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第2部

21 公爵令息の厳しい品定め?

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 エインズワース様はダンスをしながらアスコット子爵とお母様の様子を横目でちらりと見る。そしてわたしに微笑まれた。

 目を細められたエインズワース様。こちらを探るような鋭く厳かな気配を感じる。
 ぴりっとした緊張感がこの身を走った。
 エインズワース様から向けられるだろうお言葉に身構える。

「メアリー嬢。君は疑問に思っていることがあるんじゃないかい?」
「……なんのことでしょう?」

 今日は色々なことがありすぎた。
 正直なところ、疑問に思うことがありすぎて整理がついていない。
 迂闊に口にすれば、エインズワース様から無能だと判じられるかもしれないと思うと口が重くなる。

 エインズワース様は未来のカドガン伯爵夫人と言ってくださった。
 それ以前に、ポリーブティック立ち上げにもご尽力くださったのだという。
 先の騒動でもお気遣いくださった。

 それはきっとアラン様のためであり、アラン様がわたしを将来の伴侶とエインズワース様に紹介してくださったからだろう。

 でももしエインズワースさまのお眼鏡に適わなかったら。
 ご期待に沿えなかったら。アラン様の足を引っ張るしか能がないと切り捨てられてしまったら。

 わたしは優秀な人間ではない。平凡で、外聞の悪い出自の平民に過ぎない。

 認めてもらわなければ。と強気で胸を張ると決めた決意が、揺らいでしまう。
 エインズワース様のファルマス公爵令息としての在り様をその目に感じ、怖気づいた自分の弱さを叱責する。
 せめて目はそらさずに。

 慎重にエインズワース様の出方を待つ。

「コールリッジが今日、アスコット子爵とご母堂のオルグレン婦人に挨拶を交わす素振りを見せなかったこと、気が付いているだろう?」
「……それは。わたしが会場について早々殿下にお相手いただいて、アラン様のお側を離れておりましたから」

 だから不在のときのことはわからない、と示唆する。
 エインズワース様はダンスに響かない程度に小さく肩を竦められた。

「僕の見る限り、コールリッジは彼等に近寄りもしていなかったけどね。まあ仮に君がいない間に挨拶を交わしていてもだよ。あの義理堅いコールリッジが改めて婚約者となった君を彼等に対して紹介に向かわないのは不思議ではないかい?」
「開始直前に騒ぎがございましたから」

 あの場でアラン様はアスコット子爵とお母様をどこか責めるようなお言葉を口にされた。
 それに先程も、アボット侯爵とアスコット子爵の関係を取り持つだけでなく、何らかの事柄を清算なさるご意思があると明確にされていた。
 そこに不穏なものを感じなかったわけではない。

「その騒ぎの最中でコールリッジが指摘したことを、君は聞いたよね?」
「エインズワース様からのご忠言についてでしょうか」

 エインズワース様は頷かれ、グラスを片手に壁際でひっそりと佇むアスコット子爵とお母様に視線を向けられた。

「彼等がコールリッジと君以外の誰とも、この夜会で言葉を交わしていないことにも気が付かない?」

 エインズワース様の口ぶりからは、アスコット子爵とお母様をあまり快く思われていないことが伺われる。

 初めての夜会で緊張していた。先の騒動で混乱していた。それ故に周囲に目を配る余裕がなかった、だから気が付かなかったのだ。などと口にすれば、未来のカドガン伯爵夫人に相応しくないと呆れられてしまうだろうか。

 けれどエインズワース様に同意すれば、お母様やアスコット子爵がこの夜会でうまく立ち回れていないと指摘するのと同じだ。

 お母様を貶めるようなことを口にしたくはない。
 お母様は長年社交界に身を置くことを禁じられてきたのだ。
 お母様にとって、今日は久々の社交場。
 長く離れていた社交場にまだ気後れしていてもおかしくはない。
 アスコット子爵はそんなお母様に付き添っていらっしゃるのだろうし、また子爵ご自身があまり社交を好まない方だと聞いている。

 どう答えれば角が立たず、切り抜けられるのか。
 思わずエインズワース様から目をそらしてしまう。
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