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逃げるが勝ち
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「宰相が逃げた?」
「い、いえ、逃げたと言うか追放になった訳ですから」
「どうせ面倒になって逃げたんだろう?」
「あの…宰相殿はご家族が隣国にいらっしゃるので、一度報告に帰られたのではないかと思われます」
「家族…?」
そう言えば、宰相は王位を弟に譲り、かなり格下の貴族令嬢を嫁にしたと聞いたことがある。子供ができぬ体だから王にはなれないとかなんとか言って。だけど、ハイベックの奥様は素敵な恋愛結婚だったと以前お茶会で話していたことがあるのを小耳に挟んだ。
「どうして宰相が国外追放なんてことになったのかしら?あんなに国に貢献して未来を憂いていたのに」
「そりゃ、やっぱボンクラ王子が将来を担うと思えば憂いを通り越してお先真っ暗だからな」
だからこそ俺みたいなのに王子の再教育を頼んだのだ。アルヴィーナを繋ぎ止める手段でもあったのだろうけど。俺が王子の再教育を受けたからこそアルヴィーナも婚約破棄を叫んだというのに、イヤイヤながらも引き続き王子の公務を引き受けていたのだ。
俺も言葉を濁さず、そう呆れたように言うと騎士は項垂れた。
「じ、実は、昨日シンファエル王子殿下が、その…フィンデックス侯爵令嬢と睦みあい、乙女を散らしたと言うことでフィンデックス侯爵夫人が登城されたんです。責任をとって娘を王子妃にしろと」
「あら。フィンデックス侯爵令嬢はその場で拘束されて貴族牢に入れられたのではなかったの?」
「そうです。侯爵令嬢には登城禁止令が出されていたのでその場で拘束し、侯爵邸には伝令が届けられました」
「でしたら、どちらかといえば娘の行動を戒められなかった咎が侯爵家にいってもいいはずですよね?」
「ええ、宰相殿はそのつもりだったのですが、フィンデックス侯爵夫人に陛下が押されまして…」
「…責任を取ると言質をとられたのですか?」
「い、いえ、それは。ただ、その」
視線を逸らしながら言いにくそうにする騎士に、俺は察した。
「ああ、つまりフィンデックス侯爵夫人は、ハイベックの人間が昔にやらかした事件から登城禁止令が敷かれているにも関わらず、俺やアルヴィーナが王宮に出入りしているのはどういうことかと詰られたのか」
「は。まあ、そういうことです。それに伴い、その…シンファエル王子殿下は自分の娘を好いていて、地位も歳もマッチしているのに、何故わざわざ格下の伯爵家の娘を婚約者にあてがうのか、と」
「そこはわたくしも同感だわ」
アルヴィーナも神妙に頷く。嫁ぎたいと言っている高位貴族がいるのならそっちにしておけばよかったのよ、と。
「陛下は政略結婚で王妃殿下を娶られましたが、王兄である宰相から推されたものの、実権は宰相が握り王妃殿下が対外的に務められています。周りからお飾り国王と揶揄されるのも甘んじて受け止めておいででした。
ですから陛下は、自分の息子には恋愛結婚をさせてやりたいと望んでいらしたのは確かです。ですが、陛下も王子殿下の能力については頭を悩ませておられたようで、王妃殿下の認知の度合いの高いアルヴィーナ様が選ばれたことに否やはなかったのですが、昨日の件で侯爵令嬢を無碍にはできなくなりまして、アルヴィーナ様を第一妃にセレナ嬢を第二妃にしてはいかがかと提案されたのです」
「はあ?!」
腹の底から声が出て、騎士がびくりと体をこわばらせた。
ふざけんなよ?何舐めたことを言ってんだ、あの老ぼれが。やっぱり国を出よう。手塩にかけて育てたアルヴィーナをこんなこんなところに置いて行くわけにはいかない。
「それでフィンデックス侯爵夫人はどうしたの?」
アルヴィーナは俺を制し、アレクとかいう騎士に先を促した。
「侯爵夫人は娘の方が先に子を作るのだから、娘を第一妃にするのが常識ではないかとおっしゃられまして」
「だったら問題ないじゃないの。第一妃をセレナ様にして第一妃だけを娶ればいいのだわ。アレに二人も妃はいらないわよ」
確かに。というか、王子はアルヴィーナに指一本触れられないだろうから、実際のところは王子はセレナ嬢と内宮に引っ込み、公務は全てアルヴィーナに任せる方向に向かったんだろう。それはそれで、ざけんなよ、だが。
「ですが、それに対して王妃殿下が怒り狂い、実家に帰られてしまったのです」
「ああ…カランティエ様も限界を超えてましたものね……」
夫だけでなく、自分の息子も捨てたのか。さすがはカッコウ夫妻だな。っていうか、いまだに帰る実家があるあたり凄いけどな。王妃になって何年だ?帝国の代替わりっていつだっけかな。
「それで動揺した陛下は宰相にその鬱憤をなすりつけたんですが、兄弟喧嘩から発展して何故か国外追放を言い渡されて。宰相殿も納得されてすぐさま国を出て行かれました」
やってらんねえな、と逃げたわけだ。責任を俺とアルヴィーナに擦りつけておきながら、何も言わずに自分だけ。
けど、これはラッキーだった。俺との契約を破棄したのは向こうだからな。え、ということはいずれ罪人の焼印が体に現れるんじゃないか。王と王妃と、宰相も。
もしかしてすでに忘れてる?宰相あたりは契約解消もしてるかもしれないけど。俺の了承なしで解消できるのか?
「えっと、それじゃあ…。誰がこの国を回していくの、かしら?」
「アルヴィーナ様に押し付けようとしているのだと思われます」
ひでぇな。おい。16歳の娘に国ごと押し付けるとか。
「い、いえ、逃げたと言うか追放になった訳ですから」
「どうせ面倒になって逃げたんだろう?」
「あの…宰相殿はご家族が隣国にいらっしゃるので、一度報告に帰られたのではないかと思われます」
「家族…?」
そう言えば、宰相は王位を弟に譲り、かなり格下の貴族令嬢を嫁にしたと聞いたことがある。子供ができぬ体だから王にはなれないとかなんとか言って。だけど、ハイベックの奥様は素敵な恋愛結婚だったと以前お茶会で話していたことがあるのを小耳に挟んだ。
「どうして宰相が国外追放なんてことになったのかしら?あんなに国に貢献して未来を憂いていたのに」
「そりゃ、やっぱボンクラ王子が将来を担うと思えば憂いを通り越してお先真っ暗だからな」
だからこそ俺みたいなのに王子の再教育を頼んだのだ。アルヴィーナを繋ぎ止める手段でもあったのだろうけど。俺が王子の再教育を受けたからこそアルヴィーナも婚約破棄を叫んだというのに、イヤイヤながらも引き続き王子の公務を引き受けていたのだ。
俺も言葉を濁さず、そう呆れたように言うと騎士は項垂れた。
「じ、実は、昨日シンファエル王子殿下が、その…フィンデックス侯爵令嬢と睦みあい、乙女を散らしたと言うことでフィンデックス侯爵夫人が登城されたんです。責任をとって娘を王子妃にしろと」
「あら。フィンデックス侯爵令嬢はその場で拘束されて貴族牢に入れられたのではなかったの?」
「そうです。侯爵令嬢には登城禁止令が出されていたのでその場で拘束し、侯爵邸には伝令が届けられました」
「でしたら、どちらかといえば娘の行動を戒められなかった咎が侯爵家にいってもいいはずですよね?」
「ええ、宰相殿はそのつもりだったのですが、フィンデックス侯爵夫人に陛下が押されまして…」
「…責任を取ると言質をとられたのですか?」
「い、いえ、それは。ただ、その」
視線を逸らしながら言いにくそうにする騎士に、俺は察した。
「ああ、つまりフィンデックス侯爵夫人は、ハイベックの人間が昔にやらかした事件から登城禁止令が敷かれているにも関わらず、俺やアルヴィーナが王宮に出入りしているのはどういうことかと詰られたのか」
「は。まあ、そういうことです。それに伴い、その…シンファエル王子殿下は自分の娘を好いていて、地位も歳もマッチしているのに、何故わざわざ格下の伯爵家の娘を婚約者にあてがうのか、と」
「そこはわたくしも同感だわ」
アルヴィーナも神妙に頷く。嫁ぎたいと言っている高位貴族がいるのならそっちにしておけばよかったのよ、と。
「陛下は政略結婚で王妃殿下を娶られましたが、王兄である宰相から推されたものの、実権は宰相が握り王妃殿下が対外的に務められています。周りからお飾り国王と揶揄されるのも甘んじて受け止めておいででした。
ですから陛下は、自分の息子には恋愛結婚をさせてやりたいと望んでいらしたのは確かです。ですが、陛下も王子殿下の能力については頭を悩ませておられたようで、王妃殿下の認知の度合いの高いアルヴィーナ様が選ばれたことに否やはなかったのですが、昨日の件で侯爵令嬢を無碍にはできなくなりまして、アルヴィーナ様を第一妃にセレナ嬢を第二妃にしてはいかがかと提案されたのです」
「はあ?!」
腹の底から声が出て、騎士がびくりと体をこわばらせた。
ふざけんなよ?何舐めたことを言ってんだ、あの老ぼれが。やっぱり国を出よう。手塩にかけて育てたアルヴィーナをこんなこんなところに置いて行くわけにはいかない。
「それでフィンデックス侯爵夫人はどうしたの?」
アルヴィーナは俺を制し、アレクとかいう騎士に先を促した。
「侯爵夫人は娘の方が先に子を作るのだから、娘を第一妃にするのが常識ではないかとおっしゃられまして」
「だったら問題ないじゃないの。第一妃をセレナ様にして第一妃だけを娶ればいいのだわ。アレに二人も妃はいらないわよ」
確かに。というか、王子はアルヴィーナに指一本触れられないだろうから、実際のところは王子はセレナ嬢と内宮に引っ込み、公務は全てアルヴィーナに任せる方向に向かったんだろう。それはそれで、ざけんなよ、だが。
「ですが、それに対して王妃殿下が怒り狂い、実家に帰られてしまったのです」
「ああ…カランティエ様も限界を超えてましたものね……」
夫だけでなく、自分の息子も捨てたのか。さすがはカッコウ夫妻だな。っていうか、いまだに帰る実家があるあたり凄いけどな。王妃になって何年だ?帝国の代替わりっていつだっけかな。
「それで動揺した陛下は宰相にその鬱憤をなすりつけたんですが、兄弟喧嘩から発展して何故か国外追放を言い渡されて。宰相殿も納得されてすぐさま国を出て行かれました」
やってらんねえな、と逃げたわけだ。責任を俺とアルヴィーナに擦りつけておきながら、何も言わずに自分だけ。
けど、これはラッキーだった。俺との契約を破棄したのは向こうだからな。え、ということはいずれ罪人の焼印が体に現れるんじゃないか。王と王妃と、宰相も。
もしかしてすでに忘れてる?宰相あたりは契約解消もしてるかもしれないけど。俺の了承なしで解消できるのか?
「えっと、それじゃあ…。誰がこの国を回していくの、かしら?」
「アルヴィーナ様に押し付けようとしているのだと思われます」
ひでぇな。おい。16歳の娘に国ごと押し付けるとか。
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