上 下
35 / 90
第三章 もう一人の半妖

武戎修羅

しおりを挟む
 翌日の夕方。
 日中の時雨との鍛錬を終えた龍二は、嵐堂家の近くで桃華と合流し、陰陽塾へと向かった。
 二人がいつも通り陰陽塾の教室に入ると、既に他の塾生たちもほとんどそろっており、賑やかに雑談していた。
 桃華が「お疲れー」と友達に挨拶しながら自分の席へ歩いていき、龍二も自分の席に座る。
 その直後、三人の男子塾生が龍二の机に群がってきた。

「鬼屋敷くん、お疲れ」

「……なんだ?」

 龍二は驚いた。
 この塾で彼に話しかけてくる人など、桃華以外にはいなかったからだ。
 いったいなにを企んでいるのかと勘ぐってしまう。

「な、なんか凄い目つきだね」

「俺になにか用か?」

 目の前の少年が「あははは」と気まずそうに頬をかきながら苦笑する。
 彼は静谷しずやりょう
 おかっぱ頭にメガネをかけた大人しそうな性格の男子で、成績も優秀だと聞いている。
 龍二との接点はまったくない。

「いや、用ってほどのことはないんだけど。昨日の摸擬戦すごかったなって思って」

「そうそう、最後の術ってお前の式神の力だろ? あんな凄いの、どうやって手に入れたんだよ!?」

「まったくあんなの隠してるなんて、人が悪いよな」

 後ろの男子たちも静谷に続いて畳みかけてくる。
 龍二は返答に詰まった。
 さすがに神将だった母の式神を受け継いだなどと言うわけにはいかない。
 塾生たちにとって最も関心のあることだから、この手の質問への回答をあらかじめ用意しておくべきだった。
 龍二はだらだらと冷汗をかきながら、下手くそな愛想笑いを浮かべて答える。

「……秘密、かな?」

「そうかぁ。やっぱりそう簡単には教えられないよね」

 静谷は残念そうに眉尻を下げる。
 とりあえずしつこく聞いてくる感じではないので安心した。
 そこでふと視線を感じ、龍二は遠野の座る席へ目を向ける。
 すると彼もこちらを見ていたが、その目線には敵意のようなものは感じられない。
 
「あっ、そういえば、この間の連続殺人事件を起こした妖を倒したのが、鬼屋敷だったっていうのは本当なのか?」

「え? どうしてそれを?」

 静谷の横からの想定もしなかった問いに、龍二は思わず聞き返す。
 彼の返答を肯定と捉えた塾生たちが互いに目を見合わせた。

「本当だったんだ!」

「すげぇ……」

 龍二は「やってしまった」と額に手を当てる。
 これではあらぬ噂が立ってしまう。
 それにしても、先日のことは表向きは陰陽庁が処理したという話になっているはずだ。事情を知っているのは限られた人間だけのはず――

「――っ!」

 犯人の正体に見当がついた龍二が彼女へ目を向けると、その頭についているアホ毛がアンテナのようにピンと立った。
 桃華本人は口を尖らせ、知らんぷりでそっぽを向いている。
 口笛のつもりなのだろうか……
 目の前ではしゃぐ静谷たちに龍二が頭を抱えていると、

 ――ドンッ!

 机を叩く大きな音が響いた。
 一瞬で場は静まり、みんな何事かとその音の主へ目を向ける。
 それは一番の奥の角に座る、ガラの悪い少年だった。
 武戎修羅むかいしゅら
 身長が二メートル近くある長身で、燃えるような赤毛に加え目つきは鋭い。
 誰も近寄らせない荒々しい雰囲気を発しており、常に一人でいる。
 彼は大きな音を立てながら椅子を引いて立ち上がると、背もたれにかけていたファー付モッズコートを羽織ると、机に立てかけていた長い刀の鞘を手に取る。

「……くだらねぇ」

 龍二たちのほうを睨みつけて確かにそう言うと、教室を出て行った。

「なんだあいつ」

 静谷の隣にいた少年が不機嫌そうに呟く。
 周囲の塾生たちも「感じ悪い」「なんなのよ」と、不服そうに言い合っている。
 しかし、武戎は龍二が塾を離れていた時期に入塾していたようで、龍二自身は彼のことをよく知らない。

「なあ静谷、武戎ってどんな奴なんだ?」

「え? そっか、鬼屋敷くんは最近になって復帰したばかりだもんね。彼がぶっきらぼうな感じで、誰とも関わろうとしないのは見ての通りだけど、本当に問題なのは摸擬戦のときなんだ」

「なにかあったのか?」

「うん。彼はいつも摸擬戦には勝利するんだけど、もう勝敗が決して講師も中断って言ってるのに、聞かないんだ。それで対戦相手を必要以上に傷つける。だからみんな、彼を怖がって近づかない」

 先ほどの行動もしかり、どうやら素行に問題があるようだ。
 なにか精神面での問題があるのだろうか。
 それとも、そこらの不良なんかと同じで、暴力を振るうことで自分の強さを誇示しようとしているのか。
 龍二は眉を寄せ、難しい顔で問う。

「でもそんな問題児なら、なんで陰陽塾は追放したりしないんだ?」

「多分、彼が強力な式神と契約したからだと思う。塾側からすれば、式神の使えない塾生を育てるよりも、才能ある問題児を育てるほうが有益だろうからね」

 静谷は悔しそうに拳を握りしめる。
 聡明な彼には残酷な現実が見えているようだ。

「そうか……」

 龍二はため息を吐く。
 残酷な話だが、陰陽師も実力主義。
 仕方のないことなのかもしれない。
 その後、講義は普段通りに行われたが、結局一度も武戎は戻って来なかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽

偽月
キャラ文芸
  「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」  大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。  八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。  人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。  火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。  八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。  火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。  蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

久遠の呪祓師―― 怪異探偵犬神零の大正帝都アヤカシ奇譚

山岸マロニィ
キャラ文芸
  ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼       第伍話 連載中    【持病悪化のため休載】   ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ モダンガールを目指して上京した椎葉桜子が勤めだした仕事先は、奇妙な探偵社。 浮世離れした美貌の探偵・犬神零と、式神を使う生意気な居候・ハルアキと共に、不可解な事件の解決に奔走する。 ◤ 大正 × 妖 × ミステリー ◢ 大正ロマン溢れる帝都・東京の裏通りを舞台に、冒険活劇が幕を開ける! 【シリーズ詳細】 第壱話――扉(書籍・レンタルに収録) 第弐話――鴉揚羽(書籍・レンタルに収録) 第参話――九十九ノ段(完結・公開中) 第肆話――壺(完結・公開中) 第伍話――箪笥(連載準備中) 番外編・百合御殿ノ三姉妹(完結・別ページにて公開中) ※各話とも、単独でお楽しみ頂ける内容となっております。 【第4回 キャラ文芸大賞】 旧タイトル『犬神心霊探偵社 第壱話【扉】』が、奨励賞に選ばれました。 【備考(第壱話――扉)】 初稿  2010年 ブログ及びHPにて別名義で掲載 改稿① 2015年 小説家になろうにて別名義で掲載 改稿② 2020年 ノベルデイズ、ノベルアップ+にて掲載  ※以上、現在は公開しておりません。 改稿③ 2021年 第4回 キャラ文芸大賞 奨励賞に選出 改稿④ 2021年 改稿⑤ 2022年 書籍化

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳
キャラ文芸
皇帝の一番近くに控え、甘言を囁く宮廷の悪い鳥、またはステュムパーリデスの悪魔の鳥とも呼ばれる家令。 女皇帝と、その半身として宮廷に君臨する宮宰である総家令。 そして、その人生に深く関わった佐保姫残雪の物語です。 嵐の日、残雪が出会ったのは、若き女皇帝。 女皇帝の恋人に、そして総家令の妻に。 出会いと、世界の変化、人々の思惑。 そこから、残雪の人生は否応なく巻き込まれて行く。 ※こちらは、別サイトにてステュムパーリデスの鳥というシリーズものとして執筆していた作品の独立完結したお話となります。 ⌘皇帝、王族は、鉱石、宝石の名前。 ⌘后妃は、花の名前。 ⌘家令は、鳥の名前。 ⌘女官は、上位五役は蝶の名前。 となっております。 ✳︎家令は、皆、兄弟姉妹という関係であるという習慣があります。実際の兄弟姉妹でなくとも、親子関係であっても兄弟姉妹の関係性として宮廷に奉職しています。 ⁂お楽しみ頂けましたら嬉しいです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...