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第一話 ヨハンの女王様
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色鮮やかな花々の咲き乱れる中庭。その少し奥に行ったところ。
乱立する広葉樹が強い陽射しを遮るように、その葉を広げ風に揺られている。
降り注ぐ木漏れ日の下、太い幹に凭れ居眠りする幼い少女と、その少女の頭を撫で髪を梳く幼い少年がいた。
――ああ、私の可愛いシャルロッテ。
いつか私達は、この温かく幼き日々を忘れてしまうのだろうか。
君が大人の女性になったとき、君の側にいるのが私ではないのだと言うのなら、今ここで時を止めてしまいたい。
少年の名前はヨハン。
フェーゲル帝国皇帝陛下の弟、レーヴェンヘルツ大公閣下の嫡男だ。
ヨハンは従妹のシャルロッテ皇女をとても大切に思っていた。シャルロッテも三つ年上の従兄であるヨハンを、兄のように慕っている。
「ヨハンおにいさま!」
シャルロッテが笑顔で駆け寄ってくるので、ヨハンもまた笑ってシャルロッテに両腕を広げる。
花冠を手にしたシャルロッテは、勢いよくヨハンの胸に飛び込み、ヨハンはその勢いに押されてシャルロッテと共に草むらに倒れた。
「やあ、ロッテ。可愛いお姫様。今日はどうしたんだい?」
うふふ、と笑いながらシャルロッテは手にした花冠をそっとヨハンの頭にのせる。
「聞いてくださる? わたくしね、わたくし……」
シャルロッテは両手で口元を覆い、くふふ、と笑いを堪えている。
そんな愛らしいシャルロッテの様子に目を細め、ヨハンはシャルロッテの頭を撫でた。
「うん? どうやら楽しいことでもあったようだね」
「そうなの! ねえ、ヨハンおにいさま、わたくし……」
その後に続くシャルロッテの言葉によって、ヨハンは地獄に落とされた。
シャルロッテはフェーゲル帝国の第二皇女だ。
従兄妹であるヨハンは、自分こそがこの皇女の将来の伴侶だと疑うことはなかった。
シャルロッテの父である現皇帝と、ヨハンの父である大公の仲は良好であったし、シャルロッテの生誕以来ずっと、ヨハンはシャルロッテと共にあったようなものだった。
それこそ、シャルロッテの兄皇子、姉皇女よりずっと、ヨハンの方がシャルロッテを知っている自負がある。
それなのに。
「わたくしね、お隣のアステア王国王太子様のお嫁さんになるのですって! わたくし、王妃様になるのですわ」
「……え?」
ヨハンは喜色満面のシャルロッテを前に、息を呑んだ。
「ヨハンおにいさまは、いつもわたくしに教えてくださったでしょう」
シャルロッテが小首を傾げる。
「『ロッテ、可愛いお姫様。大きくなったら、君は私の女王様になってね』って!」
シャルロッテは得意満面にヨハンに詰め寄る。ぎゅっと握られた手を、ヨハンは振り払うことができない。
鼻先まで無防備に近づくシャルロッテに、口づけをすることだってできない。
昨日までなら、ヨハンは迷いなく、シャルロッテの手を優しく振りほどき、ヨハンの頬にシャルロッテの白金の髪が掠めるくらい身を乗り出してきた、その赤い唇に、甘い口づけを落としたに違いないのに。
ヨハンは柔らかく小さなシャルロッテの手に、自身の手を包まれたまま微笑んだ。
「そうだね、ロッテ。君こそ女王様に相応しい」
ヨハンの女王様は、いつでもシャルロッテただ一人。
乱立する広葉樹が強い陽射しを遮るように、その葉を広げ風に揺られている。
降り注ぐ木漏れ日の下、太い幹に凭れ居眠りする幼い少女と、その少女の頭を撫で髪を梳く幼い少年がいた。
――ああ、私の可愛いシャルロッテ。
いつか私達は、この温かく幼き日々を忘れてしまうのだろうか。
君が大人の女性になったとき、君の側にいるのが私ではないのだと言うのなら、今ここで時を止めてしまいたい。
少年の名前はヨハン。
フェーゲル帝国皇帝陛下の弟、レーヴェンヘルツ大公閣下の嫡男だ。
ヨハンは従妹のシャルロッテ皇女をとても大切に思っていた。シャルロッテも三つ年上の従兄であるヨハンを、兄のように慕っている。
「ヨハンおにいさま!」
シャルロッテが笑顔で駆け寄ってくるので、ヨハンもまた笑ってシャルロッテに両腕を広げる。
花冠を手にしたシャルロッテは、勢いよくヨハンの胸に飛び込み、ヨハンはその勢いに押されてシャルロッテと共に草むらに倒れた。
「やあ、ロッテ。可愛いお姫様。今日はどうしたんだい?」
うふふ、と笑いながらシャルロッテは手にした花冠をそっとヨハンの頭にのせる。
「聞いてくださる? わたくしね、わたくし……」
シャルロッテは両手で口元を覆い、くふふ、と笑いを堪えている。
そんな愛らしいシャルロッテの様子に目を細め、ヨハンはシャルロッテの頭を撫でた。
「うん? どうやら楽しいことでもあったようだね」
「そうなの! ねえ、ヨハンおにいさま、わたくし……」
その後に続くシャルロッテの言葉によって、ヨハンは地獄に落とされた。
シャルロッテはフェーゲル帝国の第二皇女だ。
従兄妹であるヨハンは、自分こそがこの皇女の将来の伴侶だと疑うことはなかった。
シャルロッテの父である現皇帝と、ヨハンの父である大公の仲は良好であったし、シャルロッテの生誕以来ずっと、ヨハンはシャルロッテと共にあったようなものだった。
それこそ、シャルロッテの兄皇子、姉皇女よりずっと、ヨハンの方がシャルロッテを知っている自負がある。
それなのに。
「わたくしね、お隣のアステア王国王太子様のお嫁さんになるのですって! わたくし、王妃様になるのですわ」
「……え?」
ヨハンは喜色満面のシャルロッテを前に、息を呑んだ。
「ヨハンおにいさまは、いつもわたくしに教えてくださったでしょう」
シャルロッテが小首を傾げる。
「『ロッテ、可愛いお姫様。大きくなったら、君は私の女王様になってね』って!」
シャルロッテは得意満面にヨハンに詰め寄る。ぎゅっと握られた手を、ヨハンは振り払うことができない。
鼻先まで無防備に近づくシャルロッテに、口づけをすることだってできない。
昨日までなら、ヨハンは迷いなく、シャルロッテの手を優しく振りほどき、ヨハンの頬にシャルロッテの白金の髪が掠めるくらい身を乗り出してきた、その赤い唇に、甘い口づけを落としたに違いないのに。
ヨハンは柔らかく小さなシャルロッテの手に、自身の手を包まれたまま微笑んだ。
「そうだね、ロッテ。君こそ女王様に相応しい」
ヨハンの女王様は、いつでもシャルロッテただ一人。
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