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第2部
12 勝手な人だと蔑み、恨み、憎みながら
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「ポリー、もういいだろう?」
前カドガン伯爵が心配そうに瞳を揺らし、真珠姫を労わるようにその華奢な肩を抱いた。
真珠姫は前カドガン伯爵を見上げると、とん、と頭を前カドガン伯爵に凭れかける。
ポリー。真珠姫の略称。
真珠姫の本名は、メアリー・ウォールデン。わたしと全く同じ名前。
わたしの名はお祖父様が命名したという。きっと真珠姫の名も、お祖父様がつけたのだろう。
吐き気がする。
「……メアリー、大丈夫か」
駆け付けたアラン様がわたしの肩を抱く。
きっとアラン様も、真珠姫の口にした意味がわかったはず。
お母様も、アスコット子爵も、アンジーも、エインズワース様も。出席した方々の幾人かも。
きっときっと、みんなわかった。
わたしはおぞましい不義の子。
それだけじゃない。道ならぬ近親相姦の果てに生まれた悪魔の子。
おぞましい。忌まわしい。穢らわしい。下劣。醜悪。
どれほど言葉を重ねても足りない、罪の塊。生まれてきてはならなかった身。
「……アラン様、お手を触れてはなりません」
アラン様が汚れてしまう。
わたしはアラン様から離れようと、しかし直接触れてはならないと、手に持った扇子でアラン様の胸元を押した。
アラン様は肩を抱く手に力をこめ、わたしはぐっと抱き寄せられた。
「馬鹿なことを考えているな。ふざけるなよ。絶対に離すものか」
アラン様の低く唸るようなお声が、わたしの体を震わせる。
怒りがアラン様の全身を包んでいる。アラン様のお顔を見上げなくてもわかる。
アラン様はきっと、真珠姫に憎悪を向けている。
「……なぜ。なぜこの場であんなことを……!」
違う。
あの日のことを思い出した今、真珠姫がこの場でおぞましい事実を示唆した意味がわかる。
わたしと真珠姫はきっと似ている。似ているのは顔だけではなかった。
あの人は、自身が徹底して悪女となることを決めたのだ。
わたしがウォールデンに残ると言った日から。
二人の真心を裏切り、差し伸べられた手を拒絶した日からずっと。
ウォールデンに復讐するために。恋人との愛に生きるために。わたしを守るために。
エインズワース様が悔恨を滲ませたお声で呟かれた。
「……ウォールデン家の噂は耳にしたことがある……。だが……」
この場で仄めかした意味。
それはウォールデンの家を潰すためだ。
わたしの名誉が地に落ちることと、ウォールデンの悪評を広めることを天秤にかけた。
この醜聞はあっという間に広まるだろう。ウォールデンの名はこれまでになく醜聞に塗れ、清廉な取引相手は去るだろう。
そしてもう一つの理由。
前カドガン伯爵と真珠姫を恨み、話を聞こうとしないアラン様とわたしに、ウォールデン家の闇を知らせるため。危機感を煽り、身を守らせるため。
どの道汚名と醜聞に塗れるしかないわたしが、被る被害が最低限に済むよう、真珠姫は徹底して、悪役になることを選んだのだ。
だから、恨みはしない。
きっとわたしでも同じことをした。
たとえ起こしたばかりのポリーブティックが暗礁に乗り上げようとも。
アラン様がわたしに寄り添うだろうと。真珠姫も前カドガン伯爵も、アラン様に全幅の信頼を置いているのだ。
「では失礼する」
興奮のるつぼと化したフロアから、前カドガン伯爵と真珠姫が去っていこうとする。
きっとこの二人は、もう二度とわたし達の前に姿を現さないだろう。
追うべきではないと思う。
これ以上、見世物にさせてはならない。この場にいる全ての人々が、わたし達の動向を注意深く見守っているのだから。
けれど、確かめたい。
これが最後なら、一つだけ確かめたい。そして伝えたい。
あの日、差し伸べられた手を振り払ってから、屋敷に戻らなかった真珠姫。
わたしは捨てられたのだと思った。だから記憶を封じた。
唯一わたしを可愛がってくれた、誰より愛していたお母様に見捨てられたことを、受け入れられなかったから。
けれど本当は違ったの?
わたしを愛してくれていたの?ずっと見守っていてくれたの?
人形のようだと思った、その冷たい仮面の下に、あの頃のような優しく甘い微笑みを隠していたの?
真珠姫。
ねえ、お母様。
わたしは。メアリーは、貴方の愛をずっと求めていました。
勝手な人だと蔑み、恨み、憎みながら、貴方からの愛を求めていました。
お母様、貴方を愛していたのです。
前カドガン伯爵が心配そうに瞳を揺らし、真珠姫を労わるようにその華奢な肩を抱いた。
真珠姫は前カドガン伯爵を見上げると、とん、と頭を前カドガン伯爵に凭れかける。
ポリー。真珠姫の略称。
真珠姫の本名は、メアリー・ウォールデン。わたしと全く同じ名前。
わたしの名はお祖父様が命名したという。きっと真珠姫の名も、お祖父様がつけたのだろう。
吐き気がする。
「……メアリー、大丈夫か」
駆け付けたアラン様がわたしの肩を抱く。
きっとアラン様も、真珠姫の口にした意味がわかったはず。
お母様も、アスコット子爵も、アンジーも、エインズワース様も。出席した方々の幾人かも。
きっときっと、みんなわかった。
わたしはおぞましい不義の子。
それだけじゃない。道ならぬ近親相姦の果てに生まれた悪魔の子。
おぞましい。忌まわしい。穢らわしい。下劣。醜悪。
どれほど言葉を重ねても足りない、罪の塊。生まれてきてはならなかった身。
「……アラン様、お手を触れてはなりません」
アラン様が汚れてしまう。
わたしはアラン様から離れようと、しかし直接触れてはならないと、手に持った扇子でアラン様の胸元を押した。
アラン様は肩を抱く手に力をこめ、わたしはぐっと抱き寄せられた。
「馬鹿なことを考えているな。ふざけるなよ。絶対に離すものか」
アラン様の低く唸るようなお声が、わたしの体を震わせる。
怒りがアラン様の全身を包んでいる。アラン様のお顔を見上げなくてもわかる。
アラン様はきっと、真珠姫に憎悪を向けている。
「……なぜ。なぜこの場であんなことを……!」
違う。
あの日のことを思い出した今、真珠姫がこの場でおぞましい事実を示唆した意味がわかる。
わたしと真珠姫はきっと似ている。似ているのは顔だけではなかった。
あの人は、自身が徹底して悪女となることを決めたのだ。
わたしがウォールデンに残ると言った日から。
二人の真心を裏切り、差し伸べられた手を拒絶した日からずっと。
ウォールデンに復讐するために。恋人との愛に生きるために。わたしを守るために。
エインズワース様が悔恨を滲ませたお声で呟かれた。
「……ウォールデン家の噂は耳にしたことがある……。だが……」
この場で仄めかした意味。
それはウォールデンの家を潰すためだ。
わたしの名誉が地に落ちることと、ウォールデンの悪評を広めることを天秤にかけた。
この醜聞はあっという間に広まるだろう。ウォールデンの名はこれまでになく醜聞に塗れ、清廉な取引相手は去るだろう。
そしてもう一つの理由。
前カドガン伯爵と真珠姫を恨み、話を聞こうとしないアラン様とわたしに、ウォールデン家の闇を知らせるため。危機感を煽り、身を守らせるため。
どの道汚名と醜聞に塗れるしかないわたしが、被る被害が最低限に済むよう、真珠姫は徹底して、悪役になることを選んだのだ。
だから、恨みはしない。
きっとわたしでも同じことをした。
たとえ起こしたばかりのポリーブティックが暗礁に乗り上げようとも。
アラン様がわたしに寄り添うだろうと。真珠姫も前カドガン伯爵も、アラン様に全幅の信頼を置いているのだ。
「では失礼する」
興奮のるつぼと化したフロアから、前カドガン伯爵と真珠姫が去っていこうとする。
きっとこの二人は、もう二度とわたし達の前に姿を現さないだろう。
追うべきではないと思う。
これ以上、見世物にさせてはならない。この場にいる全ての人々が、わたし達の動向を注意深く見守っているのだから。
けれど、確かめたい。
これが最後なら、一つだけ確かめたい。そして伝えたい。
あの日、差し伸べられた手を振り払ってから、屋敷に戻らなかった真珠姫。
わたしは捨てられたのだと思った。だから記憶を封じた。
唯一わたしを可愛がってくれた、誰より愛していたお母様に見捨てられたことを、受け入れられなかったから。
けれど本当は違ったの?
わたしを愛してくれていたの?ずっと見守っていてくれたの?
人形のようだと思った、その冷たい仮面の下に、あの頃のような優しく甘い微笑みを隠していたの?
真珠姫。
ねえ、お母様。
わたしは。メアリーは、貴方の愛をずっと求めていました。
勝手な人だと蔑み、恨み、憎みながら、貴方からの愛を求めていました。
お母様、貴方を愛していたのです。
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