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45話 絶望はすぐそばに

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 「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

 俺は前に進みながら飛んでくる黒い球体を、剣で素早く切り裂きながら前に進んだ。
 
 だがまったくハーシュに接近することができない。
 たとえ近づけたとしても、すぐに後退して距離を取られてしまう。
 近づくことが出来なければ、攻撃を入れることが出来ない。
 困ったものだ。
 
 ハーシュはとにかく何かを飛ばし続けてくる。
 大きさもそれぞれ異なり、形も違う。
 だが一つ一つが、当たって仕舞えば致命傷を負ってしまうほどの威力を持っている。
 いずれ体力的な限界が来てしまうのは確実だが、それよりも先に精神的な限界が来ないかが心配だ。

 そんなことを考えながら球を斬っていると、突然何も飛んで来なくなった。
 チャンスだな。

 俺はそう思い、走る速さをさらに上げた。
 直後、俺の左手が誰・か・に・掴・ま・れ・た・。

 俺はすぐに後ろを振り向き、掴んだ相手の正体を確認しようとした。
 
 だが後ろには、俺を掴む者は誰もいなかった。
 それでも俺の手には掴まれている感覚がある。
 その感覚に正体を確認する為、視線を下に向ける。

 「なんだよこれ……!」

 キモい。
 キモすぎる。
 なんと俺の腕には、ウネウネと動く紫の液体に掴まれていたのだ。
 その液体は地面から生えていて、よく見てみるとハーシュの背中から出て地面を潜っていた。

 このままだとまずい!
 
 俺はすぐに右腕を振り上げて、液体を斬り落とそうと剣を振った。
 剣は液体の触れて、そしてそのまま切断――する事はなかった。
 
 嘘だろ……。
 どうして斬れないんだよ……!
 
 俺の剣は液体を切断する事が出来なかったのだ。
 
 その後も液体は俺の剣を通さず、俺の腕を拘束し続けた。
 柔らかすぎるせいで斬れないのだろうか。
 でもどうにかしなければ……!

 しかし、そう思った時にはすでに遅かった。

 「ちょ!」

 剣を握る右腕も液体に掴まれ、俺は自由を失った。

 こんなことされてる場合じゃ無いんだよ!
 俺が動かないと、俺が殺さないと皆が殺されてしまうんだよ!
 そう必死に自分に言い聞かせて、体を激しく動かしてみる。
 だがどうやっても、この液体は俺のことを離そうとしない。

 俺が必死に抵抗していると、腕を掴む液体は半分に分裂して俺に首に巻きついた。

 やばい……意識が……。
 
 首から離そうにも手が使えない為、どうすることも出来ない。

 俺に視界は徐々に暗くなっていく。

 駄目だ……!
 絶対に気を失うな……!
 少しでも……抵抗しろ……!
 
 だが体はまったく反応しない。
 それどころか、感覚が無くなってきてしまっている。

 俺は暗くなっていく視線を前に向けると、ハーシュが翼を広げながらゆっくりと迫ってきていた。
 そして遂に、手を伸ばせば触れられる距離まで近づいて来た。

 近付けても……こんな状況だとな……。

 「はー……しゅ……」

 俺は掠れる声で名前を呼んだ。
 勝手に口が開いたのだ。
 体を動かそうにも出来ないのに、それなのに。

 そんな俺を見ながら、別人のように変わってしまったハーシュは、冷たい目を俺に向けた。
 
 「私はハーシュではない。私は……私は……」

 誰だ、という言葉を最後に、俺の意識は完全に消え去った。
 

◇◆◇


 ピエロ集団とリリルは、滅多に遭遇することのない強敵に苦戦を強いられていた。

 「お前神だよねぇ? なのにさぁ、なんか弱くない!?」

 上級悪魔はリリルの首元を掴むと、軽々体を持ち上げて頭から地面に叩きつけた。
 リリルは口から血を吐きながら、地面を転がっていった。

 「だって戦うのは僕の専門じゃないからね……。でもまあ、戦えないわけじゃないけど」

 にっと笑って見せると、背後で騎士と戦っていた数人の悪魔を殴り飛ばした。
 戦いが苦手と言えど力は勇者以上ある。
 その為、下級悪魔を相手にするのは目を瞑ってでも出来ることだ。

 突然背後から殴り飛ばされた悪魔は、意味が分からなさそうに周りを見渡している。
 リリルはその悪魔に近づくと、笑って喋りかけた。

 「やあ」
 「誰だ貴様」
 「面倒くさいから言わない」

 と言いながら、悪魔の頭のすぐ真横を拳で思い切り殴った。
 殴られた場所は大きくひび割れ深く陥没していた。

 「じゃ、僕のために働いてね」

 そうしてリリルはその下級悪魔を支配した。
 支配するための条件はただ一つ。
 相手が自分に恐怖すること。

 悪魔はふらっと立ち上がると、上級悪魔に向かってゆっくりと歩いて行った。
 
 「お前、こいつに何をした」
 「えーそんな怒らないでよ。ただ支配しただけだから。あとそれと、その悪魔僕の力のお陰で結構強くなっているからね」
 「だからなんだ。俺は同じ悪魔でも容赦なく殺すぞ。そしてな、下級悪魔が力を与えられても、俺達上級悪魔に力が及ぶことはない」

 仲間に言うにしては酷い事を言いながら、上級悪魔は下級悪魔に向かって拳を振り下ろした。
 その拳は顔に向かっていき、鼻先に触れる――事はなかった。

 上級悪魔は自分がされたことに驚きを隠せず、少しの間動きが止まった。
 
 「なぜ下級悪魔が俺の拳を……!」

 まるで嘘のような光景だが、なんと下級悪魔が上級悪魔の拳を受け止めたのだ。
 それを見て、リリルは顔に笑みを浮かべた。

 「だから言ったでしょ。強くなってるって。じゃあ今から君の名前はリュフね」
 「何をふざけた事を――」
 
 リュフは上級悪魔の腕を掴みながら、腹に強烈な蹴りを入れた。
 当然ながら攻撃はそれだけでは終わらず、顔、胸、腹を殴りつけていく。
 リュフの動きは下級悪魔の動きではない。
 まるで上級悪魔、またはそれ以上のものになっていた。

 「馬鹿な……ふざけるな……下級悪魔に……俺が……!」

 両手を地面につき、全身から血を流す悪魔をリュフは容赦なく首を掴んで持ち上げた。
 
 「おい下級悪魔……! 俺は上級悪魔だぞ……! こんな事をして許されるとでも――」

 だが最後まで喋ることはできず、首を食い千切られて目から光を失った。

 「お前ぇ!!!」

 ジェネラル達を相手にしていた上級悪魔は、目を血走らせながらリュフに向かって飛びついた。
 その姿はまるで知恵のない獣のようだ。

 その獣は手の平に爪が食い込む程強く拳を握り、リュフの顔を殴りつけた。
 だが特に動じることなく、背中を掴んで地面に投げつける。
 上級悪魔は綺麗に受け身を取り、顔を上げた瞬間、胸をリュフの腕が貫いた。

 「がぁ……!」

 そして口から血を吐きながら、リュフが腕を引き抜くと同時に横に音を立てながら倒れていった。

 「俺達もあれだけ強くして下さいよ」
 「そうすればもっと戦えますわ」
 「確かにそうだね。だけど、やめて置いた方がいいよ」

 リリルの視線はリュフに向けられているのに気づき、ジェネラル達は視線を向けた。
 上級悪魔の死体の前で仁王立ちするリュフ。
 だが体が灰のように変化して、空中に散り始めていた。

 「あれは一体……!」
 「あいつの身体能力の限界を突破させたんだよ。あの悪魔の生命エネルギーと僕の力を削ってね……」
 
 最後は絞り出すような声で言葉を発すると、急に体勢を崩して地面に倒れ込んだ。 

 「え!? 大丈夫ですか!」
 「ちょっと……無理をし過ぎたかも……」

 もう少し、力の消費量を抑えれば良かったかな……。
 あの悪魔の大分余裕そうに倒してたし。
 判断ミスったな……。

 「僕のことは放って置いて良いよ」
 「置いていうなんて出来るわけ無いじゃないですか」
 「なんで? だって僕は君達の事支配してるんだよ?」
 「まあそうですけど……俺達を殺さないでくれたので感謝してるんです。な?」
 「勿論」
 「絶対殺されるかと思っていましたので」
 「ということです。だから置いてはいけません」
 
 あまりの意外な返答に、リリルは少しの間呆然としてしまった。
 それと同時にリリルは思った。
 この戦いが終わったら、支配を解いてあげようと。

 「まったく。君達は変わってるね」

 リリルはそう言い、優しい笑みを浮かべた。

 この後待ち受ける絶望も知らずに。

 

 
 
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