上 下
71 / 90
第六章 妖の善悪

五行相剋

しおりを挟む
 最終的に、桃華の呪力が先に底をつき、修羅の勝利で摸擬戦は終了した。
 しょんぼりと肩を落としながら戻ってきた桃華へ、友達の女子塾生たちが駆け寄り、「凄い凄い」とはしゃいでいたので龍二は問題ないだろうと安堵する。
 修羅のほうは龍二と目が合うと、気まずそうに目をそらすのだった。

 講師は何事もなかったかのように次の対戦者を発表する。

「では次……遠野と貴船」

 貴船の名前が呼ばれた途端、塾生たちの視線が彼女へ集中する。
 当の本人はポカンと首を傾げていた。

「……え? 私ですか?」

「あぁ、大まかな情報はもらっているが、実際に君の技量を見せてほしい。改めて確認するが、式神とは契約していないんだな?」

「……はい」

 一瞬の間があった。
 なにやら違和感のようなものを感じるが、対戦相手の遠野は表情を引き締め先に中央へ歩き出していた。
 その背中に静谷が声をかける。 

「遠野くん、貴船さんは元々陰陽塾に通ってたわけじゃないから、手加減しないとダメだよ?」

「なに言ってんだ? 手加減するかどうかは、術を比べてみないと分からないだろ」

「ちょっと遠野くん!?」

 遠野は聞く耳持たず歩いて行く。
 こういうところに気を使えるところが、静谷の美点だと思う。
 だが今は、遠野の言う通りだ。
 前情報だけで相手が弱いと決めつけるのは、実戦では致命的な窮地きゅうちを招く。

 お手並み拝見と言ったところだ。
 龍二はただ、貴船麗羅の一挙手一投足に集中するのだった。

「二人とも、準備はいいか?」

「「はい」」

 講師の確認に遠野と貴船は頷き、呪符を構える。

「それでは……摸擬戦開始!」

「浄化の焔よ、悪鬼をひとしく焼き祓え――」

「悪しきを祓い、純水なる如く清めたまえ――」

「「急々如律令」」

 同時に火の玉と水弾が放たれ、宙で激突し霧散する。
 互いに相手の実力を悟ると、二人は連続して呪符を放った。
 瞬時に無数の弾幕が張られていく。
 しかしすべてが衝突するわけではなく、流れ弾は術者へ。

「「界」」

 貴船と遠野は呪符を前方へ展開し、障壁を張る。
 予想だにしなかった展開に、静谷が唖然と呟く。

「貴船さん、凄い……遠野くんと互角だなんて」

「いや、遠野のほうが分が悪い」

 横にいた修羅が神妙な表情で否定した。

「え? どういうこと?」

「忘れたか? 水剋火すいこくかだ」

「そうか! 水術を使う貴船さんと火術を使う遠野くんでは、相性が悪いのか」

 五行相剋ごぎょうそうこく
 五つの性質は互いに打ち消し合う。
 その性質の中でも水は火に強い。
 水術と火術がぶつかるのなら、水術の威力は低くとも火術を打ち消すことができる。
 つまり、水術の呪力消費は抑えられ、持久戦では遠野の分が悪いのだ。
 しかし遠野は不敵な笑みを浮かべていた。

「ふんっ、俺が水剋火への対策をしていないわけないだろうが!」

 水弾の飛来する中、三方向へ放たれた呪符の梵字が緑色に輝く。
 木術だ。
 貴船は動じず水術をぶつけるが――
 
「――っ!?」

「水は木を生ずってな」

 水生木すいしょうもく
 水を受けた呪符からはツタのようなものが生え、水術を受けるたび大きくなっていく。
 貴船は水術による迎撃を中断し、障壁の強化に呪力を注いだ。

「……そういうことか」

 龍二には見えていた。急速に成長しながら貴船へ迫る植物の裏に、もう一枚の呪符が貼られていることに。
 そしてここぞとばかりに、遠野はありったけの呪力を発現する。

「木は火を生ず――木生火ぁっ!」

 三方向へ飛んでいた木術は、突然燃え出し巨大な炎球へと変貌。
 水で強化された木を媒介に生み出した火術だ。
 並の水術では打ち消せない。
 まともに喰らえば、いくら硬い障壁でも大量の呪力を奪われることだろう。

「くっ……」

 悔しげに顔を歪める貴船。
 まだまだ肥大化する炎の勢いは衰えず、逃げ場はない。
 彼女は深く息を吸い、表情を消すと二枚の呪符を取り出した。

「……金は水を生ず――金生水こんじょうすい

「なにっ!?」

 呪符を握っていた貴船の手が黄金に輝き、短刀のような呪具が具現化される。
 そしてその刃の表面には、水を纏っていた。
 それもただの水ではなく、圧縮された鋭利な水の刃だ。
 
 ――ズバァァァンッ! 

 水の刃は振るわれると同時に、広範囲に伸びる斬撃と化し、迫りくる炎球を斬り裂いて爆散させた。
 さらに衝撃波は飛距離を伸ばし、術者である遠野まで届く。

「ぐぅっ!」 

 慌てて障壁が展開されるが、あまりの威力に透明な壁には亀裂が走り、一瞬で斬り裂かれた。
 
「――そこまで!」

 慌てて講師がパンッ!と手を合わせ、結界内の術をすべて消滅させる。

「そんな……」

 すんでのところで直撃を避けられた遠野は顔を引きつらせ後ずさる。
 講師は告げた。
 
「貴船麗羅、君の勝利だ」

「……え?」

 それまで表情を消し冷徹な眼差しをしていた貴船は、ようやく雰囲気を元に戻し、キョロキョロと周囲を見回した。
 そして頬をほんのりと赤く染め、嬉しそうにはにかんだ。

「や、やったっ」

 塾生たちが興奮に沸いて騒ぎだし、龍二は目を瞑ってしみじみと呟いた。

「また凄い人が塾に入って来たな……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴
キャラ文芸
高校一年生のカズキは、ある日突然現れた“黒い虎のような猫”ハヤキに連れられて 長崎の佐世保にかつて存在した、駅前地下商店街を模倣した異空間 【佐世保地下異界商店街】へと迷い込んでしまった。 ――神・妖怪・人外が交流や買い物を行ない、浮世の肩身の狭さを忘れ楽しむ街。 そんな場所で、カズキは元の世界に戻るために、種族不明の店主が営むジャズ喫茶 (もちろんお客は人外のみ)でバイトをする事になり、様々な騒動に巻き込まれる事に。 かつての時代に囚われた世界で、かつて存在したもの達が生きる。そんな物語。 -------------- 主人公:和祁(カズキ)。高校一年生。なんか人外に好かれる。 相棒 :速来(ハヤキ)。長毛種で白い虎模様の黒猫。人型は浅黒い肌に金髪のイケメン。 店主 :丈牙(ジョウガ)。人外ジャズ喫茶の店主。人当たりが良いが中身は腹黒い。   ※字数少な目で、更新時は一日に数回更新の時もアリ。  1月からは更新のんびりになります。  

月宮殿の王弟殿下は怪奇話がお好き

星来香文子
キャラ文芸
【あらすじ】 煌神国(こうじんこく)の貧しい少年・慧臣(えじん)は借金返済のために女と間違えられて売られてしまう。 宦官にされそうになっていたところを、女と見間違うほど美しい少年がいると噂を聞きつけた超絶美形の王弟・令月(れいげつ)に拾われ、慧臣は男として大事な部分を失わずに済む。 令月の従者として働くことになったものの、令月は怪奇話や呪具、謎の物体を集める変人だった。 見えない王弟殿下と見えちゃう従者の中華風×和風×ファンタジー×ライトホラー

【完結】パンでパンでポン!!〜付喪神と作る美味しいパンたち〜

櫛田こころ
キャラ文芸
水乃町のパン屋『ルーブル』。 そこがあたし、水城桜乃(みずき さくの)のお家。 あたしの……大事な場所。 お父さんお母さんが、頑張ってパンを作って。たくさんのお客さん達に売っている場所。 あたしが七歳になって、お母さんが男の子を産んだの。大事な赤ちゃんだけど……お母さんがあたしに構ってくれないのが、だんだんと悲しくなって。 ある日、大っきなケンカをしちゃって。謝るのも嫌で……蔵に行ったら、出会ったの。 あたしが、保育園の時に遊んでいた……ままごとキッチン。 それが光って出会えたのが、『つくもがみ』の美濃さん。 関西弁って話し方をする女の人の見た目だけど、人間じゃないんだって。 あたしに……お父さん達ががんばって作っている『パン』がどれくらい大変なのかを……ままごとキッチンを使って教えてくれることになったの!!

忘れられた元勇者~絶対記憶少女と歩む二度目の人生~

こげ丸
ファンタジー
世界を救った元勇者の青年が、激しい運命の荒波にさらされながらも飄々と生き抜いていく物語。 世の中から、そして固い絆で結ばれた仲間からも忘れ去られた元勇者。 強力無比な伝説の剣との契約に縛られながらも運命に抗い、それでもやはり翻弄されていく。 しかし、絶対記憶能力を持つ謎の少女と出会ったことで男の止まった時間はまた動き出す。 過去、世界の希望の為に立ち上がった男は、今度は自らの希望の為にもう一度立ち上がる。 ~ 皆様こんにちは。初めての方は、はじめまして。こげ丸と申します。<(_ _)> このお話は、優しくない世界の中でどこまでも人にやさしく生きる主人公の心温まるお話です。 ライトノベルの枠の中で真面目にファンタジーを書いてみましたので、お楽しみ頂ければ幸いです。 ※第15話で一区切りがつきます。そこまで読んで頂けるとこげ丸が泣いて喜びます(*ノωノ)

第四の壁を突破したので、新しい主人公に全てを押し付けて俺はモブになる。

宗真匠
キャラ文芸
 自分が生きる世界が作り物だったとしたら、あなたはどうしますか?  フィクションと現実を隔てる概念『第四の壁』。柊木灯(ひいらぎとう)はある日、その壁を突破し、自身がラブコメ世界の主人公だったことを知った。  自分の過去も他者の存在もヒロインからの好意さえ全てが偽りだと知った柊木は、物語のシナリオを壊すべく、主人公からモブに成り下がることを決意した。  そのはずなのに、気がつけば幼馴染やクラスの美少女優等生、元気な後輩にギャル少女、完全無欠の生徒会長までもが柊木との接触を図り、女の子に囲まれる日々を取り戻してしまう。  果たして柊木はこの世界を受け入れて主人公となるのか、それとも……? ※小説家になろうからの転載作品です。本編は完結してますので、気になる方はそちらでもどうぞ。

闇に蠢く

野村勇輔(ノムラユーリ)
ホラー
 関わると行方不明になると噂される喪服の女(少女)に関わってしまった相原奈央と相原響紀。  響紀は女の手にかかり、命を落とす。  さらに奈央も狙われて…… イラスト:ミコトカエ(@takoharamint)様 ※無断転載等不可

君と歩いた、ぼくらの怪談 ~新谷坂町の怪異譚~

Tempp
キャラ文芸
東矢一人(とうやひとり)は高校一年の春、新谷坂山の怪異の封印を解いてしまう。その結果たくさんの怪異が神津市全域にあふれた。東矢一人が生存するにはこれらの怪異から生き残り、3年以内に全ての怪異を再封印する必要がある。 これは東矢一人と5人の奇妙な友人、それからたくさんの怪異の3年間の話。 ランダムなタイミングで更新予定です

横浜で空に一番近いカフェ

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 大卒二年目のシステムエンジニア千晴が出会ったのは、千年を生きる妖狐。  転職を決意した千晴の転職先は、ランドマークタワー高層にあるカフェだった。  最高の展望で働く千晴は、新しい仕事を通じて自分の人生を考える。  新しい職場は高層カフェ! 接客業は忙しいけど、眺めは最高です!

処理中です...