5 / 28
帝国式の挨拶
しおりを挟む
緊迫した空気が一瞬にして周囲に流れた。他国の要人たちも視線を鋭くする。帝国は確かに軍事国家で巨大ではあるが、その分敵も多い。ここにいる要人の中には様子を伺いに来た者もいるのだろう。今、戦争を起こすつもりはなくとも、立ち上がったばかりの帝王はまだ求心力もなく、叩くなら早いうちが良い。放置しておけば、いつ自国の女を攫われ得るかわかったものではない。
そもそもビョルクには既に五人の妃が居ると聞く。なぜそんなに多くの妃を望むのか、一夫一妻制の国出身のエリザベスは混乱した。だが、そこへ忠臣だろうか、青年がビョルクへ耳打ちをする。一瞬眉を顰めたビョルクではあったが、相好を崩した。
「我が時代が始まる祝いの品として献上されたのではなかったか。美しい貢物だと思ったが、冗談が過ぎたようだ。許せ」
「……」
おそらくは、周囲の様子を敏感に察知した忠臣がたしなめたのに違いない。この場は引け、と。
「ハルバート様…」
「大丈夫だ、エリザベス。帝王のお戯れだったようだ」
「……ですが」
「戴冠式が終わったら国に帰ろう。すべきことは山ほどあるからね」
「は、はい…」
当然、他の国の大使たちも自分の国が狙われては敵わんと、戴冠式終了後早々に引き上げ、エリザベス達もそれに便乗したが、帝王の機嫌を損ねたせいなのか、自分たちで勝手に帰れと言わんばかりに客船を用意された。
「それが帝国式の挨拶か」
「ふ。自国の船で帰って頂いても結構なんだが。ああ、漁船しかないんでしたな。こちらから客船を用意しましょう。まあ、三ヶ月もあれば東洋の海にも辿り着きましょう」
怒りに顔が真っ赤に染まったが、言い返すこともできず、ハルバートとエリザベスは長い航路の末、三ヶ月かけて自国へと戻って行った。
「ハルバート様、申し訳ございません。わたくしがいなければあんなことにもならずに済んだのに」
「我が国を馬鹿にされたのはエリザベスが悪いんじゃない。むしろ、君のことは褒められたんだから」
「あれは、褒められたうちには入りませんわ。まるで雌牛を選ぶかのように、人を人とも思わない言動でしたもの」
「ああ、あれは本当に肝が冷えたよ」
「わたくし、正直帝国と国交は開きたくありませんわ。いかに魔道具が発達していようと、あの態度は納得いきませんもの」
船旅はそれほど悪いものではなかったが、帝国に向かった時はほんの一週間足らずの行程が、三ヶ月になるとあまり海になれていないハルバートも調子を崩しがちになり、王国に戻って来る頃には、すっかり弱ってしまっていた。
エリザベスは帝国で何が起こったのかを国王に告げ、おそらくそれが心労になったのだろうと告げた。聞いた国王も眉を顰めて青ざめ、二人が無事に帰国出来たことを心底喜んだ。だが王妃はまるで親の仇を見るかの様にエリザベスを責め立てた。
「こんなことになるくらいなら、お前が側妃にでも何でもなればよかったのよ!ハルバートを守るのがお前の役目でしょう!」
「何をいうんだ、メリアン!エリザベスはハルバートの妃となる娘、帝国の側妃になどできるか。そんなことを公爵に申し出てみろ、殺されても文句は言えんぞ!」
「たかが公爵に何をそんなに」
「その侯爵がいなければこの国は成り立っておらんわ!あのものが先人族を束ねておるのを知らぬとは言わせぬぞ」
そう。エリザベスの出自の公爵家は長くから王家の忠臣でいる。もともとこの土地で山神を信仰していた先住民を纏め、罪人の受け取り先に任命した。山神信仰が続いていて先住民が反論しないのも、この公爵家のおかげでもある。小さいとはいえ、国を国家として纏めているのが公爵家であり、王家はそこに胡座をかいているのだ。幸い公爵家は王位に興味はなく、建国時からずっと忠臣でいる。だが、その一人娘を帝国へ預けようものならば、国を離脱するかもしれないし、反乱を起こすかもしれない。己が王でいられるのもこの公爵家があるおかげだということを王は自覚しているのだ。
だが王妃は違う。伯爵家出身の王妃は賎民意識が強く、公爵家に対しては若干劣等感を持ち、王妃という立場にありながら消化できずにいる。ましてやエリザベスほどの美貌を見ると、だんだん年老いていく自分が惨めになり、ますます焦りが滲み出て来るのだ。エリザベスが悪いのではないし、エリザベス以上に有能な貴族令嬢も見つからないためネチネチと虐める事で発散しているきらいもある。それを王も見て見ぬふりをしていた。愚痴をいうくらいは許されるだろうと高を括っていたのだ。
だが、ハルバートは日増しに容体が悪くなり、とうとう起き上がれなくなってしまった。航海の長旅の上、食べ慣れないものを食べたため体調を崩したのか、それとも帝国のおかしな病でもらってきたのか。医者に見せ、セントポリオン山脈で取れたという珍しい薬草を煎じて飲ませても見たし、神頼みの祈祷もしたが一向に良くなる気配はなく、エリザベスは王宮の図書館に籠る様になった。昔の文献から病に関する何かヒントが得られるかもしれないと思ったのだ。
ハルバートの体調の変化は、普通の病ではないとエリザベスは考えていた。
ハルバートの身体中に浮かんだ赤黒い紋から、魔法が絡んでいるのかもしれないと思ったのだ。あの恐ろしい帝王なら得意の魔法を使い、何をしでかすかわかったものでは無い。欲しいものを手に入れるためなら親兄弟でも殺すのが帝国式だ。まさかとは思うが、エリザベスを手に入れるために、ハルバートに何かしたのでは無いかと考えてもおかしく無い狂気を、帝王はその瞳に秘めていた。
そして数ヶ月後、エリザベスは禁書の中に『ヴェルマニア王国と西の魔女』と言う古文書を見つけた。
そもそもビョルクには既に五人の妃が居ると聞く。なぜそんなに多くの妃を望むのか、一夫一妻制の国出身のエリザベスは混乱した。だが、そこへ忠臣だろうか、青年がビョルクへ耳打ちをする。一瞬眉を顰めたビョルクではあったが、相好を崩した。
「我が時代が始まる祝いの品として献上されたのではなかったか。美しい貢物だと思ったが、冗談が過ぎたようだ。許せ」
「……」
おそらくは、周囲の様子を敏感に察知した忠臣がたしなめたのに違いない。この場は引け、と。
「ハルバート様…」
「大丈夫だ、エリザベス。帝王のお戯れだったようだ」
「……ですが」
「戴冠式が終わったら国に帰ろう。すべきことは山ほどあるからね」
「は、はい…」
当然、他の国の大使たちも自分の国が狙われては敵わんと、戴冠式終了後早々に引き上げ、エリザベス達もそれに便乗したが、帝王の機嫌を損ねたせいなのか、自分たちで勝手に帰れと言わんばかりに客船を用意された。
「それが帝国式の挨拶か」
「ふ。自国の船で帰って頂いても結構なんだが。ああ、漁船しかないんでしたな。こちらから客船を用意しましょう。まあ、三ヶ月もあれば東洋の海にも辿り着きましょう」
怒りに顔が真っ赤に染まったが、言い返すこともできず、ハルバートとエリザベスは長い航路の末、三ヶ月かけて自国へと戻って行った。
「ハルバート様、申し訳ございません。わたくしがいなければあんなことにもならずに済んだのに」
「我が国を馬鹿にされたのはエリザベスが悪いんじゃない。むしろ、君のことは褒められたんだから」
「あれは、褒められたうちには入りませんわ。まるで雌牛を選ぶかのように、人を人とも思わない言動でしたもの」
「ああ、あれは本当に肝が冷えたよ」
「わたくし、正直帝国と国交は開きたくありませんわ。いかに魔道具が発達していようと、あの態度は納得いきませんもの」
船旅はそれほど悪いものではなかったが、帝国に向かった時はほんの一週間足らずの行程が、三ヶ月になるとあまり海になれていないハルバートも調子を崩しがちになり、王国に戻って来る頃には、すっかり弱ってしまっていた。
エリザベスは帝国で何が起こったのかを国王に告げ、おそらくそれが心労になったのだろうと告げた。聞いた国王も眉を顰めて青ざめ、二人が無事に帰国出来たことを心底喜んだ。だが王妃はまるで親の仇を見るかの様にエリザベスを責め立てた。
「こんなことになるくらいなら、お前が側妃にでも何でもなればよかったのよ!ハルバートを守るのがお前の役目でしょう!」
「何をいうんだ、メリアン!エリザベスはハルバートの妃となる娘、帝国の側妃になどできるか。そんなことを公爵に申し出てみろ、殺されても文句は言えんぞ!」
「たかが公爵に何をそんなに」
「その侯爵がいなければこの国は成り立っておらんわ!あのものが先人族を束ねておるのを知らぬとは言わせぬぞ」
そう。エリザベスの出自の公爵家は長くから王家の忠臣でいる。もともとこの土地で山神を信仰していた先住民を纏め、罪人の受け取り先に任命した。山神信仰が続いていて先住民が反論しないのも、この公爵家のおかげでもある。小さいとはいえ、国を国家として纏めているのが公爵家であり、王家はそこに胡座をかいているのだ。幸い公爵家は王位に興味はなく、建国時からずっと忠臣でいる。だが、その一人娘を帝国へ預けようものならば、国を離脱するかもしれないし、反乱を起こすかもしれない。己が王でいられるのもこの公爵家があるおかげだということを王は自覚しているのだ。
だが王妃は違う。伯爵家出身の王妃は賎民意識が強く、公爵家に対しては若干劣等感を持ち、王妃という立場にありながら消化できずにいる。ましてやエリザベスほどの美貌を見ると、だんだん年老いていく自分が惨めになり、ますます焦りが滲み出て来るのだ。エリザベスが悪いのではないし、エリザベス以上に有能な貴族令嬢も見つからないためネチネチと虐める事で発散しているきらいもある。それを王も見て見ぬふりをしていた。愚痴をいうくらいは許されるだろうと高を括っていたのだ。
だが、ハルバートは日増しに容体が悪くなり、とうとう起き上がれなくなってしまった。航海の長旅の上、食べ慣れないものを食べたため体調を崩したのか、それとも帝国のおかしな病でもらってきたのか。医者に見せ、セントポリオン山脈で取れたという珍しい薬草を煎じて飲ませても見たし、神頼みの祈祷もしたが一向に良くなる気配はなく、エリザベスは王宮の図書館に籠る様になった。昔の文献から病に関する何かヒントが得られるかもしれないと思ったのだ。
ハルバートの体調の変化は、普通の病ではないとエリザベスは考えていた。
ハルバートの身体中に浮かんだ赤黒い紋から、魔法が絡んでいるのかもしれないと思ったのだ。あの恐ろしい帝王なら得意の魔法を使い、何をしでかすかわかったものでは無い。欲しいものを手に入れるためなら親兄弟でも殺すのが帝国式だ。まさかとは思うが、エリザベスを手に入れるために、ハルバートに何かしたのでは無いかと考えてもおかしく無い狂気を、帝王はその瞳に秘めていた。
そして数ヶ月後、エリザベスは禁書の中に『ヴェルマニア王国と西の魔女』と言う古文書を見つけた。
15
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語
妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します
もぐすけ
ファンタジー
私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。
子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。
私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。
外れスキル【削除&復元】が実は最強でした~色んなものを消して相手に押し付けたり自分のものにしたりする能力を得た少年の成り上がり~
名無し
ファンタジー
突如パーティーから追放されてしまった主人公のカイン。彼のスキルは【削除&復元】といって、荷物係しかできない無能だと思われていたのだ。独りぼっちとなったカインは、ギルドで仲間を募るも意地悪な男にバカにされてしまうが、それがきっかけで頭痛や相手のスキルさえも削除できる力があると知る。カインは一流冒険者として名を馳せるという夢をかなえるべく、色んなものを削除、復元して自分ものにしていき、またたく間に最強の冒険者へと駆け上がっていくのだった……。
婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
はじまりは初恋の終わりから~
秋吉美寿
ファンタジー
主人公イリューリアは、十二歳の誕生日に大好きだった初恋の人に「わたしに近づくな!おまえなんか、大嫌いだ!」と心無い事を言われ、すっかり自分に自信を無くしてしまう。
心に深い傷を負ったイリューリアはそれ以来、王子の顔もまともに見れなくなってしまった。
生まれながらに王家と公爵家のあいだ、内々に交わされていた婚約もその後のイリューリアの王子に怯える様子に心を痛めた王や公爵は、正式な婚約発表がなされる前に婚約をなかった事とした。
三年後、イリューリアは、見違えるほどに美しく成長し、本人の目立ちたくないという意思とは裏腹に、たちまち社交界の花として名を馳せてしまう。
そして、自分を振ったはずの王子や王弟の将軍がイリューリアを取りあい、イリューリアは戸惑いを隠せない。
「王子殿下は私の事が嫌いな筈なのに…」
「王弟殿下も、私のような冴えない娘にどうして?」
三年もの間、あらゆる努力で自分を磨いてきたにも関わらず自信を持てないイリューリアは自分の想いにすら自信をもてなくて…。
転生先ではゆっくりと生きたい
ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。
事故で死んだ明彦が出会ったのは……
転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた
小説家になろうでも連載中です。
なろうの方が話数が多いです。
https://ncode.syosetu.com/n8964gh/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる