【完結】好色王子の悪巧みは魔女とともに

空原海

文字の大きさ
上 下
1 / 45
第一章

プロローグ

しおりを挟む



 まーったく。あいつら好き勝手言いやがって。

 ゲルプ王国第二王子コーエンは、先程まで兄王太子リヒャード、姉第一王女エーベル、弟第三王子バルドゥールと、猥談を交わしていた。弟の第三王子バルドゥールが、突然閨授業の是非について相談してきたからである。
 兄姉弟達と騒いでいた王太子応接室を辞したばかり。

 コーエンは頭をガシガシと乱暴に掻く。溜息をついて、自らの住まう離宮に向かおうと、王城の廊下を進む。今頃はコーエンの妃であるヘクセも、侍従とともに、城下より戻っている頃だろう。皆への土産も、たんまり買ってきているに違いない。
 コーエンの離宮、別名『色欲ラストの塔』は、ヘクセとその情夫である侍従を筆頭に、コーエンの抱える愛妾と、その夫に親族といった大所帯。
 『色欲の塔』に住まう者は皆、コーエンとヘクセの家族であり側近であり護衛である。『色欲の塔』とは名前負け。愛欲に耽溺する臣下はいない。ヘクセお気に入りの褐色の恋人も、この『色欲の塔』でヘクセと愛を交わすことはない。

 コーエンは厩舎に繋いでいた自身の愛馬の手綱を手にする。愛馬はぶるり、と鼻先を天に向け、栗毛色のたてがみが朱に染まった空に舞った。

「よーし。いい子だ。そんじゃあ、俺をのせてくれよ」

 コーエンはひらりとくらに跨ると、愛馬の腹を軽く蹴った。愛馬はいなないて軽快に走り出し、コーエンの頬を生温い風が撫ぜていく。
 王城を抜けんとするコーエンの後ろを、ピッタリと付き従う彼の侍従。そして護衛騎士。三騎は陽が地平線に沈みきる前に、彼等の住まう離宮へと辿り着く。
 コーエンが愛馬から降りると、そこには彼の妻、ヘクセ第二王子妃が夫の帰りを待ち侘びていた。

「お帰りなさい。お待ちしておりましたのよ?」
「思ったより、遅くなっちまったなあ」
「うふふ。今日は愛しのあの方々と、どのようなお話しをなされましたの?」
「今日は兄貴とイチャついてきた!」
「あら。まぁ。それは珍しいこと」
「だろぉ? あっ。ヘクセ、今日の土産は何?」

 コーエンは妻の肩をがしっと力強く抱く。途端にヘクセは眉を顰め、コーエンから顔を背けた。抱き寄せられた身体をよじって抜け出そうともがく。

「コーエン。馬臭いですわ」
「えっ。それは仕方ねぇだろ?」
「離れてくださいな」
「ひどっ! ヘクセ酷い!」

 ヘクセはコーエンから離れて一歩先を歩くとツンと顎をそらした。

「お土産はバターサンドですわ。コーエンのお好きな」
「やりぃ! 夕食前だけどつまんでいいよな?」
「まぁ。お行儀の悪い」

 ヘクセは冷たく言い捨てると、くるりとコーエンに振り返った。

「紅茶ですの? 食前酒ですの?」

 コーエンはニヤリと笑った。

「ヘクセはどっちにする?」
「……わたくしはアイスヴァインに致します」
「んじゃ俺も」
「少しはご自分でお決めくださいませ!」
「やーだよ。正解を見るのも何かを決めんのも、ここではしねえって決めてんだ」
「まったく……もう」

 手の掛かる弟を見るかのように、ヘクセは眉尻を下げて困ったような、しかし愛しさに満ちた眼差しをコーエンに向ける。コーエンはそんなヘクセに詰め寄り、グッと腰を引き寄せる。

「まぁっ! ですから馬臭いんですの!」
「まあまあ。いいじゃん、いいじゃん」
「よくありません!」

 夫婦はぎゃいぎゃいと騒がしく、『色欲の塔』の質素な廊下を渡っていく。装飾のほとんどない寂しい離宮は、コーエンとヘクセの賑やかな声によって息を吹き返したかのように、温かさが満ちていった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若
大衆娯楽
人気の地域紹介ブログ「コニーのおすすめ」にて紹介された浜薔薇の耳掃除、それをきっかけに新しい常連客は確かに増えた。 しかしこの先どうしようかと思う蘆根(ろこん)と、なるようにしかならねえよという職人気質のタモツ、その二人を中心にした耳かき、ひげ剃り、マッサージの話。

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する

雨香
恋愛
美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。7:00と19:00の1日2回更新します。 ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。  「シェイド様、大好き!!」 「〜〜〜〜っっっ!!???」 逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。

処理中です...