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第七章 波乱の予感

麗羅の決意

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「――遅かったな、麗羅」

「っ!?」

 空から突然低い声が降ってきて、二人は弾かれたように顔を上げる。
 すると、黒い翼を広げた鼻の長い妖が山門の前へ舞い降りた。

 結衣袈裟を着て手には黒い羽扇を持ち、真っ赤な顔には神経質そうにしわを寄せている。
 誰もが知る空想上の生き物『大天狗』だ。
 背中には大きな貝を背負っており、その内側から漏れ出る妖気に警戒を禁じ得ない。

 いつの間にか山門の屋根の上には、上半身裸で下に武者袴をはいた男が座っていた。
 彼らは、威嚇するようにとつもなく強力な妖気を発している。

「その少年が龍血鬼か」

「ふんっ、青臭いガキじゃねぇか」

「どうしてあなたたちがここに……」

 貴船は顔を強張らせて身構え、龍二は彼女の横に立って呪符を手に握った。

「貴船さん、こいつらは?」

「よろずの会の頭首補佐『火車』と参事の『大天狗』よ」

「なに、邪魔する気はない。少年、この奥で頭首様がお待ちだ、早く行け」

 大天狗がそう言うと、閉じられていた山門が一人でに開いた。
 彼の妖力が強まったことから、神通力のようなものを使ったのだろう。
 龍二は警戒しながらも麗羅へ視線を送ると、彼女は険しい表情ながらゆっくりと頷いた。

「……行きましょう」

「ああ」

 龍二は慎重に前へ進み、山門をくぐって寺の敷地へと足を踏み入れる。
 その直後、山門は閉じられた。

 龍二の後についていこうとしていた麗羅は、上空の大天狗をにらみつける。

「……どういうことですか?」

「お前が一緒に行く必要などないだろう」

「……そんなこと、あなたには関係ない」

 麗羅は今、自分でもどうすればいいか分からなくなっていた。
 ここへ来るまでの龍二の言葉に心を揺り動かされたのだ。
 頭首の命令とはいえ、彼を巻き込んでしまったことに強い罪悪感が芽生え始めている。

 そんな彼女に生じた迷いを、大天狗は見抜いていた。

「どちらにせよ、お前はダメだ。あの少年に情を移し過ぎた」

「そんなことは……」

「わしには分かるのだよ。お前を行かせれば必ず裏切る」

「っ!」

 麗羅は飛び退いて大天狗から距離をとると、腰のポーチから形代と二枚の呪符を取り出した。

「式装顕現『降魔刀・さざなみ』。金は水を生ず、金生水」

 形代が白く輝き、それを横へ薙ぐと、白光の軌跡が刀へと変わっていた。
 さらに刀身へ金術による強化をほどこしし、清廉された水の刃を纏う。

 鬼屋敷龍二は、自分たち半妖にとってなくてはならない存在。
 それを認識したとき、麗羅の中で迷いは吹っ切れた。
 たとえ自らが蛇魂の呪いに殺されようとも、龍二たちを死なすわけにはいかない。

「無駄なことを」

「そこを通しなさい!」

 刀を振るい、鋭い水の斬撃を放つ。
 大天狗は身動き一つとらず直撃するが、真っ二つになったと思った次の瞬間には煙のように消えていた。

「しまっ……」

 麗羅はようやく気付く。自分が術中にはまっていたことに。
 周囲に白い霧がたちこめていたのだ。
 次第に視界が白一色になっていく。
 
しん……」

 その名を呼ぶと、どこからか警戒な声が響いてきた。

「キヒヒヒッ! 裏切り者の始末なんて造作もない。じっくりいたぶって、なぶり殺してやるよ」

 よろずの会の幹部上席『蜃』。
 人や妖に幻覚を見せる、白い霧のような妖気を発する厄介な妖だ。
 普段は大きな貝の内側に身を潜めており、狙った獲物はその妖気によって惑わし喰らう。
 一度術中にはまってしまえば、そう簡単には抜け出せない。

 そんな絶望的な状況でも、麗羅は瞳に闘志を宿し、刃を振るうのだった。

「私はもう、あなたたちの言いなりにはならない!」
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