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第四章 宿怨

幹部の実力

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「――まったく、お前って奴は……」

 人目のつかない河川敷の影、いつも龍二が指導を受けている場所で、時雨は不服そうに眉をひくひくと痙攣けいれんさせていた。
 今回は龍二が前面的に悪いので、素直に謝る。

「すみません、時雨先生」

「お前ぇ、指導してもらう立場だろうが。そんな急に午前の予定をキャンセルしたいって言われても、俺にだって都合があるんだぞ」

「反省してます」

 龍二はしょんぼりと肩を落としながら再び頭を下げる。
 今日は平日だったので、午前は時雨との鍛錬が予定されていた。しかし武戎を発見したのが深夜だったために、時雨への連絡が予定の直前になってしまった。
 さすがに龍二も、自分が夜中に妖を探していたとバレるわけにはいかず、ただただ謝るしかできない。
 時雨は怒りと不満を言葉にしてぶつけてくるものの、ちゃんと予定を変更してくれたのでありがたかった。

「それで? 電話で言ってた、聞きたいことってのは?」

 時雨は、川にかかる橋の柱に寄りかかり、訝しげに問う。
 あらかじめ龍二が言っていたことだ。
 午後は聞きたいことがあるから、どうしても来てほしいと。

「はい。それなんですが――」

 龍二は武戎の目的を語る。
 もちろん昨夜のことには触れず、ただ「悪鬼組の首なし鬼を探して、恩人の仇を討ちたい」のだという目的を。
 勝手に話して武戎には悪いと思うが、元々は時雨が話してくれたおかげで武戎の事情を知れたのだから、仕方ない。
 時雨も興味深そうに聞いていた。

「それは本当か?」

「はい、武戎の口から直接聞いたので間違いありません」

「そうか……しかしお前ら、いつの間にそんな仲になってたんだ?」

「え? い、いや、たまたま聞けただけですよ。運が良かったっていうか……」
 
 焦り目を泳がせる龍二。
 明らかに不自然だ。
 時雨の目つきが怪しむように険しくなった。

「おい龍二、なんか隠してないか?」

「い、いえ……」

 龍二は言葉に詰まって下を向く。
 時雨がジトーっと顔を凝視してきて冷汗が流れるが、彼は「まぁいいか」と言ってため息を吐いた。
 このときばかりは、神野時雨がやる気のない面倒くさがり講師で良かったと、しみじみ思う。

「……なんか失礼なこと考えてないか?」

「い、いえっ! 時雨先生は、素晴らしい陰陽師です!」

「お前、バカにしてんのか……話を戻すが、本当に武戎が首なし鬼と戦うつもりだっていうなら、絶対に止めろ」

「ど、どうしてですか?」

「どう考えても勝てる相手じゃない。奴は悪鬼組の幹部上席なんだぞ?」

「上席? えっと……」

 龍二は考え込むように目線を上へ上げる。
 百鬼夜行の知識がまだ薄く、上席がどれほどのものか、すぐには分からなかったのだ。
 講義では触れられていたのだろうが、居眠り中だった可能性が高い。
 時雨は呆れたように眉尻を下げ、ため息を吐く。

「あのなぁ、それくら覚えておけよ。そもそも百鬼夜行ってのは、妖たちが作った独自の組織だ。だから必ず組織を上から動かす幹部がいて、その中にも役職という名の序列がある。上から順に、百鬼夜行を率いる『頭首』、頭首が不在のときに指揮命令権を持つ実質ナンバーツーの『頭首補佐』、組織全体を把握して参謀のような強い発言権を持つ『参事』、その下に『上席』、そして『末席』と続くわけだ。つまり、幹部上席の首なし鬼は、悪鬼組の上から四番目の強さだってことだ」

「そ、そうだったんですか……」

「ちなみに、末席は般若って妖だから、それと比べることができれば、強さの程度が分かるだろうな。まあどちらにせよ、百鬼夜行の幹部クラスなんて、お前らが敵う相手じゃない」

 情報量の多さに脳がパンクしそうな龍二だったが、首なしがとてつもなく強いということは分かった。
 というより、あの般若よりも強いということのほうが衝撃的だ。
 直接は戦わなかった龍二でも、どれだけ強いのかは肌で感じたぐらいなのだから。

「けどまぁ、奴は以前、陰陽技官から逃げる際に片腕を失ったんで、上級位階から下級位階に格下げされてる」

「そ、そうなんですか!? じゃあ、今は般若よりも……」

「いや、般若はそもそも下級位階だ」

「え?」

 今度こそ大きな絶望が龍二を襲う。
 強さの尺度が違いすぎる。
 般若相手に手も足も出なかった武戎では、首なし鬼になんて到底勝てるわけがない。
 時雨もそれを確実に伝えるために、ここまで回りくどい言い方をしているのだろう。
 龍二自身にも戦う意志すら起きないほどの恐怖を刻み込むために。
 そんな考えを読んだのか、時雨が追い打ちをかけてくる。

「ちなみに、参事の宿儺すくなと頭首補佐の鬼憑ほおづきは上級、頭首の鬼骨骸きこつがいは特級なんで、文字通り桁が違う。奴らが出てこないことを祈るんだな」

「えぇ……」

「まぁそぅ青い顔するな。お前はまず、武戎にこのことをしっかりと伝えろ。あとお前も、狙われている身なんだから、十分注意するんだぞ?」

「はい、今日はありがとうございました!」

 龍二は礼を言うと、少し慌てたように背を向ける。
 武戎が回復する前になんとか説得しないと、大変なことになるからだ。
 もう龍二の頭には、首なし鬼と戦おうなどという気は微塵も残っていなかった。
 そんな龍二を見た時雨は慌てて声をかける。

「は? お、おいっ、まだ鍛錬する時間はあるだろ!?」

「すみません、すぐに行かないといけないところがあるので。それと、今日の塾は休みます!」

 ポカンと口を開けて固まった時雨を置いて、龍二は足早に去って行く。
 彼の背中が見えなくなってから、時雨の怒りの叫びが河川敷に響き渡るのだった。
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