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本編

第六話 黄金色の絶望と琥珀色の希望

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「まーたテスは、そうやって仕事をしてくれない」


 げんなりとした様子で現れたのは、王太子アルフレッド、その人だった。

 腰に片手を当て、大仰に嘆いて見せるアルフレッド。
 輝く濃い黄金の髪が、物憂げで優美な顔に、はらりと落ちる。
 シャロンは驚愕に目を見開いた。


「エドの後始末は、テスがするって約束だったろう。それを条件に、僕はのことを許したはずだけど?」


 ちらり、とシャロンに一瞥をくれる王太子アフレッド。
 シャロンはすくみ上がった。王太子アルフレッドの言う『彼女』とはシャロンのことだろうか。
 エドワードと同じエメラルド色の瞳。だが王太子アルフレッドの瞳には、慈悲のない厳さを感じる。
 シャロンのことなど、少しも留意していない。

 そして『テス』とは、まさか。


「悪趣味だな、と気後れしていたのです。このような茶番を仕立て上げる必要はないと、私は以前から申し上げておりました」

「それは僕のせいじゃないよ。なんたってエドたっての要望なんだから」

「あなた方は、よく似ているとつくづく感じますよ」


 シャロンの向かい合わせに腰を掛けていた男が、溜息交じりに言葉を吐き捨てる。
 王太子アルフレッドに対し、無礼どころではない。
 だがアルフレッドは愉快そうに笑った。対する男は苦々しい様子で眉間に皺を寄せ、目をつむる。


「やだなぁ。同族嫌悪って言葉を、僕は最近知ったばかりなんだけど」


 どういうことだ?
 エドたっての要望とは?

 王太子アルフレッドが一歩足を踏み出す。ただそれだけで、彼の周りには、天上からの光すべてが集まり、降り注がれたかのように見えた。
 何か得体の知れない厳かさと華やかさ、祝福のような、見るものを陶酔させる何かを呼び起こさせる。

 王太子アルフレッドの後ろに控えているのはシャロンの兄。それからもう一人、王太子アルフレッドの側近。あれは確か、キャンベル辺境伯の嫡男。
 いや、その奥にもまた、誰かがいる?
 いかにも怪しげな、黒い影。

 真っ白になったシャロンの頭。
 目の前の事態に、思考も感情も追いつかない。

 使用人たちはどこか浮き足立っているものの、驚いた様子はない。
 王太子アルフレッドの屋敷来訪は、予定されていたものだったようだ。

 シャロンはしかし、王太子アルフレッドの前で、自身が未だ腰かけたままでいることに気がついた。慌てて立ち上がり、礼をする。
 男装というあるまじき装いで、王太子の前に姿を見せる無礼を働いたのは、これで二度目。

 いくらシャロンの兄が、王太子アルフレッドの側近の一人として取り立ててもらっているとはいえ、これ以上の目こぼしはしてもらえないだろう。
 何しろシャロンは、王太子アルフレッドの厭う第三王子エドワードと誰より懇意だった。それは王太子アルフレッドとて、当然知っている。
 シャロンは王太子アルフレッドに対し、何一つ、疑わしい振る舞いを見せてはいけない。

 疑いをかけられているだろうシャロン。
 何を挙げ連ねて断罪されるか。それは王太子アルフレッドの気持ち一つ。
 既に、なにがしかの王太子による私罰が下されていてもおかしくなかった。
 王家として、国家としての正式な罰則はないかもしれない。
 だが隠匿された私罰ならば、十分にありうる。

 それをしないのは、シャロンの兄の有用性を認め、重宝しているのか。
 もしくはシャロンを泳がせ、情報を引き出したり、虎視眈々と機会を捉えるべく狙っているのか。

 シャロンは後者だと考えていた。
 シャロンの兄は、確かに聡明で有能な類に入るだろう。だが、それだけで王太子アルフレッドが、シャロンのエドワード贔屓を許すはずがない。
 王太子アルフレッドは、それほどまで甘い人物ではない。
 兄やエドワードから、王太子アルフレッドの話を聞く度に、その思いは強まり確信となった。

 長年の目の上のたん瘤、第三王子エドワードが死んだ今、王太子アルフレッドがシャロンに情けをかける理由は失われた。
 そしてそれを望んだ。
 王太子アルフレッドの断罪を。エドワードと共にと。
 そう思っていた。
 だがこれは、いったいなんだ?

 戸惑うシャロンに、第二王子ユーフラテスの使者を名乗った男が、顔を上げるよう言った。人に指図するのに慣れた、尊大な調子で。
 シャロンが顔をあげると、そこにはくすんだ金の髪の男がシャロンに同情のまなざしを向けていた。
 飴色だと思っていた瞳は、先ほどより淡く澄んだ、琥珀色の煌めきを放っている。
 だいたい、使者の髪の色は、よくある平凡な栗色だったはず。それなのに。

 シャロンが間抜けにも口をぽかんと開ける。
 男は名乗った。


「レディ。あなたに偽りを述べたこと、本意ではなかった。許してほしい」


 そう前置きして。

 それはシャロンのよく知る、この国の尊き名の一つであり、エドワードがその名を口にするときは、たいてい嬉しそうだった。慕っていることがよくわかった。
 だから、シャロンも言葉を交わしたことはなかったが、彼の御方には、感謝と好意、そして猜疑心と嫉妬心を抱いていた。

 男は大きく息を吐きだし、小さく首を振った。
 そして今朝方はシャロンに絶望を与えたその口で、今度はシャロンに希望を告げる。


「エドワードは、生きている」


 怪しげな黒い人影は、前に進み出て、そのフードを下ろす。
 シャロンの心臓は痛いくらいに、その鼓動を刻んでいる。
 胸元で合わせた両手。かたく握りしめているせいか、血の気が失せている。
 カラカラに乾いた喉は、わずかな湿り気を探して潤そうと、唾を飲み込む。

 現れた漆黒の髪。
 だがそれは、エドワードではなかった。


「長い間、お疲れさま。君の役目は、もうこれでおしまいだよ」


 労をねぎらう、柔らかな声色の元へ目を向けると、シャロンを嘲笑うかのように、黄金色の髪が揺れている。
 一方で、シャロンを捉えた琥珀色の瞳には、諦念と疲労の色が浮かんでいた。ようやく解放された、というような安堵も混じり合って。


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