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51話 大切な仲間

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 シーミナは溢れる涙を拭き、今から救うべき者の下へ足を急がせた。
 
 僕は何を泣いているんだ。
 まだ何も出来ていないじゃないか。
 僕はフネアスに救ってもらったように、今度は僕がフネアスを救うんだ。

 そして見慣れた光景が広がっていき、まだ拘束されたままでいたフネアスの姿を目で捉えた。

 もうすでにリリル達の姿はない。
 無事に避難出来たってことかな。
 だったらもう何も気にせずに、フネアスを救うことができる。

 シーミナは反射の力を使い、内側から力を加えてフネアスの拘束を解いた。

 今頃気がついたけど、僕が自然に力が使えるようになってる……。
 これもライのおかげだね。
 きっと僕がしてこなかった努力を沢山したんだろうな……。

 「どうして私の封印を解いた」

 突然拘束を解かれたフネアスは、殺気を肌で感じるほど放ちながらも、シーミナに向かって質問した。

 「君を助けるためだよ」
 「私は助けなど求めていない」
 「でも僕には君が助けを求めているように感じるよ」
 
 フネアスの瞳が微かに揺れて、少し苦しむような表情を見せた。

 「ねえフネアス。戻って来なよ。本当はそんなことしたくないんでしょ?」
 「……」
 「フネアス。僕が必ず君を助け――」
 「黙れっ!」

 鋭い声と共に、漆黒の斬撃が周りを襲っていく。
 シーミナは瞬時に力を発動して、自分の身をなんとか守った。

 「私はフネアスなのではない! 私は……私は……!」

 地面に膝をついて頭を抱えながら苦しみ始め、まるで自分の中にいる誰かと戦っているようだ。
 だがその苦しみに抵抗するように、鋭い目でシーミナを捉えると飛び掛かるようにして襲いかかった。
 
 「フネアス! 目を覚ますんだ!」

 反射の力を使ってフネアスの攻撃を全て弾き飛ばす。
 しかし、フネアスの攻撃の手が止まることはない。
 
 両手の中で闇の力で塊を作り、それを地面に向けて打ち付ける。
 地面にぶつかると同時に、凄まじい衝撃波と闇の力が侵食していく。
 
 僕の力では反撃をする事が出来ない……!
 いつまでも守っているだけでは無駄――。

 
 『シーミナ、私が必ずお前を助けてやるからな』


 今の記憶は……。
 そうだ……僕が聞いたフネアスの最期の言葉だ。
 あの時フネアスは、自分の身を犠牲にしてでも僕を救おうとしてくれた。
 力が暴走してしまった僕に触れれば、どうなるかなんて分かっていたはずなのに……。

 今自分がすべき事をシーミナは理解した。
  
 誰かと会話するのに反射の力は必要か?
 誰かに触れるのに反射の力は必要か?
 誰かを抱きしめるのに

 「いや、いらないよね」
 
 そしてシーミナは、自分の身を守るために使っていた反射の力を解除した。
 それと同時に、衝撃波と闇の力が全身を襲った。
 闇の力に触れた瞬間、体中に傷を負い少しでも気を抜けば倒れてしまいそうになる。
 
 それでもシーミナはあの時のことを思い浮かべて、目の前で苦しむフネアスに足を進める。
 一歩、また一歩、ゆっくりと近づいていく。

 近づけば近づくほど、闇の力は強くなり体に大きな傷を負っていく。
 だがそれでも止まりはしない。

 そして――。

 「なっ……!? 貴様何を――」

 誰も近くにいないと思っていたのにも関わらず、それも傷だらけで立っていたシーミナに、フネアスは目を見開いて声を出した。
 そして立ちあがろうと足を上げた直後、倒れ込むようにしてシーミナはフネアスを抱きしめた。

 「やっと……ここまで来れた……」
 「何をしている! 離せ!」

 突然の出来事に混乱しながらも、シーミナを振り解こうと必死に体を動かした。
 だがそれでも、シーミナが離れることはなかった。

 「絶対に離さない……! フネアスはあの時、最期まで抱きしめるのをやめなかった! だから僕だって絶対に離れない!」
 「私はフネアスなのではない! 私は――」
 「君はフネアスだよ! それ以外の他の誰でもない! 君は闇の神フネアスだ!」
 
 シーミナの必死な声が、闇の力と共に空中に広がっていく。
 しかしそれでも、フネアスの頭の中にその声が響き続けた。

 フネアスに何かしらの影響を与えることができたのか、放出されていた闇の力は次第に弱まり始めた。

 「私は……私は……」

 混乱しているように、何度も何度も同じ言葉を繰り返して顔を手で押さえた。
 
 だがそんなフネアスを安心させるように、シーミナは笑顔を浮かべながら抱きしめ続ける。
 そしてゆっくりと、穏やかな口調で言葉を発した。

 「大丈夫だよ。僕は君が帰って来るのを待ってる。だから戻っておいで。フネアス」
 「……っ!」

 
 ああ……いつぶりだろうか。
 この懐かしい声を聞くのは。
 もう何十年も聞いていなかったが、久しぶりに聞くことが出来た。
 それに私を呼んでいるではないか。
 だが戻っておいでとはなんだ。
 私は子供ではないぞ。

 だがまあ、私を呼んでいることだし、行ってやるとするか。
 待っていろよ、シーミナ。


 「……お帰り。フネアス」

 ちゃんと戻ることが出来たんだね……。
 良かったよ……。

 今シーミナが体を両腕で支えているのは、フネアスの気配を失ったハーシュだった。
 気を失っていて、少しでもシーミナが力を緩めれば……頭から倒れてしまう。


 僕の役割はこれで終わりだね……。
 じゃあ僕もそろそろ戻るとするよ。
 次はライ、君の番だよ。
 他の皆を、そしてこの子を……よろしくね。


 「……ああ。任せてくれ」
 「……うぅ……。ライ……?」
 「久しぶり。ハー――」

 俺の顔を見て呆然としていたハーシュは、段々涙を浮かび始めたと思ったら、勢いよく飛びついてきた。
 
 長い間ハーシュと共に過ごしたが、涙を見たのは初めてかもしれない。
 
 「よかった……! 生きていてくれたんだな……!」
 「ある人が助けてくれたからな」

 俺に何があったかは、また後で話をするとしよう。
 この場で話をするには長すぎるからな。
  
 「ハーシュ立てるか?」

 フネアスがあれだけ闇の力を使ってしまったんだから、体に相当な負担がかかってしまっている。
 と、思っていたが。

 「ああ、問題ない」

 装備に付いた汚れを払いながら、特に傷を気にすることなく立ち上がった。
 
 やっぱりハーシュは凄いな。
 俺がどれだけ強くなろうと、ハーシュには到底敵いそうにない。
 
 「私のせいでこうなってしまったのか」

 目の前で広がる戦場を見ながら、ハーシュは静かに口を開いた。 
 
 「……え? 違うだろ。これは悪魔が――」
 「何も違わないさ。私が強ければ、もっと抵抗していれば、あの時連れ去られなければ、こんなことにはならなかった……!」
 
 歯を噛み締めて、右手からは爪が食い込み出血している。
 
 「ずっと少しだけ意識はあった。まるで夢の中にいるかのような感じだった。だが記憶はある。命を踏み躙った記憶も、何もかも。
 私は数えきれない程の命を奪った。
 人として最低な行いをしながら、今、私は生きている。
 私はあの夢の中にいる感覚のまま……死ぬべきだったのでは――」
 「それは違うぞ」

 俺は自然とその言葉が出てしまった。
 さっきまで何と返せばいいのか分からなかったというのに、今は自然と流れるように出ていった。
 
 「消えた命が戻ることはない。それは神でさえ同じだ。だけど、まだ消えていない命は救うことが出来る」
 
 ハーシュがしてしまった事は消えない。 
 命だって戻らない。
 だがそれでもハーシュは、数え切れない程の命を救ってきて、そしてこれからも救い続ける。
 それに――。

 「皆がハーシュが戻るのを待っている。君を必要としている。君が生きて、奪ってしまった命以上に、これから多くの命を救っていくんだ」
 「……死ぬべきだったなんて思ってすまなかった。私が間違っていた。奪ってしまった命を胸で思い出し続け、勇者として私はこれからも生きる」

 俺がハーシュに伝えたことは、他の人からしたら間違ったことを言っていると思われるかもしれない。
 全てはハーシュの責任だ。
 奪った命を償うために死ぬべきだ。
 勇者としてふさわしくない。

 こう思う人もきっといるだろう。

 だけど俺は、ハーシュに伝えたことが間違っていたかもしれないなんて、絶対に思うことはない。

 「ライ。こうして共に戦うのは久しぶりだな」
 「そうだな。俺も特訓で強くなったし、もう足は引っ張らないぞ?」

 嘘を言ったと思ったのか、ハーシュは笑みを浮かべた。

 「そうか。それは楽しみだな」
 「本当のことだからな」

 俺はハーシュを信じ続ける。
 これからも多くの命を救うと。
 同じ勇者として。
 そして、大切な仲間の一人として。

 
 
 
 
 
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