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女たらしの所以

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「体は痛めて覚えさせると言いますが、当然筋肉疲労の回復時間は必要ですからね。最初のうちは1日おきにしましょう。今日は散歩にします」

 ぱあぁっと顔色をよくした王子がロボットの様に歩きながら庭に出ると、魔導士団長が俺に向かって歩いてきた。

「エヴァン!久しいな」
「これは魔術師団長。ご無沙汰しています」

 王子はキョトンとした顔で俺と魔術師団長を見比べていた。

「お前が王宮に来ているとアルヴィーナ様から聞いてな。ちょっとテイマーの訓練をしてもらいたいんだが、時間はあるか?」
「調教ですか。何か問題が?」
「ああ、ワイバーンが繁殖期に入ってオスがすぐに喧嘩を始めるんだ。なんとか引き離そうとしているんだがうまくいかなくてな」
「ああ、なるほど。俺今、殿下の調教ーーいや、訓練中なんですが…そういえば殿下の魔力は、しょぼかったんでしたっけ?」
「しょぼくない!」
「失礼しました。ちょっと少な目でしたよね?魔法の訓練も取り入れましょうか」
「魔法なんか使えなくてもいい!」
「おや、でも風魔法が得意と聞きましたよ?」
「……風だけだ」
「ワイバーンは風属性ですからちょっと見に行きませんか?もしかしたら馬よりワイバーンの方が合うかもしれない」
「…ワイバーンに乗れるのか?」
「訓練次第ですが。乗ってみたいんですか?」
「…ま、まあ、な。ワイバーンに乗りたくない奴なんかいないだろう」
「じゃあ、ちょっと行きましょう」
「お、おい。エヴァン、いいのか?」
「殿下の調きょ…いえ、教育全般を任されていますから俺と一緒なら大丈夫です」

 庭の散歩よりよっぽど面白そうだ。ボンクラ王子も心なしかワクワクした顔で、目がキラキラしている。やっぱりこうやってみると子供だよなあ。アルヴィーナと一緒だ。


 早速魔導士の魔獣厩舎まで行くと、二匹のワイバーンが羽を広げてお互いを牽制し合っていた。赤井のにはテイマーが乗ってなんとかコントロールをしようとしているが、すっかり頭に血が上っているようだ。

「メスは?」
「あそこにいる青いのがメスだ。赤いのがいつもは優勢なんだが、今日はブチのやつも負けてないな」

 メスを見ると、素知らぬ顔で餌を食べている。メスを引き離そうとすれば、二匹のワイバーンが取られてなるものかと襲いかかってくる為、メスには近寄れない。

 そこで俺は考えた。

「殿下。ワイバーンに乗りたいですか?」
「え、ああ。だが」
「あそこに青いメスのワイバーンがいますよね。彼女をどう思います?」
「はぁ?どれがメスかなんてわからんが……。いいんじゃないか?」
「では彼女に近づいてみましょうか。彼女が殿下を受け入れてくれれば、全てが丸く収まります」
「そ、そうなのか?」
「ええ。彼女に乗りたいでしょう?」
「ま、まあ…」

 何せ、このボンクラは純粋に女好き。人間の鼻には臭いとしかいえなかったあの体臭、実はフェロモンだと先日の検査で分かった。フェロモンはいつでも垂れ流しのこの男なら、メスのワイバーンが靡くかも知れない。

「俺がオスの気を引きつけますから、その間に彼女に近づいて『私を選んでくれないか』と優しく聞いてみてください。人間の女性に話しかける様にするんですよ?いいですね?」
「に、人間の?」
「ええ。例の侯爵令嬢を誘った時のように甘く優しくです。想像してみてください、彼女はとっても美人さんで、青いドレスを着た美しい女性なんです。麗しい金の瞳で殿下を見つめて、愛を説かれるのを待っているんです」
「愛…」

 団長は何か言いたげに眉を下げていたが、気にしない。もちろん、ワイバーンに言葉は必要ないのだがちょっとした余興だ。要はこのメスが他の誰かを選べば、オスは諦めて喧嘩もしなくなるということが今は大事なのだ。メスが王子を気に入れば、王子専用の騎獣にして仕舞えばいい。現状のままではどうせ誰も乗りこなせないのだから。

「さて」

 俺は二匹のワイバーンに向かって魔力を向けた。どちらのワイバーンよりも強いと見せかける『アルファ』の気を向けると二匹がぴたりと争うのをやめてこちらを見た。

 テイマーに必要なのは、こいつには逆らえないと思えるだけの魔力で引きつけられることと、懐柔するための魅了の魔力だ。幸い俺の魔力はドラゴンを手懐けられるだけの量があり、ワイバーン如きに負けることはない。テイムしてしまうと俺のワイバーンになってしまい、他のテイマーでは懐柔できなくなるので、ここは俺に興味を持たせるだけでいい。

 ワイバーンはあまり賢くないので、頻繁にわからせてやらないと忘れてしまうのがキズなのだ。つまり面倒くさいから、俺はワイバーンをテイムしていない。テイマーの中には契約まで持っていく奴もいるから、そういう奴らに任せておけばいい。

 ひとまず、俺の魔力で喧嘩を止めることはできた。訝しげに俺に意識を向けたワイバーンが威嚇しようと大きな口を開けたので、すかさず魔力を喰らわす。

 ブチの方は怖気付いて、頭を下げて低姿勢に擦り寄ってきたが、赤い方は興奮気味で頭を上下させている。これ、よくテイムしようと思ったな。気性がかなり荒い。まだ野生なんじゃないのか?俺は赤に向かって超音波を放った。これはワイバーンが聞こえる程度の音波で、「怒」と「不快」を表す。すると赤い方も渋々といった形で頭を下げ、服従の姿勢をとった。

「すげえ…さすがエヴァンだな」
「これが初代の力か……」

 魔導士たちがヒソヒソと話す。赤いワイバーンに乗っていたやつは俺の魔力をモロに食らって、気を失ってしまったらしい。慌てて他のテイマーがワイバーンからおろしていた。

 さて、王子はどうしたかな。

 ふと王子の方を見ると、頭から食われていた。

「!?」

 と思ったら、懐かれて思いっきり求愛行動を取られていた。

 王子はワイバーンに比べてかなり小さいので愛情表現のつもりでキスをしようとしたら、頭ごと口の中に入ってしまっただけのようで、デロリと口から出てきた。べっとり涎まみれになった王子は目を見開き言葉にもできない様だったが、今度は頭突きを受け張り飛ばされていた。

 さすが女たらしなだけはある。人間に限ったことではなかった。つまり王子に惹かれた例の侯爵令嬢は動物寄りの嗅覚を持っていたということだろうか。うん。高位貴族令嬢の野生的本能、相反するようでいて相乗するのね。

 張り飛ばされた王子の上に、青いワイバーンは求餌をし、先ほどまで食べていた餌を王子の上にどば、と吐き出した。

 ショッキングな行為に気を失った王子だったが、何はともあれ、青のワイバーンは晴れて王子専用の騎獣になった。
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