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第一章 封印されし血統
嫌な予感
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「………………はい?」
出るか迷った龍二だったが、途切れてもまたかけ直してくる彼女の根気強さに負け、とうとう通話ボタンを押した。
不機嫌さを隠さない低い声を発したが、陰気さを払うような高く大きな声が返ってきた。
「龍二さん! 今どこにいますか!?」
「なんだよ急に……家だけど」
龍二は顔をしかめ携帯を耳から離した。
寝起きに彼女の声は耳が痛い。
だが桃華は、どこか焦燥感を感じさせる雰囲気でまくしたてる。
「良かった、間に合った! それなら、今晩は絶対外へ出ないでください!」
いつもはただ真っすぐで熱いだけの桃華だが、切羽詰まったような言葉に違和感を感じる。
まるで、外ではなにかよくないことが起こっているかのようだ。
龍二は背筋を虫が這うような、気味の悪い感覚を覚え、その真意を問わずにはいられない。
「元からそのつもりだけど、どうして?」
「妖が出たんです」
「……なんだって?」
「だから、妖ですよ! それも、人に仇なす凶悪なタイプです。最近、猛威を振るっている例の妖ですよ!」
「っ!」
なんことは龍二にもすぐに分かった。
ここ数週間、夜な夜な人を喰らっているという妖だ。
しかしまだ、事態が上手く飲み込めない。
今までは上手く隠れて見つかりもしなかったのに、それが突然姿を現すなんて。
「それは確かなのか?」
「はい。ちょうど今、帰る途中で陰陽技官の方に注意されて知ったんです」
「そういうことか」
陰陽技官とは、陰陽庁に所属する国家直属の陰陽師だ。
主に陰陽庁の職員は、陰陽技官と天文官の二種類に分かれ、陰陽技官は戦闘のプロとして前線で戦い、天文官は星読みによるサポートや事務仕事などをメインで行っている。
おそらく彼らが本格的に調査を開始し、妖が姿を現すのを待ち伏せていたということなのだろう。
それならば心配はいらない。
どちらかというと、まだ外にいるであろう桃華自身のほうが危険だ。
あくまで自分のことよりも龍二の身を案じる桃華に、照れくささを感じつつ呆れたように言った。
「お前なぁ、俺より自分の心配をしろよ」
「とっ、とにかく! 私もすぐに帰るので、龍二さんも絶対に外へ出ないでくださいね? 約束ですよ?」
「はいはい、分かった分かった」
「んもぅ……」
桃華は呆れたようなため息を吐くと「それじゃまた」と別れを告げた。
最後はいつもの彼女の雰囲気だったので、龍二も安心して通話を切ろうとする。
しかしそのとき、携帯の向こうから小さな悲鳴が聞こえた。
桃華のものではないが、そのすぐ近くからだ。
龍二は慌てて再度桃華へ呼びかける。
「なんだ今のは!? 桃華!?」
しかし、既に通信は途切れており返事はない。
居ても立ってもいられず、電話をかけ直す。
「……ちぃっ、いったいなんなんだ……」
何度かけ直しても桃華は出ない。
龍二の背筋に冷たいなにかが這い上がるようだった。
脳裏で桃華と母が重なり、無意識に拳を強く握る。
「約束したばっかり、だろ……」
うわごとのように呟いた声は酷く乾いていた。
『約束』とは、言葉によって人を縛る、一種の呪いだ。
もし妖が出たのなら、プロの陰陽師たちに任せておけばいい。
龍二は必死に言い訳を探し思考を巡らせた。
「くっ……」
やがてベッドから降りて立ち尽くす。
ふと、写真立てが目に入った。
そこには龍二と母と嵐堂夫婦、そして幼い龍二と手を繋いで嬉しそうに笑う桃華の姿。
龍二の心に迷いが生まれる。
もし彼女が妖に襲われたとして、無能な自分が行ったところでなにもできやしない。
それにもしかしたら、桃華が既に滅しているかもしれない。
彼女もまだ塾生とはいえ、陰陽術については才ありと講師たちからも評判が良かった。
「……くそったれが!」
龍二は次々浮かぶ言い訳を振り払うように頭を振ると、Tシャツの上に黒い革のジャケットを羽織り、家を飛び出した。
出るか迷った龍二だったが、途切れてもまたかけ直してくる彼女の根気強さに負け、とうとう通話ボタンを押した。
不機嫌さを隠さない低い声を発したが、陰気さを払うような高く大きな声が返ってきた。
「龍二さん! 今どこにいますか!?」
「なんだよ急に……家だけど」
龍二は顔をしかめ携帯を耳から離した。
寝起きに彼女の声は耳が痛い。
だが桃華は、どこか焦燥感を感じさせる雰囲気でまくしたてる。
「良かった、間に合った! それなら、今晩は絶対外へ出ないでください!」
いつもはただ真っすぐで熱いだけの桃華だが、切羽詰まったような言葉に違和感を感じる。
まるで、外ではなにかよくないことが起こっているかのようだ。
龍二は背筋を虫が這うような、気味の悪い感覚を覚え、その真意を問わずにはいられない。
「元からそのつもりだけど、どうして?」
「妖が出たんです」
「……なんだって?」
「だから、妖ですよ! それも、人に仇なす凶悪なタイプです。最近、猛威を振るっている例の妖ですよ!」
「っ!」
なんことは龍二にもすぐに分かった。
ここ数週間、夜な夜な人を喰らっているという妖だ。
しかしまだ、事態が上手く飲み込めない。
今までは上手く隠れて見つかりもしなかったのに、それが突然姿を現すなんて。
「それは確かなのか?」
「はい。ちょうど今、帰る途中で陰陽技官の方に注意されて知ったんです」
「そういうことか」
陰陽技官とは、陰陽庁に所属する国家直属の陰陽師だ。
主に陰陽庁の職員は、陰陽技官と天文官の二種類に分かれ、陰陽技官は戦闘のプロとして前線で戦い、天文官は星読みによるサポートや事務仕事などをメインで行っている。
おそらく彼らが本格的に調査を開始し、妖が姿を現すのを待ち伏せていたということなのだろう。
それならば心配はいらない。
どちらかというと、まだ外にいるであろう桃華自身のほうが危険だ。
あくまで自分のことよりも龍二の身を案じる桃華に、照れくささを感じつつ呆れたように言った。
「お前なぁ、俺より自分の心配をしろよ」
「とっ、とにかく! 私もすぐに帰るので、龍二さんも絶対に外へ出ないでくださいね? 約束ですよ?」
「はいはい、分かった分かった」
「んもぅ……」
桃華は呆れたようなため息を吐くと「それじゃまた」と別れを告げた。
最後はいつもの彼女の雰囲気だったので、龍二も安心して通話を切ろうとする。
しかしそのとき、携帯の向こうから小さな悲鳴が聞こえた。
桃華のものではないが、そのすぐ近くからだ。
龍二は慌てて再度桃華へ呼びかける。
「なんだ今のは!? 桃華!?」
しかし、既に通信は途切れており返事はない。
居ても立ってもいられず、電話をかけ直す。
「……ちぃっ、いったいなんなんだ……」
何度かけ直しても桃華は出ない。
龍二の背筋に冷たいなにかが這い上がるようだった。
脳裏で桃華と母が重なり、無意識に拳を強く握る。
「約束したばっかり、だろ……」
うわごとのように呟いた声は酷く乾いていた。
『約束』とは、言葉によって人を縛る、一種の呪いだ。
もし妖が出たのなら、プロの陰陽師たちに任せておけばいい。
龍二は必死に言い訳を探し思考を巡らせた。
「くっ……」
やがてベッドから降りて立ち尽くす。
ふと、写真立てが目に入った。
そこには龍二と母と嵐堂夫婦、そして幼い龍二と手を繋いで嬉しそうに笑う桃華の姿。
龍二の心に迷いが生まれる。
もし彼女が妖に襲われたとして、無能な自分が行ったところでなにもできやしない。
それにもしかしたら、桃華が既に滅しているかもしれない。
彼女もまだ塾生とはいえ、陰陽術については才ありと講師たちからも評判が良かった。
「……くそったれが!」
龍二は次々浮かぶ言い訳を振り払うように頭を振ると、Tシャツの上に黒い革のジャケットを羽織り、家を飛び出した。
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