俺は善人にはなれない

気衒い

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第14章 獣人族領

第305話 ウィア・ベンガル

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アタイは獣人族領にある中で最も大きな

国"ビスト"で生まれた。それも第一王

女として……………。"ベンガル家"とい

えば、獣人族領の中では知らぬ者なしと

言われた由緒正しい家系であり、その強

さもまた群を抜いていた。元々、獣人族

の特性として"強者こそが正義"という
ものがあった。意見が分かれた時や白黒

はっきりつけたい事案が発生した時はそ

の解決手段が武力を伴う実戦となること

がほとんどだったのだ。そして、それは

王族であっても例外ではなく、人の上に

立ち国民達を束ねる存在もまた強くなく

てはならなかった。

「ウィア!どこにいるんだ!」

アタイは歴代のベンガル家の中でも特に

活発で周りの者達も手を焼いていた。誰

が付けたのか、"お転婆姫"という名が

国民達にも浸透した程だ。そして、その

日もまたいつもと同じように城の中を駆

け回っていた…………………あの人に会う

までは。

「絶対に見つかるもんか。もう堅苦しい

ことをさせられるのはうんざりだ」

「何がそんなに嫌なんだ?」

「っ!?だ、誰だ!」

アタイは急に目の前に現れた男を警戒し

た。それはこの世界ではまず目にするこ

とのない黒髪黒眼の男だった。歳はおお

よそ30代半ば~40代程か。長身であ

り、引き締まった肉体と鋭い眼光を持ち

合わせ、漂う雰囲気からして只者ではな

い。しかし、それに反して服装はだいぶ

質素なものだった。白いヨレヨレのシャ

ツに生地の薄いズボン、ボロボロの靴と

いった軽装備でこんなところに単身で乗

り込むにはあまりにも適さないものだっ

た。自慢ではないが"ビスト"は鉄壁の

要塞と言われており、そこを相手にする

のであれば、複数の国をまとめて相手し

た方がマシだというのが獣人族達の常識

だった。そして、ベンガル家はその最後

の砦なのだ。間違ってもこんな男が落と

せる訳がない。当時のアタイはそんなこ

とを考えていた。

「いきなり話しかけて悪かったな。俺

は……………だ。たまたま城の中を歩いて

いたら、活きのいい嬢ちゃんがいたんで

な」

「たまたま?ここはそんな軽い感覚で訪

れるような場所じゃないぞ!それとアタ

イに対しては家族以外はみんな敬語で話

す。間違っても"嬢ちゃん"なんて言う

奴はいない」

「だから、俺が怪しいってか?まぁ、確

かに見た目だけでいえばな………………だ

が、自分の中にある常識を他の奴に当て

はめちゃいけねぇ。なんせ、世界は広い

んだ」

「……………広い?この世界が?」

「ああ。まだまだ嬢ちゃんの知らないこ

とはこの世界に腐る程ある。美味い飯、

多種多様な種族、百戦錬磨の戦士、そし

て自由がモットーの冒険者……………まだ

見たこともねぇ、ありとあらゆるものが

そこにはある。きっとこんな狭い檻の中

じゃ、味わえないぜ」

「ゴクリッ…………………ほ、本当か?」

「ああ。俺は態度や服装は適当だが、嘘

は付かねぇ」

今思えば、何故男の言うことを信じたの

かは分からない。だが、男には謎の説得

力があったのだ。だから、言ってしまっ

たのだ。

「見てみたい……………」

「そうか。じゃあ…………」

「ウィア!こんなところにいたのか!」

男がそこまで言ったところで父がこちら

に向かって来るのが分かり、アタイは非

常に焦った。もちろん自分自身が見つか

ることもまずかったのだが、それ以上に

ぱっと見不審者にしか見えない男の存在

がバレてしまう方がやばかった。話した

感じ、そこまで悪い人には思えないこの

人が不審者として、もし父に殺されてし

まったら………………。仮にもアタイは王

女だ。おいそれと近付いてしまえば、重

い処分を下されることだってあるだろ

う。アタイは戦々恐々としながら父を待

った。

「全く、ちょこまかと逃げ回りおって。

お前は相変わらず……………ん?お前

は………………」

終わった。アタイはそう思った。父が男

に気付いてしまったのだ。まぁ、そりゃ

気が付かない方が無理がある。なんせ男

は父が向かってくる間も一切微動だにせ

ず、その場に立ち尽くしていたのだか

ら。

「おおっ、………………か!来てくれたの

か!」

「よぉ。噂のアムール・ベンガルがどん

なもんか見に来たぜ」

「待っていたぞ!こんなところで一体な

にをしている?」

「道に迷ってな。嬢ちゃんに案内しても

らっていたんだ。だから、あまり責めな

いでやってくれ」

「そうだったのか。ウィア、それならそ

うと早く言ってくれ」

「え?あ、ああ」

後で分かったことだが男は父に呼ばれ

て、ここを訪れたそうだ。なんでも男の

噂を聞いた父が一度でいいから手合わせ

願いたいと。しかし男は神出鬼没であ

り、あまり人の頼みを聞くようなタイプ

ではないことから、父もほぼ諦めていた

そうだ。ところが、男は予想に反してや

って来て、父との対面を果たした。ちな

みに2人の勝敗についてだが………………

なんと全くの互角だった。それまでアタ

イは父と肩を並べる程の実力者を見たこ

とがなかった為、かなり驚いた。その

後、用事は済んだとすぐに帰ろうとする

男を引き止め、なんとか自分も一緒に連

れて行ってはもらえないかと頼むアタイ

を見て、男は………………

「世界を見て回るのは楽じゃねぇ。命が

いくつあっても足りねぇぞ?それでも来

るか?」

と言った。アタイはそれに対して何の迷

いもなく、こう答えた。

「こんなところで一生を終えるのは嫌

だ。もちろん、家族や家臣達は大好き

だ。みんな、よくしてくれている。で

も、アタイはもっと色々なことが知りた

い!世界の広さを見てみたいんだ!」

「ないものねだりってやつ

か…………………ふんっ。いいだろう。そ

の代わり、死ぬ気で着いてこいよ?いち

いち振り返ったりしねぇからな」

「ああっ!臨むところだ!」

「よし。その青さを忘れるんじゃねぇ

ぞ」

それからのアタイは男とその仲間達と

色々なところを回り、様々なことを体験

した。目まぐるしく変わる毎日。城の中

では到底味わえない刺激的な経験にアタ

イは幸せを感じる日々だった。ところ

が、それも突如として終わりを迎えるこ

ととなる。25年前、男の解散宣言と共

に仲間達はバラバラになり、アタイは1

人になった。頼れる者もいない、という

よりも頼る訳にはいかないそんな状況下

でアタイはなんとか頑張ってここまでき

た。そして、今日………………不本意にも

アタイは30年振りに帰国することとな

った。

「お久し振りです…………………お父様」

手錠を嵌められたまま、王の間の中心に

立つアタイ。そんなアタイを見下ろす父

の顔は記憶の中のものよりもずっと老け

ていた。
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