった。

 同じくダンスを終えたアンジーとアラン様の元へ向かう前に、わたしは化粧直しに寄るとエインズワース様に断わりを入れる。
 エインズワース様は先の騒動からわたしに対して不埒なことを目論む者がいないか心配してくださった。途中まで送ろうとまで提言してくださる。

「お気遣いいただき、ありがとうございます。けれど大丈夫ですわ。夜会が初めてとはいえ、そう迂闊なことは致しません。周囲には気をつけますもの。エインズワース様こそ、ご婚約発表の前に妙な噂を立てられては困りますでしょう?」

 女性が化粧直しに向かうことに男性が付き添うなど、親密な婚約者であってさえ下世話な憶測を立てられてしまうもの。
 そしてその当人が下劣な出自の平民であるわたしと、社交界で浮名を流すエインズワース様とあっては、一体どれほど尾鰭をつけられた流言蜚語をまき散らされるのか。空恐ろしい。
 エインズワース様もそれはわかっていらっしゃるはず。

「くれぐれも気をつけるんだよ」

 眉根を顰められると、エインズワーズ様は小声で再度忠告してくださる。
 エインズワース様のお心配りに感謝して礼をすると、わたしは廊下へと足を向けた。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~

瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】  ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。  爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。  伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。  まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。  婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。  ――「結婚をしない」という選択肢が。  格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。  努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。  他のサイトでも公開してます。全12話です。

処理中です...