25 / 28
気づき
しおりを挟む
その日、リジーは虹色の魚を手に入れた。
いつものように、朝早くから畑に水撒きをしようと起きてみると、池の真ん中で一羽の鳥が踊っていた。首長どりの一種でやけに獰猛な嘴を持っていたのだが、その嘴に虹色の巨大な魚が挟まれており、飛び立とうとしているのだが、その足に別の虹色の魚が食いついていたのだ。
「まあ、珍しい」
リジーは慌てて踵を返すと弓を掴んで舞い戻り、シュタッと首長どりに矢を放った。
ここ最近のリジーの命中率は半端ない。動いているものでも、空高く飛んでいるものでも、木々の間を飛び跳ねているものでもほぼ百発百中である。もちろん、食べきれないような大きなものや多量の無駄な殺生はしていないが、燻製にできるものや、保存が効くもの、シチューにできるものは積極的に狩る。特に鳥は頭が小さい分、脳みそを見なくても済むし、脂分も少ないので解体もしやすいし、丸焼きもできるのだ。
あの日の子豚はなんとか解体をしたものの、リジーには多すぎたため、一週間かけて燻製作りばかりしていたのだ。骨や足の肉の少ない部分はスープのストックを作ったものの、冷めるとゼリー状に固まってしまった。今日はそのゼリー状になったストックを革袋に入れたものを、雪の中に突っ込んでおいたので、ハンターに差し出そうと思っている。子豚の半身のジャーキーの量は半端ない。冬の間中こればかり食べていてもまだ残るかもしれない量だったので、それも皮袋に一杯持っていく。
ともかく、首長どりを仕留めたのだが、足に食らい付いていた虹色の魚に奪われてしまい、慌てて首長どりの嘴に挟まれていた虹色の魚だけは取り上げたのだ。首長どりの鋭い嘴で串刺しになっていた虹色の魚はすでに絶命していたので、とっととスープに入れて根野菜と煮たら、絶品だったのだ。しかも卵持ちで一匹で2度美味しい魚だった。あまりにも美味しかったので、池に戻りもう一匹だけ釣り上げ、これは雪の中に突っ込んでおいた。
「ハンターさん、喜ぶかしら?」
本日はハンターと再会する日である。朝からワクワクしてスキップをしそうなリジーは、はた、と動きをとめた。
「嫌だわ、わたくしったらこんなにはしゃいでしまって…」
ポット頬を赤らめたリジーだったが、水辺に映る自分の顔は老婆である。髪は少し伸びて、肩に届くか届かないかというところだが、美しい髪とは言い難い。
「七年と七ヶ月……。ここで罪を償ったら元に戻るかしら」
王から言い渡された、償いの時間はリジーがエリザベスであった時、ハルバートと共に過ごした時間である。でも、姿が変わったのは魔女にお願いをしたからであって、王とは何も関係がない。
「ハルバート様は無事かしら…」
そう言いながら、はっと気がつく。麓の村に来てから今まで、ハルバートのことを考えたのはこれが初めてだということに。
「…わたくしは、なんて薄情な婚約者だったの。それにお父様とお母様のことだって、今まで一度も考えなかった…」
自分の新しい生活と、しがらみから解かれた自由を満喫してしまったのだ。
王都の情報は全く入ってこない。否、先週ハンターが言っていたはずだ。何やら奇病が流行っていると。それでもリジーはハルバートにまで考えが及ばなかった。
「これでは、疎まれて当然ね…」
すっかり興醒めしてしまったリジーは淡々と背負い籠に荷物を入れ、山を降り始めた。
「ちょ、ちよっと、待ってくださる?私こんな山道を歩いたことは、なくてよ」
ぜい、はあ、と息を吐きながらアリサ・クゥエイドはハンターに声をかけた。ブルマンも文句こそ言わないが汗だくである。
「ああ、すみません。休憩しますか?それともまた今度にしますか?」
「き、休憩で」
ハンターは内心ちっと舌を打つ。今回リジーの両親を山に連れて行くことは、ハンターは反対した。狩りもしたことがなければ、山登りの経験もないお貴族様が、中腹の待ち合わせ場所まで辿りつけるはずがないと思ったからだが、本心は二人の逢瀬の邪魔をされたくなかったというのが多分にある。たった週に一回なのだ。だが、そうするとジャックがこの二人を連れて行くことになり、ハンターがついて行くわけには行かない。
長老はリジーを呼び戻したらどうだと最初は言ったが、そうすればリジーが魔女の家に戻れるかどうかわからない。両親が連れて帰ってしまったら?
「万能薬葉樹の葉と実、手に入らなくなるかもしれないな」
と、ハンターがポソっと呟くと、長老はピタッというのをやめた。持病の腰痛もあれさえあれば、すぐ回復するし、血圧の心配も無くなるから、大好きな麦酒も一日一杯なら飲んでも大丈夫じゃないかな、と考えているのは手に取るようにわかる。
そんなわけで、この一週間、体力をつけるために簡単な畑仕事やランニングを進めたのだが、流石に夫人はものにならなかった。貴族生活を何十年もしているのだから当然だろう。
今日だって日の出と共に歩き始めたが、もうかれこれ5回は休憩していて、陽もだいぶ高くなっている。歩く距離は芋虫の歩みだ。
意地悪をしているわけではないが、リジーに早く会いたいがため、つい気が急いてしまう。リジーはきっともう待っているに違いない。
はあ、と喉から出かかるため息を、ハンターは飲み込んだ。
いつものように、朝早くから畑に水撒きをしようと起きてみると、池の真ん中で一羽の鳥が踊っていた。首長どりの一種でやけに獰猛な嘴を持っていたのだが、その嘴に虹色の巨大な魚が挟まれており、飛び立とうとしているのだが、その足に別の虹色の魚が食いついていたのだ。
「まあ、珍しい」
リジーは慌てて踵を返すと弓を掴んで舞い戻り、シュタッと首長どりに矢を放った。
ここ最近のリジーの命中率は半端ない。動いているものでも、空高く飛んでいるものでも、木々の間を飛び跳ねているものでもほぼ百発百中である。もちろん、食べきれないような大きなものや多量の無駄な殺生はしていないが、燻製にできるものや、保存が効くもの、シチューにできるものは積極的に狩る。特に鳥は頭が小さい分、脳みそを見なくても済むし、脂分も少ないので解体もしやすいし、丸焼きもできるのだ。
あの日の子豚はなんとか解体をしたものの、リジーには多すぎたため、一週間かけて燻製作りばかりしていたのだ。骨や足の肉の少ない部分はスープのストックを作ったものの、冷めるとゼリー状に固まってしまった。今日はそのゼリー状になったストックを革袋に入れたものを、雪の中に突っ込んでおいたので、ハンターに差し出そうと思っている。子豚の半身のジャーキーの量は半端ない。冬の間中こればかり食べていてもまだ残るかもしれない量だったので、それも皮袋に一杯持っていく。
ともかく、首長どりを仕留めたのだが、足に食らい付いていた虹色の魚に奪われてしまい、慌てて首長どりの嘴に挟まれていた虹色の魚だけは取り上げたのだ。首長どりの鋭い嘴で串刺しになっていた虹色の魚はすでに絶命していたので、とっととスープに入れて根野菜と煮たら、絶品だったのだ。しかも卵持ちで一匹で2度美味しい魚だった。あまりにも美味しかったので、池に戻りもう一匹だけ釣り上げ、これは雪の中に突っ込んでおいた。
「ハンターさん、喜ぶかしら?」
本日はハンターと再会する日である。朝からワクワクしてスキップをしそうなリジーは、はた、と動きをとめた。
「嫌だわ、わたくしったらこんなにはしゃいでしまって…」
ポット頬を赤らめたリジーだったが、水辺に映る自分の顔は老婆である。髪は少し伸びて、肩に届くか届かないかというところだが、美しい髪とは言い難い。
「七年と七ヶ月……。ここで罪を償ったら元に戻るかしら」
王から言い渡された、償いの時間はリジーがエリザベスであった時、ハルバートと共に過ごした時間である。でも、姿が変わったのは魔女にお願いをしたからであって、王とは何も関係がない。
「ハルバート様は無事かしら…」
そう言いながら、はっと気がつく。麓の村に来てから今まで、ハルバートのことを考えたのはこれが初めてだということに。
「…わたくしは、なんて薄情な婚約者だったの。それにお父様とお母様のことだって、今まで一度も考えなかった…」
自分の新しい生活と、しがらみから解かれた自由を満喫してしまったのだ。
王都の情報は全く入ってこない。否、先週ハンターが言っていたはずだ。何やら奇病が流行っていると。それでもリジーはハルバートにまで考えが及ばなかった。
「これでは、疎まれて当然ね…」
すっかり興醒めしてしまったリジーは淡々と背負い籠に荷物を入れ、山を降り始めた。
「ちょ、ちよっと、待ってくださる?私こんな山道を歩いたことは、なくてよ」
ぜい、はあ、と息を吐きながらアリサ・クゥエイドはハンターに声をかけた。ブルマンも文句こそ言わないが汗だくである。
「ああ、すみません。休憩しますか?それともまた今度にしますか?」
「き、休憩で」
ハンターは内心ちっと舌を打つ。今回リジーの両親を山に連れて行くことは、ハンターは反対した。狩りもしたことがなければ、山登りの経験もないお貴族様が、中腹の待ち合わせ場所まで辿りつけるはずがないと思ったからだが、本心は二人の逢瀬の邪魔をされたくなかったというのが多分にある。たった週に一回なのだ。だが、そうするとジャックがこの二人を連れて行くことになり、ハンターがついて行くわけには行かない。
長老はリジーを呼び戻したらどうだと最初は言ったが、そうすればリジーが魔女の家に戻れるかどうかわからない。両親が連れて帰ってしまったら?
「万能薬葉樹の葉と実、手に入らなくなるかもしれないな」
と、ハンターがポソっと呟くと、長老はピタッというのをやめた。持病の腰痛もあれさえあれば、すぐ回復するし、血圧の心配も無くなるから、大好きな麦酒も一日一杯なら飲んでも大丈夫じゃないかな、と考えているのは手に取るようにわかる。
そんなわけで、この一週間、体力をつけるために簡単な畑仕事やランニングを進めたのだが、流石に夫人はものにならなかった。貴族生活を何十年もしているのだから当然だろう。
今日だって日の出と共に歩き始めたが、もうかれこれ5回は休憩していて、陽もだいぶ高くなっている。歩く距離は芋虫の歩みだ。
意地悪をしているわけではないが、リジーに早く会いたいがため、つい気が急いてしまう。リジーはきっともう待っているに違いない。
はあ、と喉から出かかるため息を、ハンターは飲み込んだ。
14
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語
妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します
もぐすけ
ファンタジー
私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。
子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。
私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。
外れスキル【削除&復元】が実は最強でした~色んなものを消して相手に押し付けたり自分のものにしたりする能力を得た少年の成り上がり~
名無し
ファンタジー
突如パーティーから追放されてしまった主人公のカイン。彼のスキルは【削除&復元】といって、荷物係しかできない無能だと思われていたのだ。独りぼっちとなったカインは、ギルドで仲間を募るも意地悪な男にバカにされてしまうが、それがきっかけで頭痛や相手のスキルさえも削除できる力があると知る。カインは一流冒険者として名を馳せるという夢をかなえるべく、色んなものを削除、復元して自分ものにしていき、またたく間に最強の冒険者へと駆け上がっていくのだった……。
婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
はじまりは初恋の終わりから~
秋吉美寿
ファンタジー
主人公イリューリアは、十二歳の誕生日に大好きだった初恋の人に「わたしに近づくな!おまえなんか、大嫌いだ!」と心無い事を言われ、すっかり自分に自信を無くしてしまう。
心に深い傷を負ったイリューリアはそれ以来、王子の顔もまともに見れなくなってしまった。
生まれながらに王家と公爵家のあいだ、内々に交わされていた婚約もその後のイリューリアの王子に怯える様子に心を痛めた王や公爵は、正式な婚約発表がなされる前に婚約をなかった事とした。
三年後、イリューリアは、見違えるほどに美しく成長し、本人の目立ちたくないという意思とは裏腹に、たちまち社交界の花として名を馳せてしまう。
そして、自分を振ったはずの王子や王弟の将軍がイリューリアを取りあい、イリューリアは戸惑いを隠せない。
「王子殿下は私の事が嫌いな筈なのに…」
「王弟殿下も、私のような冴えない娘にどうして?」
三年もの間、あらゆる努力で自分を磨いてきたにも関わらず自信を持てないイリューリアは自分の想いにすら自信をもてなくて…。
転生先ではゆっくりと生きたい
ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。
事故で死んだ明彦が出会ったのは……
転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた
小説家になろうでも連載中です。
なろうの方が話数が多いです。
https://ncode.syosetu.com/n8964gh/
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる