窓際の君

気衒い

文字の大きさ
上 下
99 / 140
〜現代編〜

第九十九話:それぞれの道

しおりを挟む

「私の目指すべき進路が決まりました」

「……………そう」

「師走先生は以前、"世の中を知った気になるな、たかが十年そこら生きたくらいで…………"と仰いました」

「言ったわね」

「でも、私は……………この先、こんな思いをいくつもするのが世の常だなんて思いたくありません………………こんなの知りたくなかった………………こんなのが大人になるってことだとしたら、私は大人になんてなりたくない」

「……………そうね。理不尽よね。でも、それが世の中ってもんなの。いつだって、環境は、人は、運命は、私達に牙を向いてくる。ただ、大切な人といつまでも一緒にいたいだけなのに……………そんなささやかな願いすらも奪われかねない………………それが人生よ」

「………………先生は知っていたんですか?」

「………………」

「答えて下さい。先生は葉月さんがこうなるってこと、知っていたんですか?」

「長月さんは一体何が言いたいのかしら?」

「っ!?何ですか、その態度!!いつも、いつも、いつも、いつも!!上から目線で自分は何でも分かってますみたいな、その態度!!で、肝心なことになるとしらばっくれて!!………………あんた、一体なんなんだよ!!そんなに偉いのかよ!!知っていたんなら………………どうして助けてくれなかったんだよ!!」

 私は思わず、先生の胸ぐらを掴み詰め寄っていた。

 これは八つ当たりだ。

 先生に悪意がないことなんて分かっている。

 でも、それでも……………私には今、心の余裕がない。

 今回の件は私達にとって、それほど大きなことだった。

 しかし、最後の一言だけは絶対に言ってはいけなかった。

 何故なら……………

「ごめん……………ごめんね………………私が無力なばかりに………………私には結局、誰も……………本当にごめん……………」

 先生が泣いていたからだ。

 いつも飄々としていて、常に冷静で、でも時にはお茶目で……………そんな先生の泣いているところは初めて見た。

 一体何が先生にそんな顔をさせるのだろうか……………一瞬だけ浮かんだ疑問はしかし、すぐに流されてしまった。

 それよりもまずは自分の失言について謝るのが先だと。

「せ、先生!す、すみません!私の方こそ、失礼なことを言ってしまって………………こんなの完全に八つ当たりです」

「ううん。あなたは…………あなた達は何も悪くないの。本来は私達教師が教え子であるあなた達を助けてあげなければならない立場なのに………………」

 教師?教え子?……………私は先生のその言葉に違和感を覚えた。

 先生は決してそれだけで言っていないような気がする。

 まだ他に理由があるような……………

「先生、それって……………」

「でも、これだけは覚えておいて………………どれだけ掛かるか分からないけど、絶対に私が何とかしてみせるから」

 何故かは分からないけど、師走先生のその言葉が頭を離れることはなかった。







        ★






 静粛な雰囲気の漂うここは教会だった。

 ステンドグラスから差し込む陽の光が美しく清らかに中を照らしていく。

 本日は晴天なり。

 この日に式を挙げる新郎新婦にとっては何よりの吉日だった。

 現に今も牧師の目の前に並んで式を挙げている者達がいた。

「あれから、どれだけの年月が流れたのか………………兎にも角にも遂にこの日が来たか」

「感慨深いですね」

 それを椅子には座らず、後方に立ちながら見守る二人の男女がいた。

「お前、いつまで後輩気分でいるんだよ。いい加減、その敬語やめろ」

「えぇ~別にいいじゃないですか睦月先輩。私にとって先輩はいつまで経っても先輩ですよ?」

「っつても、高校卒業してからどのくらい経つと思ってるんだよ」

「えぇ~……………じゃあ、分かったよ睦月!」

「全く……………お前は相変わらずだな皐月」

「それ、褒めてます?」

「切り替えが早い…………というより順応性が高いって言ってんだ。あと、敬語に戻ってるぞ」

「おおっと!いけない、いけない!」

「ったく…………」

 軽口を叩き合う男女。

 ふと男の方が前方に目を向けると式はいよいよ終わりというところまできていた。

「…………何泣いてんだよ」

「ふんっ。あなたも人のこと言えないじゃない。酷い顔・・・」

「うるせ。お前、俺の顔見てないのに適当なこと言うな」

「それはこっちの台詞」

「ふんっ。これは・・・嬉し涙だ」

「・・・馬鹿ね。そんなになるんなら、何で自分の気持ちを伝えなかったのよ」

「うるせぇ。それはお互い様だ」

「そうね……………私達、大馬鹿者同士ね」

 気が付けば、式はクライマックスだった。

 そして、この男女の立ち位置は……………いや、距離は式の開始前より、心なしか縮まっていたのだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

処理中です...