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12:ハーナのミルクの効果が出ました

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「大神官長、聖子さん。最近、万能薬の効能が激上がりしているんですが、何してるんですか?」

 数日して、ちょうど朝の万能薬の収穫を研究室に届けたところで、珍しくグラハムが聖子とアダムに声をかけてきた。

「グラハムさん。おはようございます。えーと、精霊さんの羽虫のおかげかな?」
「ああ、あの夜の。続けてるんですね」
「はい。まあ。アダムにハーナのミルクと一緒に飲ませるのにも、高能力のがいいだろうし」
「え?」
「ほら、あの夜精霊にアダムに飲ませろって言われて…」
「ハーナのミルクをですか?」
「ええ、万能薬と混ぜて飲ませろと」
「大神官様、それ飲んでるんですか?」
「え、ええ。まあ。」
「お体に変化は?」
「まあ、ぼちぼち…」
「……大神官様。ぼちぼちとはなんですか、ぼちぼちとは!ハーナのミルクは竜の魔力ですよ!?危険極まりないものなんですよ!それをなんの検査もなくご自身でお試しになるとは!今すぐ止めてください!」
「いやしかし」
「しかしもカカシもありませんよ!そんなことで何かあったらどうするんですか!ああもう、こうしちゃいられない!今すぐ検査です!」
「ええ…?」

 グラハムは真っ青になりながらアダムを座らせて身体検査を始めた。まあ、研究所長としては当然の反応だったのだろう。大神官に何かあってはグラハムたちも困ることになる。アダムは渋々ながらもグラハムの言う通り、舌を出したり、手のひらを差し出したり、血を抜かれたりしていた。

「こ、これは…」

 ちょうど魔力測定をし終えたところで、グラハムが測定器を両手でつかんで覗き込んだ。この測定器は血圧を測るような器具によく似ていて、チューブのついた帯状の太いベルトを手首に巻きつけ、バトンのようなものをその手に握らせると、チューブを通して測定器に数字と色のついた棒グラフが伸び上がるようにできている。数字は魔力量を表し、グラフの色は属性を表示する。赤は火属性、青は水属性、緑は風属性、茶色は土属性と言った具合だ。

 過去の検査では、アダムの属性は聖属性の白が最高値を表す10、水属性が5、風属性が1、魔力量は500mpという測定値だったらしい。通常の人間が30から50mp、聖騎士や魔術師が100から300mpということからも、アダムの魔力量は異常数値を見せていた。そして三属性というのも滅多にないため、神殿でアダムを囲ったのだ。聖属性だけでも大神官という位置付けは頷けたのだが、今回の検査では過去を大幅に上書きしていた。つまるところ、聖属性は10のままだったが、カラフルなバーは、以前は無かった火属性が8、水属性も8まで上がっており、魔力量は測定不可エラーになっていた。

「ちょ…ちょっと待ってください!測定可能基準を変えます!」

 そうしてグラハムが測定可能数値を上書きして何度か再調査してみたが、魔力量を測定最大値の9999に変えてもアダムの魔力量を測定することはできなかった。



 * * *


「つまり、ハーナの魔力と万能薬の影響を受けていると言うことになるわけね」

 ほほう、と聖子が関心したように頭を傾げた。

「聖子さんはもちろん聖属性を持っていますが、おそらくは水属性もイモリなだけに持っているんでしょうね。ですから大神官長の水属性能力が上がった、と。以前はなかった火属性はハーナの魔力を調べてみなければいけませんね。万能薬は検証をしてみないとわかりませんが、概ねほとんどの騎士の魔力も上がっていると思われます」
「やっぱり暴れ竜だっただけあって火とか吹くのかしらね。ハーナったら」
「有り得ますね。聖子さんの魔力量はどうなんでしょう」

 愕然として呆けてしまったグラハムを置いて、聖子とアダムはハーナの鳥居へと向かっていた。

 聖子の魔力測定は水晶のような球にペタペタと張り付いた状態で測定したのだが、接触面が低いせいか、または低体温のせいか測定不可能だった。ただ白っぽく水晶が濁ったのでおそらく聖属性であろうとしかわからなかったのだ。それは聖子の体長が10センチに満たない時から30センチほどある今でも変わらないかった。

「もともと魔力なんてないところから来ましたから、もしかすると魔力はゼロなのかもしれませんよ。精霊さんも魔力が空だからって魔力を分けてくれているんだろうし」
「ああ、そうでしたね。精霊のくれる魔力は美味しいと言いましたよね」
「ええ。メロン味のシュークリームの味がして。いくつでも食べられます」
「………羨ましい」

 そういえば、と聖子は苦笑した。ハーナのミルクと万能薬の混ぜ合わせは想像よりもマズイらしく毎朝飲むアダムの顔はげんなりしていた。

「あと三日。満月まで頑張りますが、それ以上は飲めと言われても、飲める気がしません。本当にマズイんです。馬を洗った桶水を飲めと言った方が飲めるほどです」
「ああ~、そんなにですか。でも、頑張ってください。良薬口に苦しですよ」

 馬を洗った桶水は、腹を壊すと思います。変な大腸菌とかもくっついてきそうなので、飲まないでくださいね。内心焦りながら、聖子はアダムを元気付けた。

「そうだ、聖子さんが万能薬を作る時に『美味しい万能薬』を作るように祈ってみてはどうでしょう?そのメロン味だって、頑張れば作れるんじゃないですか」
「いや、今更そんな子供みたいな」

 アダムは横目でじとりと聖子を睨んでから眼力弱く、はあとため息をついた。最近聖子の前では取り繕うのをやめたらしいアダムは、ぶつぶつと文句を含ませている。

(可愛い)

 そんな態度がやはり息子たちを思い出して、ふっと顔をほころばせる聖子。

「聖子さん、時々そんな顔をされますけど、どなたか想い人でも思い出してるんですか?」
「えっ。そんな顔?どんな顔してました?」
「……なんか、懐かしいとか、愛しいとか……そ、そんな顔、です」

 そう言ってアダムは耳まで真っ赤に染めて、ぷいとそっぽを向いた。

 それが自分に向けられたものならば嬉しいけれど、そうではないのはアダムでもわかった。懐かしそうな、愛おしげな顔だ。明らかに過去の世界に置いてきた人物に向けられていると理解できた。その反面で、今聖子の隣にいるのは自分なんだ、ザマーミロ、という気持ちがムクムクと湧いて出てくるのを抑えられないでいる。

 ハーナのミルクを飲み始めてから、さまざまな感情が溢れて喜怒哀楽が激しくなる。今までは全てを諦め受け入れていただけに、翻弄される気持ちに戸惑いもあった。神に従順のように振る舞っていてその実全然違ったのだと自分で悟り、ショックを受けたことは内緒だ。

 その上、聖子がイモリだと言うことは重々承知しているのに、その姿がイモリに見えない時がある。思わず目を擦ってみるが、イモリ以外の何者でもない。だが先程のように聖子が遠い目をしたときにそれが顕著になる。かと言って人に見えるわけでもなく、自分でも何を感じているのかわからないのがもどかしい。常に笑みを讃えたような聖子のイモリ顔にさまざまな表情が浮かび上がり、ぎゅっと胸を締め付けるのだ。

 聖子の作った万能薬の影響を受けているのかもしれない。何せ毎日飲んでいるのだ。聖子の魔力を体内に取り入れて、何かしら繋がりができたとしか思えない。

「……そう考えると、いやらしいな…」
「えっ?何がいやらしいの?」
「えっ!?いや、なんでも有りません!!聖職者にあるまじき発言でした!すみません!!」

 真っ赤になって、勢いよく謝り始めたアダムに、やはり息子を見るような目で頷く聖子だった。

 相変わらずハーナは鳥居に止まりハミングをしている。その姿は有閑マダムのようで、ちょっと寂しそうだ。毎日見る姿ではあるものの、聖子たちが話しかけるまでは、誰もハーナとは会話すらできなかった。何百年もの間ひとりぼっちで鳥居に止まり結界を無理やり作らされている。最初ハーナにあった時は、どこのナメクジ妖怪かと思いはしたものの、今となってはどこか愛おしくもあるこの巨体。聖子は元々情に深い質で肝っ玉母ちゃんなのだ。

「そろそろハーナも開放してあげられるといいんだけどね」
「そうですね。私の魔力が契約者よりも強くなれば、あの足枷も壊せるのかもしれません」
「そっか。そうだといいね!」
「ええ。前に精霊が『ハーナの制約が成就するのはもう少し先で、まずは聖子がアダムを助けなくちゃ』って言ってましたよね?きっと関係があるんだと思います」
「そういえば、そうだったね。イモリのせいか記憶力が落ちて困ったもんだわ」

 そういえばそうだった、と思い出した聖子はイモリのせいにした。

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