73 / 90
第七章 波乱の予感
蛇魂の目的
しおりを挟む
真夜中の薄暗い室内でロウソクの火がゆらめく。
今は朽ちた寺の本堂内に、強力な妖気が集まっていた。
「ぅぅぅ……ぐぁぁぁっ」
焦げ茶色のローブを纏い、奥でうずくまってうめいている男。
白い髪に青白い肌はもはや病的と言え、瞳は縦長に裂けた蛇のもの。
フードの下に覗くこけた頬には、硬質な鱗が浮き出て肌は酷く荒れていた。
彼の周囲に立って成り行きを見守っているのは、赤い顔に長い鼻で結袈裟を着た『大天狗』と、厳つい顔にごうごうと燃え盛る熱気を纏った上半身裸の男『火車』。
百鬼夜行・よろずの会の幹部たちだ。
そしてローブの男の前にひざまづきこうべを垂れているのは――
「――麗羅っ! 龍の血はまだ手に入らないのかっ!?」
火車が顔を憤怒に染め怒鳴りつける。
逆立つ赤髪はメラメラと燃えていた。
叩きつけられる覇気にしかし、麗羅は微動だにせずただ淡々と謝る。
「申し訳ありません」
火車は舌打ちし、次に大天狗が厳かに問う。
「なんためにお前を送り込んだか、分かっているのか?」
「……はい。私が『半妖』だからです」
「そうだ。わしや火車が動けば、忌々しい陰陽師どもにけどられる。だから、半端者のお前を連れて来た。そうでなければ、邪魅と同じく捨て駒として残してきていたところだ」
「はい」
特に幹部でもなく、ただ拾われただけの麗羅が連れて来られたのは、頭首の目的である龍の血を手に入れるためだ。
そのためだけに生かされ、自由に動かせてもらっている。
特に反省の色が見えない彼女に、頭首『蛇魂』は地獄の底へ響くような低い声で怒気をぶつけた。
「……遅いぞ……いったいなにをもたついている……」
「まさかお前、龍血鬼にほだされているのではないだろうな?」
大天狗の一言に、麗羅は少しだけ肩を揺らした。
だが動揺を悟られまいと抑揚のない声で答える。
「いえ……もう、間もなくです」
「ならば早くしろっ! 早く……龍の血の持ち主をっ、俺の前に連れて来い!」
「はい、もちろんで……っ、ぅくっ」
麗羅は突然息苦しさを覚え、冷や汗を浮かべながら胸を押さえる。
うずくまる蛇魂の背から一匹の白い蛇が鎌首をもたげ、怪しく光る瞳を彼女へ向けていた。
白蛇の呪い。
それに噛まれた者は、呪いをかけられるのだ。
そしてそれは、麗羅だけでなく百鬼夜行のメンバーすべてにかけられていた。
ゆえに、誰も彼には逆らえない。
「――手こずっているようだな」
「……あんたか」
突然低い女の声が聞こえたと同時に、苦しみが和らぎ麗羅は顔を上げた。
いつの間にか、蛇魂の後ろに全身黒ずくめの鬼が立っていた。
首元はスカーフで覆われているため、表情はよく見えないが、おそろしく整った顔立ちの女だ。
美しすぎて恐怖すら覚える。
彼女は百鬼夜行の頭首が相手だろうと、もの怖じせず堂々と告げた。
「せっかく素晴らしい情報を渡したんだ。このていたらくでは困るな。幹部と手下たちを捨ててまで、なにをしているのか」
あまりにも失礼な物言いに、火車は激怒で顔を歪ませ、大天狗は眉間にしわを寄せて口を挟む。
「我らが頭首様に対し、言葉がすぎるぞ女」
「無能に無能と言ってなにが悪い」
「なんだと!? そもそもお前は信用ならんのだ! 我らに龍の血を狙わせて、いったいなにが目的だ!?」
「お前の知ったことではない」
「貴様ぁっ! もう我慢ならん! 火車! こやつを――っ!?」
怒りで今にも飛びかかりそうだった大天狗だったが、突然言葉を詰まらせ、目を見開いて膝を着く。
白蛇の呪いだ。
「うるさいぞ。この女の目的なんてどうでもいい。この苦しみから解放されるのなら、なんだっていいんだ。分かったら、さっさと行け!」
「はっ!」
麗羅は返事をするとすぐさま町へと降りて行くのだった。
大きな迷いを抱えたまま――
今は朽ちた寺の本堂内に、強力な妖気が集まっていた。
「ぅぅぅ……ぐぁぁぁっ」
焦げ茶色のローブを纏い、奥でうずくまってうめいている男。
白い髪に青白い肌はもはや病的と言え、瞳は縦長に裂けた蛇のもの。
フードの下に覗くこけた頬には、硬質な鱗が浮き出て肌は酷く荒れていた。
彼の周囲に立って成り行きを見守っているのは、赤い顔に長い鼻で結袈裟を着た『大天狗』と、厳つい顔にごうごうと燃え盛る熱気を纏った上半身裸の男『火車』。
百鬼夜行・よろずの会の幹部たちだ。
そしてローブの男の前にひざまづきこうべを垂れているのは――
「――麗羅っ! 龍の血はまだ手に入らないのかっ!?」
火車が顔を憤怒に染め怒鳴りつける。
逆立つ赤髪はメラメラと燃えていた。
叩きつけられる覇気にしかし、麗羅は微動だにせずただ淡々と謝る。
「申し訳ありません」
火車は舌打ちし、次に大天狗が厳かに問う。
「なんためにお前を送り込んだか、分かっているのか?」
「……はい。私が『半妖』だからです」
「そうだ。わしや火車が動けば、忌々しい陰陽師どもにけどられる。だから、半端者のお前を連れて来た。そうでなければ、邪魅と同じく捨て駒として残してきていたところだ」
「はい」
特に幹部でもなく、ただ拾われただけの麗羅が連れて来られたのは、頭首の目的である龍の血を手に入れるためだ。
そのためだけに生かされ、自由に動かせてもらっている。
特に反省の色が見えない彼女に、頭首『蛇魂』は地獄の底へ響くような低い声で怒気をぶつけた。
「……遅いぞ……いったいなにをもたついている……」
「まさかお前、龍血鬼にほだされているのではないだろうな?」
大天狗の一言に、麗羅は少しだけ肩を揺らした。
だが動揺を悟られまいと抑揚のない声で答える。
「いえ……もう、間もなくです」
「ならば早くしろっ! 早く……龍の血の持ち主をっ、俺の前に連れて来い!」
「はい、もちろんで……っ、ぅくっ」
麗羅は突然息苦しさを覚え、冷や汗を浮かべながら胸を押さえる。
うずくまる蛇魂の背から一匹の白い蛇が鎌首をもたげ、怪しく光る瞳を彼女へ向けていた。
白蛇の呪い。
それに噛まれた者は、呪いをかけられるのだ。
そしてそれは、麗羅だけでなく百鬼夜行のメンバーすべてにかけられていた。
ゆえに、誰も彼には逆らえない。
「――手こずっているようだな」
「……あんたか」
突然低い女の声が聞こえたと同時に、苦しみが和らぎ麗羅は顔を上げた。
いつの間にか、蛇魂の後ろに全身黒ずくめの鬼が立っていた。
首元はスカーフで覆われているため、表情はよく見えないが、おそろしく整った顔立ちの女だ。
美しすぎて恐怖すら覚える。
彼女は百鬼夜行の頭首が相手だろうと、もの怖じせず堂々と告げた。
「せっかく素晴らしい情報を渡したんだ。このていたらくでは困るな。幹部と手下たちを捨ててまで、なにをしているのか」
あまりにも失礼な物言いに、火車は激怒で顔を歪ませ、大天狗は眉間にしわを寄せて口を挟む。
「我らが頭首様に対し、言葉がすぎるぞ女」
「無能に無能と言ってなにが悪い」
「なんだと!? そもそもお前は信用ならんのだ! 我らに龍の血を狙わせて、いったいなにが目的だ!?」
「お前の知ったことではない」
「貴様ぁっ! もう我慢ならん! 火車! こやつを――っ!?」
怒りで今にも飛びかかりそうだった大天狗だったが、突然言葉を詰まらせ、目を見開いて膝を着く。
白蛇の呪いだ。
「うるさいぞ。この女の目的なんてどうでもいい。この苦しみから解放されるのなら、なんだっていいんだ。分かったら、さっさと行け!」
「はっ!」
麗羅は返事をするとすぐさま町へと降りて行くのだった。
大きな迷いを抱えたまま――
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
久遠の呪祓師―― 怪異探偵犬神零の大正帝都アヤカシ奇譚
山岸マロニィ
キャラ文芸
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
第伍話 連載中
【持病悪化のため休載】
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
モダンガールを目指して上京した椎葉桜子が勤めだした仕事先は、奇妙な探偵社。
浮世離れした美貌の探偵・犬神零と、式神を使う生意気な居候・ハルアキと共に、不可解な事件の解決に奔走する。
◤ 大正 × 妖 × ミステリー ◢
大正ロマン溢れる帝都・東京の裏通りを舞台に、冒険活劇が幕を開ける!
【シリーズ詳細】
第壱話――扉(書籍・レンタルに収録)
第弐話――鴉揚羽(書籍・レンタルに収録)
第参話――九十九ノ段(完結・公開中)
第肆話――壺(完結・公開中)
第伍話――箪笥(連載準備中)
番外編・百合御殿ノ三姉妹(完結・別ページにて公開中)
※各話とも、単独でお楽しみ頂ける内容となっております。
【第4回 キャラ文芸大賞】
旧タイトル『犬神心霊探偵社 第壱話【扉】』が、奨励賞に選ばれました。
【備考(第壱話――扉)】
初稿 2010年 ブログ及びHPにて別名義で掲載
改稿① 2015年 小説家になろうにて別名義で掲載
改稿② 2020年 ノベルデイズ、ノベルアップ+にて掲載
※以上、現在は公開しておりません。
改稿③ 2021年 第4回 キャラ文芸大賞 奨励賞に選出
改稿④ 2021年
改稿⑤ 2022年 書籍化
片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽
偽月
キャラ文芸
「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」
大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。
八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。
人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。
火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。
八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。
火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。
蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―
吉野屋
キャラ文芸
14歳の夏休みに、母が父と別れて田舎の実家に帰ると言ったのでついて帰った。見えなくてもいいものが見える主人公、麻美が体験する様々なお話。
完結しました。長い間読んで頂き、ありがとうございます。
髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
昼寝部
キャラ文芸
天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。
その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。
すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。
「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」
これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。
※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる