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第十章 侵された聖域

帰還

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 とある日の夕方、一隻の幽霊船がカムラへ到着した。
 事件の連続で疲弊しきった討伐隊の騎士たちが緊張で額に汗を浮かべ浜辺で武器を構える中、停泊した船から降りてきたのは――

「――ようやく帰ってきたんだな」

「はいっ、お兄様」

 嬉しそうに頬を緩ませるシュウゴとメイだった。

 約1日だ。
 シュウゴとメイがカムラを離れてから今ここに至るまで。

 シンから不死王の力を受け継いだシュウゴとメイは、すぐに引き返した。
 王の墓の北に続く大陸、かつてレイスフォール家が住んでいたという城には興味があったが、メイによるとかなりの距離があるということで、アイテムも体力も底を付いていたシュウゴはメイを連れて帰ることにしたのだ。いくらシンが凶霧を操っていたと言っても、ここから離れてしまえばクラスB以上のモンスターが出現しない保証はない。
 幽霊船の漂着した海岸へ二人が戻ると、船は向きを変えいつでも発進できるといわんばかりの状態だった。
 シンの力を継いだおかげで初めてシュウゴは気付いた。船全体に無数の魂が憑りついていたのだと。そしてずっとその状態を維持していた。
 メイが継いだ力で彼らの魂に干渉してみると、カムラまで二人を送って行くようにとシンに命じられていたようで、二人をカムラへと無事に送り届けてくれたのだ。

「――柊く~ん! メイ~!」

 シュウゴたちがゆっくりカムラの浜辺を歩いていると、横に並んだ騎士の間からニアが飛び出してきた。
 目に涙を溜めながら二人の元へ駆けてくる。その後ろにはデュラの姿もあった。

「ニア! デュラ!」

 シュウゴも声をはずませ、メイと共に走り出す。
 ニアは勢いを落とすことなく、大衆の面前だろうと遠慮なくシュウゴの胸に飛び込んだ。

「っと」

「良かったよ~~~」

 気恥ずかしさはあったが、シュウゴは黙ってニアの頭を撫でる。
 シュウゴは頬を緩ませながら追いついてきたデュラに目を向ける。
 するとデュラはビシッとその場で気を付けの姿勢をとり、深く頭を下げた。
 シュウゴは「また大仰だなぁ」と苦笑する。
 するとメイが言った。

「デュラさんは、自分がいながらなにもできなくて不甲斐ないっておっしゃってるんですよ」

「それを気にしてたのか。そんなことはないよデュラ。あのとき君がバーニングシューターを……って……へ?」

 シュウゴは突然素っ頓狂な声を上げ、メイの方を振り向く。
 メイはいたずらが成功したように小悪魔チックな笑みを浮かべていた。
 シュウゴはまさかと思い、デュラの方を見ると、彼も驚いたように顔を上げ固まっている。

「まさか、その力で?」

 メイは「はいっ」と可愛らしく微笑む。
 どうやら魂に干渉する力でデュラの意図も読めるようになったらしい。

「どゆこと~?」

 泣き止んだニアがようやく顔を上げ、上目遣いでシュウゴを見つめる。

「あ、いや……とりあえず、一旦家に戻ろうか」

 討伐隊や見物人たちの見世物になっていることに気付いたシュウゴは苦笑し、大事な仲間たちを連れ家へ戻るのだった。

 翌日、シュウゴとメイはヴィンゴールに呼ばれ領主の館に赴いていた。
 ヴィンゴールはいつものように赤い絨毯の奥の執務机の前に立ち、その左右には討伐隊幹部と文官のキジダル、バラムが並んでいる。相変わらず領主側近はまだ一人欠けたままのようだ。
 シュウゴは昨夜、ニアとデュラにも説明した「幽霊船の先で起こったこと」についてヴィンゴールへ報告した。

「そんなことが……ふむ、にわかには信じがたいが……」

 ヴィンゴールは眉にしわを寄せ低く唸る。
 シュウゴ自身、信じてもらうには無理のある内容だと分かっていた。
 幽霊船が彼らを王の墓まで導き、そこにいたのがメイの兄で、その討伐に成功しまた幽霊船に乗って帰還したなど、信じろと言う方がおかしいのだ。
 しかし討伐隊幹部たちも首を傾げて黙り込むだけで、なにも言ってこない。
 ここでまたシュウゴに嫌疑をかけようものなら、処刑騒動の二の舞になりかねないからだ。
 キジダルは鋭い眼差しでシュウゴを見ているが、やはりなにも言わない。
 するとようやくヴィンゴールが口を開いた。

「……分かった。なにはともあれ、二人とも無事ならそれでいい。メイも実の兄を戦うことになって辛かったろう。今はゆっくり休み、またマーヤの助けになってやってくれ」
 
「は、はい」
 
 メイは恐縮したようにぎこちなく返事をする。
 すると、なにか隠していると勘ぐったのか、キジダルが割って入った。

「なにか、入手できたものはないのかね? たとえば新種の鉱石類や上質な素材、今までにない情報でもいい」 

 シュウゴは手に入れた不死王の能力については報告していなかった。
 また無用な混乱を招き、バケモノ扱いされる可能性があるからだ。もし、この特殊な能力に気付かれても、新たに開発した新兵器だとでも言っておけばいい。
 とはいえ、キジダルの目は鋭く、なにかを探り当てるまでは逃がさないとでも言いたげだ。
 シュウゴは一枚のカードを切ることにした。

「そういえば、メイの兄は気になることを言っていました。凶霧の正体は人の魂が寄り集まった怨念であると……」

「な、なんだとっ!? そ、そんなこと信じられるかっ!」
 
 キジダルが目を見開き額に青筋を立てて叫んだ。
 幹部たちも互いに顔を見合わせ、真偽について話し始める。
 ヴィンゴールもますます訳が分からないというように、口を開こうとしたがシュウゴが先に答えた。

「いえ、俺も信じてはいません。だから先ほどの報告には入れなかったのです」

 そう言うとキジダルは「むぅ」と口をつぐんだ。
 また難癖をつけられてはたまらないと思ったシュウゴは、報告は以上だとはっきり告げ、ヴィンゴールの館を去って行った。
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