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第一章 封印されし血統

温もり

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「――桃華ぁぁぁぁぁっ!」

 そのとき、牛鬼の横から龍二が走り寄って来ていた。
 桃華は目を見開き叫ぼうとするも、彼は地を蹴って跳び桃華の肩を強く押し突き飛ばした。
 彼女は遠ざかる龍二へ手を伸ばすが、届かず脚は振り下ろされた。

「龍二さん! 嫌ぁぁぁぁぁっ!」

 桃華が尻餅をつき、目の前の光景に叫んだ。
 龍二は、大きな脚の爪によって背を右肩から左へ大きく裂かれ、血をまき散らした。
 そして、目の前の桃華を見ると、「よかった……」と呟き倒れる。
 ドクドクとおびただしい量の血が地面へ広がる。
 後悔はない。
 なんの力も持たない自分が、大事な幼馴染を守れたのだから。
 桃華は目の前に牛鬼がいるにも関わらず、龍二に駆け寄った。
 
「龍二さん、どうして私なんかを!?」
 
「……いいから、逃げろ……」

「嫌です!」

 呪符を取り出し、木術による治癒をしようとする桃華。
 しかし傷はあまりにも深く、木術による自然治癒力向上でどうにかなる状態ではない。
 それでも諦めず、龍二の名を必死に呼びながら呪力を込める。

(バカ、なんで逃げない……)

 朦朧とする意識の中、龍二は心の中で桃華に逃げろと叫ぶが、体が言うことを効かない。
 どうにかして、彼女だけでも助けたかった。
 自分が喰われている間に、増援が到着すれば桃華は助かるというのに。
 しかしそれを許す牛鬼ではない。

「あぁ? お前らなにやってんだ? さっさと俺に喰われればいいんだよ」

 牛鬼は鋭い牙の生えた口をニィッと吊り上げ、顔を二人へ近づけていく。
 それでも桃華は、敵のことなど見向きもせず、木術にひたすら呪力を込め龍二の回復を試みる。
 大きな口が開き、二人まとめて噛み砕かんと牙が眼前まで迫った。
 龍二はうつ伏せになりながらも、虚ろな目で無理やり口だけを動かし、うわごとのように言う。
 
「……逃げろ……」

「嫌です! 私たちは小さい頃からいつも一緒でした。死ぬ時も一緒です!」

 桃華はまるで駄々をこねる子供のように首を横へ振り泣き叫ぶ。
 龍二は目を見開く。
 言うことを聞かない彼女に苛立ちを覚えたと共に、喜びのような感情が浮かび上がったのだ。
 こんな自分でも、そばにいてくれる人がいる、それだけでこんなにも嬉しいものなのか。
 冷え切った心にじんわりと温もりが広がっていった。

(このバカっ……でも……)

 龍二はゆっくりと目を閉じ、心の中で礼を言う。
 そしてその一瞬の後、とうとう凶悪な牙が彼らに届く、その刹那――

 ――ズバァァァァァンッ!

 雨も降っていないのに、耳をつんざくような雷鳴が轟いた。
 驚いた牛鬼は瞬時に顔を引っ込め、その直後、龍二たちの目の前に眩い雷光が天より落ちる。
 桃華は反射的に龍二の体に覆いかぶさってかばい、牛鬼は大きく跳び退いた。
 
「…………これは、刀?」

 桃華がおそるおそる目を開くと、目の前には鞘に納まったままの刀が地面に突き刺さっていた。
 どこか禍々しい覇気を纏っているその刀は、漆黒の鞘に数枚の呪符が貼りつけられ、柄と鞘をくっつけるように長い呪符も巻かれており、まるで抜けないように封じているかのようだ。
 陰陽庁の増援が来たのかと、周囲を見回すが誰も来ていない。
 桃華が怪訝そうに眉をしかめていると、瞳に光を取り戻した龍二がのっそりと体を起こす。
 木術による治癒が少しは効いたようだ。

「龍二さん?」

「……聞こえる」

「え?」

 龍二には誰かの声が頭に響いていた。
 だがまだ遠く、誰の声かは認識できない。
 だがそれは、刀が降って来てから聞こえ始めたことに違いない。
 龍二は誰かに導かれるかのように、左手を地面に着いて体を支え右手を伸ばす。
 震える右手は宙をさまよい、やがて漆黒の刀の柄に届いた。
 それに触れた瞬間、龍二の意識は暗転――
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