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第七章 波乱の予感

蛇魂の目的

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 真夜中の薄暗い室内でロウソクの火がゆらめく。
 今は朽ちた寺の本堂内に、強力な妖気が集まっていた。

「ぅぅぅ……ぐぁぁぁっ」

 焦げ茶色のローブを纏い、奥でうずくまってうめいている男。
 白い髪に青白い肌はもはや病的と言え、瞳は縦長に裂けた蛇のもの。
 フードの下に覗くこけた頬には、硬質な鱗が浮き出て肌は酷く荒れていた。

 彼の周囲に立って成り行きを見守っているのは、赤い顔に長い鼻で結袈裟ゆいげさを着た『大天狗だいてんぐ』と、厳つい顔にごうごうと燃え盛る熱気を纏った上半身裸の男『火車かしゃ』。
 百鬼夜行・よろずの会の幹部たちだ。
 そしてローブの男の前にひざまづきこうべを垂れているのは――

「――麗羅っ! 龍の血はまだ手に入らないのかっ!?」

 火車が顔を憤怒に染め怒鳴りつける。
 逆立つ赤髪はメラメラと燃えていた。
 叩きつけられる覇気にしかし、麗羅は微動だにせずただ淡々と謝る。

「申し訳ありません」

 火車は舌打ちし、次に大天狗が厳かに問う。

「なんためにお前を送り込んだか、分かっているのか?」

「……はい。私が『半妖』だからです」

「そうだ。わしや火車が動けば、忌々しい陰陽師どもにけどられる。だから、半端者のお前を連れて来た。そうでなければ、邪魅と同じく捨て駒として残してきていたところだ」

「はい」

 特に幹部でもなく、ただ拾われただけの麗羅が連れて来られたのは、頭首の目的である龍の血を手に入れるためだ。
 そのためだけに生かされ、自由に動かせてもらっている。
 特に反省の色が見えない彼女に、頭首『蛇魂じゃこん』は地獄の底へ響くような低い声で怒気をぶつけた。

「……遅いぞ……いったいなにをもたついている……」

「まさかお前、龍血鬼にほだされているのではないだろうな?」

 大天狗の一言に、麗羅は少しだけ肩を揺らした。
 だが動揺を悟られまいと抑揚のない声で答える。

「いえ……もう、間もなくです」

「ならば早くしろっ! 早く……龍の血の持ち主をっ、俺の前に連れて来い!」

「はい、もちろんで……っ、ぅくっ」

 麗羅は突然息苦しさを覚え、冷や汗を浮かべながら胸を押さえる。
 うずくまる蛇魂の背から一匹の白い蛇が鎌首をもたげ、怪しく光る瞳を彼女へ向けていた。
 白蛇の呪い。
 それに噛まれた者は、呪いをかけられるのだ。
 そしてそれは、麗羅だけでなく百鬼夜行のメンバーすべてにかけられていた。
 ゆえに、誰も彼には逆らえない。

「――手こずっているようだな」

「……あんたか」

 突然低い女の声が聞こえたと同時に、苦しみが和らぎ麗羅は顔を上げた。
 いつの間にか、蛇魂の後ろに全身黒ずくめの鬼が立っていた。
 首元はスカーフで覆われているため、表情はよく見えないが、おそろしく整った顔立ちの女だ。
 美しすぎて恐怖すら覚える。
 彼女は百鬼夜行の頭首が相手だろうと、もの怖じせず堂々と告げた。

「せっかく素晴らしい情報を渡したんだ。このていたらくでは困るな。幹部と手下たちを捨ててまで、なにをしているのか」

 あまりにも失礼な物言いに、火車は激怒で顔を歪ませ、大天狗は眉間にしわを寄せて口を挟む。

「我らが頭首様に対し、言葉がすぎるぞ女」

「無能に無能と言ってなにが悪い」

「なんだと!? そもそもお前は信用ならんのだ! 我らに龍の血を狙わせて、いったいなにが目的だ!?」

「お前の知ったことではない」

「貴様ぁっ! もう我慢ならん! 火車! こやつを――っ!?」

 怒りで今にも飛びかかりそうだった大天狗だったが、突然言葉を詰まらせ、目を見開いて膝を着く。
 白蛇の呪いだ。

「うるさいぞ。この女の目的なんてどうでもいい。この苦しみから解放されるのなら、なんだっていいんだ。分かったら、さっさと行け!」

「はっ!」

 麗羅は返事をするとすぐさま町へと降りて行くのだった。
 大きな迷いを抱えたまま――
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