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第七章 波乱の予感

よろずの会の裏表

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「――よろずの会ですか?」

「あぁ、少し気になって」

 休日の夕方、龍二と嵐魔は中庭の縁側で並んで座り、桜千樹を眺めていた。
 風に吹かれて舞い散る花びらは、黄昏に輝き美しい。
 桜千樹の妖力がなくとも、それを見るだけで穏やかな気持ちになれた。
 あぐらを組んだ龍二の膝の上には、遊び疲れた鈴が幸せそうに頬を緩ませて寝ている。
 嵐魔は彼女を起さないように気を使ってか、声量を落として答える。

「よろずの会と言えば、比較的新しい百鬼夜行ですね。もちろん存じております」

「実は、滋賀で起こっていた失踪事件の黒幕だったらしい。元々は害のない妖たちだって陰陽庁は認識してたらしいから、どんな奴らなのか気になったんだ」

「ふむ……あれを無害だなどとは、陰陽庁側も実際は考えていなかったでしょうね」

「え? それはどういう……」

「よろずの会の頭首は、蛇魂という妖です」

「蛇魂……聞いたことないな」

 龍二が難しい顔で呟くと、嵐魔は特に表情を変えることなく頷いた。

「仕方のないことです。それこそ、彼らが無害とされてきた証明でもありますから。蛇魂というのは白蛇で、元々はある陰陽師の式神として生まれたそうです。しかしなんらかの原因で主を失い、消滅することのないまま現世をさまよっていました。その中で、無念のまま死んでいった人間たちの怨念が次々とそれの元へ集まり続け、やがて怨嗟えんさの集合体たる妖となったのです」

「なんか、悲しい妖だな……」

 龍二はため息を吐いて呟き、視線を下へ落とす。
 幸せそうな表情で静かに寝息を立てている鈴の頭をなでると、彼女の小さな手につかまれた。
 しかし起きる気配はなく、無意識のようだ。

「同情はすべきでないかと。あれは狡猾こうかつで残忍な妖です。おそらくそうやって相手の油断を誘い、呪いをかけて部下を増やしていったのでしょう」

「呪い?」

「白蛇の呪いです。蛇魂の一部である白蛇は、噛んだ相手に呪いをかけるのです。その強制力は強く、自分の言うことを聞かなければ、呪い殺すこともできるとか。奴の百鬼夜行は、幹部に至るまでのすべての妖がその呪いをかけられているのですよ」

「それじゃあ、恐怖によって支配してるって言うのか?」

 眉間を寄せ顔を上げた龍二へ嵐魔は頷く。
 同じく百鬼夜行を率いようとする者として、あまり気分の良い話ではない。
 
「そうでもなければ、彼のために捨て駒に甘んじるなどありえないでしょう。頭首補佐の火車や参事の大天狗は、襲撃した陰陽師の式神に呪いをかけ、奪い取ったという裏の話もあります」

「そういうことだったのか……でも、そんな邪悪な存在なのに、なんで陰陽庁は奴らを無害だと?」

「幹部上席のしんという妖の力のせいで、証拠が見つからないんですよ。火車と大天狗にしても、その元主と近しい者は殺し、陰陽師の式神であったという事実を認めないのですから」 

「悪しき妖か……」

 龍二は先日の講義のことを思い出していた。
 妖の善悪の判断は難しい。
 人間側の立場に立ってみれば、妖すべてを悪として滅していた土御門摩荼羅の考え方も分からなくはないのだ。

 もし自分の百鬼夜行に悪しき妖がいたとして、頭首の自分はなにをすべきなのか、すぐには答えが出なさそうだった。
 嵐魔は悩んでいる龍二の様子を黙って見守り、しばらくすると修羅が外廊下へ現れた。

「龍二」

「ん? あぁ、おかえり修羅」

 修羅は食材のたっぷり詰まった買い物袋を両手にさげ、玄関のほうから歩いて来るところだった。
 雪姫の頼みで買い物に行っていたのだろう。
 彼は龍二の近くまで歩み寄ると足を止める。
 
「お前、貴船となんかあったのか?」

「は? なに言ってんだ?」

「いや、ないならいい。さっき、屋敷の近くであいつを見てな。あれは間違いなくここを訪ねようか迷ってる様子だった。不審に思ったから声をかけたんだが、すぐに逃げちまったよ」

「貴船さんが? なにかあったのか……」

 まったく心当たりがなく、龍二は首を傾げる。
 塾で聞いてみようとも思ったが、いつもの様子だと適当にはぐらかされるだけのような気がした。
 なんだか得たいの知れない違和感のようなものを感じていた龍二がしばらく考え込んでいると、鈴が起きた。
 とりあえず今は、思考を中断し百鬼夜行の仲間たちと夕食をとることにするのだった。
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