俺は善人にはなれない

気衒い

文字の大きさ
上 下
377 / 416
〜After story〜

第19話:悔し涙

しおりを挟む



「ニナ。いけるか?」

「はいっ!!」

最近、入ったばかりの獣人族兎人種の少女、ニナは俺の問いかけに元気な返事を返した。ニナの同期は4人いる。皆、同じタイミングで奴隷商から購入したのだ。彼女達5人はそれぞれ何かしらの過去があるのか、店主のミームは是非俺にと勧めてきたのである。5人がうちに入ってから、既に1週間。昨日は冒険者ギルドにサクヤを伴って行かせたのだが、早速そこで軽く一悶着があったらしい。まぁ、とはいってもサクヤはSSランク冒険者で一方の5人も鼻の高くなったCランク冒険者程度なら、軽くあしらえる実力があった為、そこに問題はない。

「……………」

「始めっ!!」

審判であるティアの合図を聞いて、先に動き出したのはニナだった。最初から全力である。訓練場全体に彼女の気迫と床を蹴った際の衝撃音が伝わる。一方のビオラだが……………彼女は対戦開始前と何一つ変わらず、ただ目を瞑って、立っているだけだった。

「"速音剣ソニック・ソード"!!」

ニナは右手に剣を握り、左手に鉤爪という変わった戦術スタイルをしていた。その為、彼女に直接、戦闘の指導を施した師匠が2人いることになる。最初、彼女は俺やカグヤに憧れ、刀を扱いたがった。しかし、色々と適性を見ていくうちに今のようなスタイルへと辿り着いたのだった。

「っ!?」

このトリッキーな戦術によって、相手に心理的なプレッシャーをかけ、戦いが始まる前から優位を取る…………これがこちらの狙いだった。しかし………………

「そこまで!勝者…………ビオラ!!」

問題はニナの方がビオラよりも圧倒的に戦闘経験が少ないことにあった。もちろん、彼女もこの1週間、死に物狂いでレベルアップを計り、俺達の英才教育によって、とんでもないスピードで成長していた。ところが、ビオラには遠く及ばなかったのだ。それもそのはず。ビオラは6年もの間、各地を旅していたのである。自衛の術は心得ていて当然だし、何より、あのブロンの娘なのだ。それがうちに入って1週間の者に負ける道理はない。だから、こうなることは初めから分かっていた。

「ううっ……………」

ニナの首元に手を当てられた状態で少しの間、止まっていた時間は彼女の悔し涙で再び、動き出した。ビオラは戦う前から、瞑想を行い、極限まで集中力を高めていた。その様は応接室で話していた時の彼女とは違い、武人そのものであった。ニナが"動"であるとするのならば、まるでビオラは"静"。対戦開始の合図を聞き、ニナが駆け出した時もしっかりとその動きを捉え、最小限の動きで敵を仕留めんと身体を動かしていた。結果、ニナの剣を横に避けた後、そのまま貫き手を彼女の首元に軽く当て、見事勝利を収めたのだ。ちなみに今回のルール上、殺しはなしだ。攻撃が当たる寸前で止めるか、軽く触れさせる。それを見た審判がどちらの勝利かを判定するということになっている。そうでなければ、ニナは死んでいただろう。ビオラがその気になれば、それも可能だっただろうからな。まぁ、その前に俺達が止めるから、そんな未来はこないが。

「何でこんなことをさせたの?シンヤなら、分かっていたはずでしょ?その子がぼくに勝てないことぐらい」

ニナに近付く俺に対して、ビオラが強く睨みながら、そう言ってくる。俺はそれを無視して、泣きながら身体を震わせるニナを抱き締めた。

「ううっ、シンヤ様……………すみません。負けてしまいました」

「謝ることはない。お前はよくやった。いいか?世の中には強い奴がわんさかいるんだ。そいつらは持ち前のセンスと膨大な戦闘経験によって、そこまで強くなった。お前はここにきて、まだ1週間しか経っていないだろう?まだまだ伸び代があるんだ。だから、これからも頑張れば上にいけるさ」

「うん。分かった。あの……………こんな私だけど捨てないで?」

「当たり前だろ。お前はもう俺の家族なんだから」

「ありがとうっ!!シンヤ、大好きっ!!」

「お、おい!シンヤ、何だその対応と優しそうな顔は!!ぼくの時と全然違」

「こらっ、ニナ!!」

「「ひっ!?」」

突然、向こうから聞こえたティアの怒声に無邪気な笑顔を見せていたニナと何かを言いかけていたビオラが同時にビクッとした。

「シンヤさんに向かって、何て口の利き方ですか!シンヤさんはあなたの友達ではないんですよ?」

「ううっ」

「ティア、今は許してやってくれ。ついつい素が出てしまうのは仕方ないことだろう?お前だって、2人きりの時は…………」

「そ、そういう問題ではありません!新人がそんな感じだと周りに示しがつかないから言ってるんです!!」

「いや、でもなぁ」

「だいたい!シンヤさんは最近、色んなことに甘過ぎますよ!!今回のこともそうです!そもそもビオラさんにこんなチャンスを与えてる時点でおかしいんです!以前のシンヤさんだったら……………」

「悪いな。丸くなっちまって……………やっぱり、こんなままの俺じゃ、駄目だよな?」

「ず、ずるいですよ、そんな言い方……………どんなあなただって、いいに決まってるじゃないですか」

「そうか?」

「ええ。むしろ、今のシンヤさんはギャップがあって、より……………って、何を言わせるんですか!!」

「いや、お前が勝手に言ってるだけだろ」

「と、とにかく!あまり、そういうことを頻繁にしないで頂けると……………私だってこんなに近くにいるのに」

そう言って、ぺたんと耳を垂れさせながら頬を軽く膨らませてみせたティアはなんというか、控えめに言っても……………

「…………可愛いな、お前は」

「っ!?もうっ!!私は真剣に言ってるんですからね!!」

「よーしよしよし!いつも偉いな、ティアは」

「あ、頭を撫でないで下……………でへへ」

俺達がそんなやり取りを繰り広げる一方で1人取り残された様子のビオラはこう呟いていた。

「いや、お前ら真剣に何やってんの?」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

異世界転移ボーナス『EXPが1になる』で楽々レベルアップ!~フィールドダンジョン生成スキルで冒険もスローライフも謳歌しようと思います~

夢・風魔
ファンタジー
大学へと登校中に事故に巻き込まれて溺死したタクミは輪廻転生を司る神より「EXPが1になる」という、ハズレボーナスを貰って異世界に転移した。 が、このボーナス。実は「獲得経験値が1になる」のと同時に、「次のLVupに必要な経験値も1になる」という代物だった。 それを知ったタクミは激弱モンスターでレベルを上げ、あっさりダンジョンを突破。地上に出たが、そこは小さな小さな小島だった。 漂流していた美少女魔族のルーシェを救出し、彼女を連れてダンジョン攻略に乗り出す。そしてボスモンスターを倒して得たのは「フィールドダンジョン生成」スキルだった。 生成ダンジョンでスローライフ。既存ダンジョンで異世界冒険。 タクミが第二の人生を謳歌する、そんな物語。 *カクヨム先行公開

処理中です...