上 下
38 / 90
第三章 もう一人の半妖

桃華の実力

しおりを挟む
 桃華は牽制とばかりに、早速数枚の呪符をポーチから取り出し放つ。

「悪しきを祓い、純粋なる如く清めたまえ、急急如律令!」

「界」

 連続して放たれる水弾。
 対して武戎は、眉一つ動かさず呪文すら唱えずに、数枚の呪符を宙に並べ障壁を張る。
 だがそれでも強度は十分だ。
 マシンガンのような勢いで水弾が打ち付けられるが、ビクともしない。
 そして一枚余分に持っていた呪符を桃華へと投げる。
 
「火術」

「界!」

 水弾の軌道を避けて飛来した炎球は桃華の張った障壁によって消滅。
 たった一枚の呪符に詠唱もなしだったが、それでも目を見張る威力だった。
 少なくとも、先日の摸擬戦で遠野が使った木生火と同等かそれ以上だ。
 二人はしばらく、互いに結界を組み直しながら、火術と水術の応戦を繰り返す。
 塾生同士の術比べとはいえ、比類なき速さで術をぶつけ合い、見学している塾生たちもレベルの違いを見せつけられていた。
 
 いつになっても互いの顔に疲弊の色は見えない。
 痺れを切らした桃華が次の一手に出る。

「やっぱり、一筋縄ではいかないようですね。なら全力でいきますよ! 式神招来『銀狼ぎんろう!』」
 
 彼女が目の前に叩き付けたのは形代。
 そしてそれは白銀の光を放ち、影が四足歩行の形を作っていく。
 やがて生まれたのは、綺麗な銀色の毛皮に覆われた、黄金の瞳を持つ狼だった。
 鋭い牙を光らせ獰猛な息遣いで武戎を睨む白銀の狼は、「ワオォーンッ!」と高い遠吠えを上げる。

「す、凄い! 嵐堂さんも式神が使えたんだ!」

 龍二の横で静谷が興奮の声を上げる。
 桃華の友達の女子塾生たちも「凄い凄い」と興奮して手を握り合っている。
 遠野は悔しそうに拳を握っていた。
 
「銀狼、突撃!」

 桃華の合図で、銀狼は武戎へと走り出す。
 ジグザグの軌道をとり、とてつもないスピードで。
 武戎も炎球を放って弾幕を張るが、銀狼は冷静にその軌道を見切って最小限の動きで避けながら進む。
 一瞬の後に武戎へと肉薄した銀狼は、地を蹴って跳び上がり、武戎の左下から右肩にかけてその強靭な爪を振るう。

「くっ!?」

 初めて武戎の表情が驚愕に変わった。
 鋭利な爪は彼の張った障壁をまるで紙切れのように切り裂いていたのだ。
 武戎は冷静に、左に握る鞘で宙の銀狼を叩こうと振り上げるが、銀狼は足で鞘の横側を蹴り跳び退く。
 だが隙はできた。
 武戎は再度障壁を張ろうとするも――

「――その隙は与えません! 土術! 水術!」

 突如彼のすぐ下から、土でできた棒のようなものが一斉に襲い掛かる。
 二人の動きをよく見ていた龍二には、すぐに気付けた。
 桃華は銀狼の足に呪符を仕込んでいたのだ。
 銀狼が跳び上がる際に床へ落とし、障壁を破った直後、土術で追撃するために。
 武戎が鞘で受け流そうとするが、桃華は既に水術も放っている。
 彼に逃げ場はない。
 
「凄い……」

 龍二は思わず震えた。
 彼が記憶している限り、桃華は牛鬼戦の際に木術も見せており、彼女は少なくとも五行のうち木、土、水の三種類は使えるということだ。
 それに加えて式神まで契約している。
 これでは疑いようもない。彼女の才能は本物だ。

「これで終わりです!」

 勝ちを確信する桃華。
 下からは土術、前方からは水術、障壁を張っても銀狼が切り裂くという絶対絶命の武戎は、それでも冷静に左手の鞘を振り上げた。
 鞘を握る手の隙間には、形代が挟みこまれている。

「あれはっ!?」

「終わりはお前だ。式装顕現『焔刀えんとう罪火さいか』」

 次の瞬間、武戎の鞘へと周囲の空気が吸い込まれ、凄まじい量の炎が生まれる。
 燃え盛る紅蓮の炎は、鞘全体を包んで灼熱の刀と化した。
 
「ふんっ!」

 熱気と共に炎の刀が振るわれ、一瞬にして土も水も消滅する。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

京都かくりよあやかし書房

西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。 時が止まった明治の世界。 そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。 人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。 イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。 ※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

久遠の呪祓師―― 怪異探偵犬神零の大正帝都アヤカシ奇譚

山岸マロニィ
キャラ文芸
  ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼       第伍話 連載中    【持病悪化のため休載】   ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ モダンガールを目指して上京した椎葉桜子が勤めだした仕事先は、奇妙な探偵社。 浮世離れした美貌の探偵・犬神零と、式神を使う生意気な居候・ハルアキと共に、不可解な事件の解決に奔走する。 ◤ 大正 × 妖 × ミステリー ◢ 大正ロマン溢れる帝都・東京の裏通りを舞台に、冒険活劇が幕を開ける! 【シリーズ詳細】 第壱話――扉(書籍・レンタルに収録) 第弐話――鴉揚羽(書籍・レンタルに収録) 第参話――九十九ノ段(完結・公開中) 第肆話――壺(完結・公開中) 第伍話――箪笥(連載準備中) 番外編・百合御殿ノ三姉妹(完結・別ページにて公開中) ※各話とも、単独でお楽しみ頂ける内容となっております。 【第4回 キャラ文芸大賞】 旧タイトル『犬神心霊探偵社 第壱話【扉】』が、奨励賞に選ばれました。 【備考(第壱話――扉)】 初稿  2010年 ブログ及びHPにて別名義で掲載 改稿① 2015年 小説家になろうにて別名義で掲載 改稿② 2020年 ノベルデイズ、ノベルアップ+にて掲載  ※以上、現在は公開しておりません。 改稿③ 2021年 第4回 キャラ文芸大賞 奨励賞に選出 改稿④ 2021年 改稿⑤ 2022年 書籍化

片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽

偽月
キャラ文芸
  「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」  大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。  八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。  人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。  火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。  八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。  火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。  蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。

あやかし狐の京都裏町案内人

狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

契約違反です、閻魔様!

おのまとぺ
キャラ文芸
祖母の死を受けて、旧家の掃除をしていた小春は仏壇の後ろに小さな扉を見つける。なんとそれは冥界へ繋がる入り口で、扉を潜った小春は冥界の王である「閻魔様」から嫁入りに来たと勘違いされてしまい…… ◇人間の娘が閻魔様と契約結婚させられる話 ◇タグは増えたりします

処理中です...