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第一章 港町の設計士

バラムの期待

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 ある日、シュウゴの家に一通の手紙が届いた。
 紹介所のユリからで、内容は『イービルアイの巨眼の確認がとれたから、報酬を受け取りに来てほしい』ということだった。
 シュウゴはいつも通り、無地の長袖黒Tシャツに伸縮性の優れた長ズボンという軽装で家を出る。
 実際にフィールドへ出るときは、袖も裾もバーニア噴射で破れるため、レザーアーマー、腰の下はタイツで腰には武者のような腰当てを装備する。
 十数分ほど歩いて紹介所へ到着した。

「「「おはようございます」」」

 シュウゴは綺麗に重なった挨拶に「お、おはようございます」と返し、一番右に立つ受付嬢『ユリ』へ要件を告げる。

「お待ちしておりました。二階でバラム会長がお待ちです」

「……はい? 俺は報酬金を受け取りに来たんですけど……」

 シュウゴはユリの発言の意図が分からず困惑する。
 しかしユリはにこやかな表情を崩すことなく事情を説明する。

「先日のカオスキメラ撃退の件で、バラム会長がシュウゴ様にぜひお話を伺いたいとのことです。報酬についてはその後、お渡ししますのでご了承くださいませ」

「は、はぁ……」

 シュウゴは少しばかり辟易しながら、ユリの後ろを追って階段を上る。
 この感覚は、会社でお偉方になにかしらの報告をするときの緊張に似ていた。
 なぜ、カムラでもトップクラスの権力を持つ男に会わなければならないのか、サッパリ分からない。
 シュウゴの胃は急に不調を訴え始めた。

 二階へ上ると、奥にある部屋の扉をユリがノックする。

「……どうぞ」

「失礼いたします」

 扉を開け恭しく頭を下げたユリに続いてシュウゴも挨拶する。部屋に入ると、奥の机で書類にサインをしていた肥満体型の男が顔を上げ、羽ペンを机に置いた。

「バラム会長、ハンターのシュウゴ様をお連れしました」

「おぉ、そうだったか。ユリ君は下がっていいぞ。ご苦労だった」

 ユリは深く頭を下げると、よどみない所作で歩き去った。この権力者を前にこうも淡々としていられるとは、彼女もただ者ではないのかもしれない。

「どうしたのかね? カジ・シュウゴくん」

 シュウゴは我に返り慌ててバラムの机の目の前まで歩み寄る。
 すると、バラムも頬を緩ませながら立ち上がる。
 彼は脂っこい丸顔に、鼻の下にくるんとカールした髭を生やしていた。
 背は低く腹はずんぐりと出ており、腕や首にはキラキラと輝く高級そうな装飾品を身に着けている。
 いかにも悪の親玉と言った風貌だ。
 その証拠に、常人とは異なる威圧感を放ち、鋭い眼差しでシュウゴを見つめている。

「お、お初にお目にかかります。クラスDハンターのカジ・シュウゴと申します」

 シュウゴは胃の悲鳴を無視しながら無理やり頭を下げる。

「ふむ、そうかしこまることはないぞ。君を呼んだのは、あのカオスキメラを撃退したハンターがいるという噂を聞いたからだ。巨大な大剣を振り回し、勇猛果敢にモンスターへ突貫する赤毛の青年……まあ、想像とは少しばかり異なる印象だが、事実は変わらん」

 バラムが「くふふふ」と小さく笑う。いつの間に噂が流れていたのだろうか。その割にはここ数日、周囲の注目を帯びている感じはなかった。

(いやまあ、噂の人物がこんな覇気のないもやし野郎じゃ気付かないか)

 シュウゴは自虐で苦笑する。
 しばらく朗らかな表情で談笑していたバラムだったが、急に真面目な顔になった。

「ところでシュウゴ君よ」

「は、はいっ」

「君はなんのために戦う?」

「そ、それは……」

 シュウゴは言葉に詰まる。
 この世界に来て初めての問いで、今までで一番重い問いだった。
 本当は元の世界へ帰る手がかりを探すためではあるが、それを言うわけにもいかない。だからと言って、金だ名誉だなどというつまらない回答は許さないと、バラムの目が告げている。
 だからシュウゴは答えた。

「この世界の果てを見ることです。凶霧の全貌をあばき、秘密を解明するために戦い続けます」

 バラムはシュウゴの目を強く見つめ、小さく唸った。そして、まるでこの部屋に暗雲が立ち込めるかのように、圧倒的なまでの覇気を身に収束させていく。

「それは、我々残った人類の総意でもある。領主様の討伐隊でもなく、我がバラム商会でもなく、シスターの教会でもなく、君がそれを成し遂げると?」

「……はい」

 その一言を聞いたバラムは瞠目し、すぐにその重苦しい気配を霧散させた。満足げに「ガハハハハ」と大声を上げて笑い出す。
 シュウゴはスッキリした顔をしていた。どこか清々しかった。すべきことを実際に口に出すことで身の引き締まるような思いだ。

「分かった。君には大いに期待するとしよう。シュウゴ君、今日から君はクラスCハンターだ」

 バラムはそう宣言すると、机の一番上に置いてあった書類をシュウゴへ渡す。それは、シュウゴのクラスアップ推薦書だった。バラムのサインが既に入っている。

「じ、自分がですか!?」

 それは思ってもみない話だった。
 クラスDで行けるフィールドはせいぜい『廃墟と化した村』ぐらいだ。
 クラスCになれば、新たなフィールドへの移動権限が与えられる。
 クラスアップなど、そうそう受けられる話ではなく、またとないチャンスだった。

「なにか不満かね?」

「い、いえ、滅相もありません。つつしんで受けさせて頂きます」

「うむ、期待しておるぞ」

 シュウゴは最後にもう一度礼を言い、深く頭を下げるとバラムの執務室を後にする。
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